第5話 あの男との出会い

 数日後の朝。


 コンコン。


 城崎が扉をノックすると、中から「はーい」と声がした後に扉が開けられた。


「? 城崎先生?」

「おはよう」


 キョトンとした表情を浮かべるアイラに挨拶をすると、思い出したかのようにペコリと頭を下げた。


「お、おはようございます……っ! ……あの、急にどうしたんですか?」


 今日は落ち着いた髪のアイラはじーっと見つめられると、自ずと視線を逸らした。


「な、なんですか……?」

「ふむ。少しは元気に……なってはいないようだな」

「あぁ……あははは……」


 ――たった二日休んだ程度で万全な状態に戻す方が無茶な話か……。


「まぁいい。ハーヴァン、これから少し私に付き合え」

「へっ?」






「あの、どこに向かっているんですか?」

「付いてくればわかる」


 寮を出て敷地内の通路を進んでいる間、アイラが何度尋ねても、城崎が目的地を話すことはなかった。


 ――どこに連れて行かれるんだろう……。


 不安を抱えたまま城崎に連れて来られたのは、五階建ての教員棟。その四階にある一室の前だった。


 ――四〇五室……。


「ちょっと待っていろ」


 そう言って城崎はドアロックをカードキーで解除すると、ドアスコープに鼻先が付きそうな距離まで顔を近づけた。


「? 先生、なにを…――」


 すると、ドアスコープを見つめていた目に緑色の光が当てられた。


 俗に言う『網膜スキャン』だ。


「よしっ、これで最後だ」


 と言ってドアノブを掴んだまま三秒待つと『ピピッ』と電子音が鳴った。


「さあ、入るぞ」


 城崎は扉をガチャリと開けて中に入った。


 ――どれだけ厳重げんじゅうなの……


「ん? どうした、早く入れ」

「あ、はーい……」


 どうやら『入らない』という選択肢はないらしい。


「…………っ」


 アイラはゴクリと唾を飲み込み、恐る恐る室内に入ったのだけど。


「……あれ、なに?」


 まず、目に止まったのが、窓とベッドの間のスペースに置かれたコンパクトなテーブルだった。


「どうして、上に布団がかれているんですか?」


 部屋が洋室だからか、少し浮いているように見える。


「あれは“コタツ”だ」

「コタツ……? ……って、なんですか?」

「そうか、お前の国にはないのか。コタツとは、ヒーターが付いたテーブルに布団を被せ、その中に脚や体を入れて温まるための暖房器具だ。冬などの寒い時期に重宝される」

「へぇー。でも、もう春ですよ?」

「あぁ……。普通なら、とっくに片付けている時期なんだが……“こいつ”は例外だ」

「コイツ?」


 城崎の視線を追って顔を下げると、




「――ほぉ~。情熱的な紅い髪とは裏腹に、下着は清楚な白ときたか」




 コタツの中から…――――――男が顔を出していた。


「……ッ!? ひいいぃぃぃッ!!?」


 ――だ、誰……ッ!? ……って、どうしてアタシのパンツ……


 謎の男の視線を追うと、自分が履いているスカートに止まった。


「あ」


 この角度なら、スカートの中がまる見え……スカートの中が…………


「なんだ? 俺の顔になにか付いてんのか?」

「きッ……きゃぁああああああああああああああーーーッ!!!!!」

「お、おいっ――」


 顔に向かって振り下ろされた足を、男はコタツの中に引っ込むことでギリギリ回避した。


「あっぶねぇなー! いきなり人を踏み潰そうとしたぞ!? ……まっ、そのおかげでまたいいものが見られ――」

「――ッ!? こッ……この、変態ッ!!」

「ん? ――…わぁっ!?」


 顔を出したタイミングでまた足を振り下ろしたが、驚異的な反射神経によって空振りに終わった。


「だから危ないって言ってるだろ!!」

「勝手に人のパンツを見てんじゃないわよッ! そもそもアンタは一体――」

「おぉー、ミラの方は相変わらずガードがお堅いようで――」

「刺すぞ?」

「……ッ!? お、おぉー……恐い、恐い……」

「ちょっ、まだ人が喋ってるんだけど!?」


 ――なんなの、コイツ……っ!!


 得体の知れないものを見るような目で見下ろすと、男は気にする素振りも見せず、口に手を当てた。


「ふわぁ~……眠たくなってきたから寝るわ、お休み…――――ヘブシッ!?」


 欠伸あくびをして二度寝を始めた男の額を、城崎がどこから出したのかハリセンで引っ叩いた。


「寝るな、馬鹿者ッ!」

いってぇぁえええ~っ!!」


 ――なにを見せられてるの……アタシ……




 この男との出会いは、まさに“最悪”の一言だった――。

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