第7話 サウザンド・ブルー

「はあ? どうして俺がそんなことを引き受けなきゃならないんだよ」

「そ、そうですよ!! どうしてアタシがこんな変態なんかにっ!」

「変態!? ……誰が?」

「アンタに決まってるでしょッ!! 他に誰がいるのよっ!」

「なにぃ〜!?」

「止めんかッ!」


 ――パァンッ!


「うッ!」


 ――パコォオオオンッ!!!!!


「痛ってぇえええええっ!!! なんか俺の方が強くねぇ!?」

「まったく、兄妹きょうだい喧嘩みたいに――」

「こんなヤツと姉弟なんて死んでもごめんだわッ!!」

「俺だってこんな妹は要らないぞっ!!」

「ええぇーい、やかましいッッッ!!」


 ――やかましいのはそっちだろ……

 ――今、耳がキーンって……


 二人が耳の穴を指で塞ぐと、城崎の口角が一瞬だけ上がった。


「……どうやら、考えることは同じようだな。師弟になる素質は十分と見た」

「ッ!! こ、こんなヤツの弟子なんて絶対にイヤです!」

「だ、そうだ! てことで俺は寝る、お休みっ!!」


 と言い残して顔をコタツの中に引っ込めると、城崎が頭を抱えた。


「しまった……こいつは一度潜ると当分出てこないんだ……」

「ただの引きこもりじゃないですか……」


 ――なに、コイツ……。






「なんなんですか、あの男はッ!!」


 部屋を出て扉を閉めた途端、廊下にアイラの怒りの声が響き渡る。


「ハーヴァン、そう怒るな」

「先生のお願いでも絶対にイヤですから!! ていうか、アイツは何者なんですか!?」

「さっきも説明しただろ? 私の話を聞いていなかったのか?」


 ――――…あ。


「聞いていなかったんだな?」

「っ……はい。で、でも、あんなヤツなんかに教わることなんてなにもありませんから!」


 その言葉を聞いた途端、城崎は呆れた顔でため息を吐く。


「お前、自分が置かれている状況を理解した上で、そんなことを言っているのか?」

「うぐっ……」


 アイラは返す言葉が見つからず、押し黙ってしまった。


 入学当初は、頭でダメなら腕っぷしで……と楽観的に考えていたアイラだったが、今では当時の自分を引っ叩いてやりたいと強く思っている。


「少なくとも、今のお前を強くしてやれるのはあいつしかいない」

「……先生がそこまで信頼しているあの男について……もう一度だけ教えてくれませんか?」

「……二度も説明するつもりはない。……と言いたいところだが、仕方ない」


 それから一拍置くと、城崎が口を開けた。


「ハーヴァンは、“英雄”のことをどれだけ知っている?」

「え? 誰でも知っている程度のことだけ……ですけど」


 二百年前。空に黒いオーロラが広がり、ポッカリと大穴が開いた。


 そこから降りてきたのは、人間とは比べ物にならない巨体と獰猛で鋭い牙を持つ――――災厄バケモノ


 人々は、それを――――“魔獣”と呼んだ。


 魔獣によって世界は恐怖のどん底へと突き落とされたが、海を覆い尽くす魔獣の大群の前に、上空から光が射し込み、“謎の存在”がその姿を現した。


 それがのちに、“英雄”と謳われる存在が初めて確認された瞬間だった。


「でも、どうしてそんなことを……」


 意図がわからず尋ねると、予想していなかった言葉が返ってくる。


「……半年前、あの“サウザンド・ブルー”がまた起きた」

「サウザンド・ブルー……? ……えっ、それって……」


 サウザンド・ブルー。


 海を覆い尽くす千体にも上る魔獣の大群を、たった一振りの剣で殲滅したという、英雄の伝説の中で一番有名な話だ。


「どうしてこの言葉が出てきたのか、それは……っ、クゥールが……」


 城崎にしては珍しい歯切れの悪さが、余計に不安をかき立てる。


「あの男が……なにを……」

「……“二度目”のサウザンド・ブルーを、たった一人で終わらせたんだ。……“英雄”のように」

「…………っ!?」

「クゥールのことを知っている者たちは、あいつのことを揃ってこう呼ぶ…――――“英雄の再来”……と」

「ッ……あ、あの男が……あんな男が……?」

「ああ……」


 城崎は頷くと、それ以上はなにも言わずに校舎棟の方へと行ってしまった。


 その後ろ姿からは、どこか寂しさと後悔を感じた。


「先生……」


 アイラは振り返ると、教員棟の“あの一室”を見つめた。




 ――あんなヤツが……英雄……?

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