第9話 少女の正体

「………………」

「…………っ」


 食堂の一角にあるテーブル席で向かい合っているのは、アイラと……今にも泣き出しそうな様子の謎の少女。


 傍から見ると、年下の女の子を問い詰める加害者の図だ。


 ――こっちはれっきとした被害者なのに……。ていうか、こんな可愛い子が、アタシの…………ファン?


 と心の中で呟きながら、改めて目の前にいる少女に注目する。


 撫で心地が良さそうなブロンドの髪と汚れを知らないつぶらな瞳が、小柄な体型と相まって、アイラの内なる母性をくすぐる。


 ――まさに、美少女ね……。


「……って、今はそんなことを考えてる場合じゃないでしょ!!」

「えぇ……?」

「あ。こっちの話だから気にしないで」


 ――アタシとしたことが……つい声に出しちゃうなんて……。ここは無難に……


「……えっと、名前は?」

「ル……ルナ…セリーム……です……っ」


 と言っている間も、丸い目がキョロキョロと忙しなく動き続けている。


「ルナさん、ね。……その制服、見たことないけど」

「中等部ですから……」

「へぇー、中等部があるんだ……一年生?」

「二年生です……」


 中等部は学年ごとにリボンの色が異なり、一年生は赤、二年生は黄、三年生は青で分けられている。


 ――だからリボンが黄色……って、聞きたいのはそれじゃないでしょ!!


「……じゃあ簡単な自己紹介も済んだことだし、そろそろ話してもらっていいかな? ……ストーカーみたいに隠れてコソコソしていた理由ワケを……」

「そ、それは……っ」


 ルナは顔を俯かせたまま、一向にアイラと目を合わせようとしない。


「えっと……はぁ……」

「ク、クゥールとは……」

「ん?」


 ルナはテーブルに両手をついてグッと顔を近づけると、真っ赤な顔で言った。


「どういう関係なんですか……っ!?」


 ……。

 …………。

 ………………。


「じゃあ、アタシと先生があの部屋から出て行くのを見ていたの?」

「はい……クゥールを起こそうと思って……」


 ――ウソでしょ……こんな可愛い子が、アイツの……“世話係”だなんて……


 彼女曰く、部屋の家事全般を一人で担っているらしい。


 ――どうりで部屋がキレイに掃除されていたわけだ……。アイツが掃除をするタイプには見えないけど、まさか自分の部屋のことを全部人に押し付けていたなんて……サイテーっ!!


「あ、あの……」

「っ!! ……な、なるほど、大体の話はわかったわ」

「でも、あんな男の世話なんてして大丈夫なの? その気になったら、なにをされるかわから――」

「クゥールは…そんな人じゃありません……っ!!」

「……っ!! ご、ごめん……」


 反射的に謝ってしまうほどに、ルナの瞳は真剣そのものだった。


「……あっ、ごめんなさい……」

「ううん。今のはアタシの方が悪かったというか……あははは……」 


 ………………。


 そして唐突に訪れた気まずい空気が、二人の間に流れる。


「あの……えっと……」

「アイラでいいよ」

「っ……アイラさんは、クゥールとは……」

「さっきも言ったけど、城崎先生に連れられてあの部屋に行っただけだから。そういう仲でもなんでもないからっ!」

「そ、そうですか……はぁ……」


 ルナは胸に手を当て、ホッと息を吐く。


 ――ははぁーん、この反応は、もしかして……


「……このこと、クゥールには……」

「あぁ、言わないから安心して。まあ、言う機会なんてもうないだろうけど」


 ――あの顔を見るのは二度とごめんだわ……。


「クゥールは……」

「ん?」

「勘違いされることが多いんですけど……ほんとはとても思いやりのある人なんです」

「……そうかな?」

「一緒にいたらわかるんです……っ」


 その優しい笑みに、ウソの色は見られなかった。






 ――数時間前……。


『クゥール』

『おっ、ルナ』

『ねぇ…クゥール……だれ? さっきの綺麗な人……』

『ん? あぁー、あの紅髪女か? ミラがいきなり連れて来たんだよ』

『ふーん』

『なあ、聞いてくれよ! あいつ、冗談が全然通じない奴でさー』

『へぇー』

『ジョークってもんが……って、ル、ルナ? どうして包丁をこっちに……』

『あ、ごめんね? ……つい』

『つい……ッ!?』


 ルナ・セリームを怒らせてはならない。


 なぜなら――




『フフッ……フッ……フフッ……クゥール――――』

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