第3話 少女の現実
「――九千九百五十三……ッ、九千九百五十四……ッ」
学園の敷地内にある芝生広場、そこでアイラは黙々と木刀で素振りを行っていた。
日が昇ってまだ時間が経っていないからか、周りに人の姿はなく、トレーニングに集中するにはベストな時間帯だ。
「――九千九百七十五……ッ、九千九百七十六……ッ」
雑念を振り払うように木刀を振り続けても、この一週間の自分の無様な姿が次々と頭に浮かんでは消えていく……。その間に耳に入った、全ての言葉も……。
――なにあれw
――アハハハッw
――だから落ちこぼれなんだよw
………………。
教室内でのアイラの立場は低い。……と、本人は考えている。
実際はわからないが、確かめようがないのだ。
なぜなら、アイラは……ぼっ――
「――九千九百九十八……九千九百九十九…………一万ッッッ!!!!!」
朝のノルマである素振り一万回を達成した瞬間、乱れた呼吸で肩を揺らし、膝に手をつく。
「ハァッ……ハァッ……!!」
頬を伝って地面に落ちる汗を見つめながら「ふぅ……」と息を吐くと、膝から手を離す。
その手のひらから感じるヒリヒリとした痛みに顔をしかめる。
擦り傷の痛みも忘れて素振りを続けていたからか、開いた手のひらには血が滲んでいた。
「……ッ、アタシは……ッ」
誰もいない広場の真ん中で歯を食いしばる。
――アタシは……落ちこぼれじゃない……ッ!
「――毎日毎日、ほんと精が出るね~」
「…………っ!!」
振り返ると、白髪のおじいさんが箒とちりとりを持って立っていた。
「あっ、伊藤さん」
入寮日にトレーニングをしていたアイラに、最初に声をかけたのが管理人の伊藤だった。
物腰が柔らかく、優しい声のおじいさんだ。
「こ、こんにちは……」
「おや? どこか元気がないね」
「え? ……アタシが、ですか?」
「毎日会っていればわかるよ」
――あぁ……。
「えっと……
「そうかい? ワシにはそうは見えないけど」
「………………」
返す言葉が見つからず、口を閉じてしまったアイラに、伊藤は優しい声色で言った。
「あまり自分を追い込んではいけないよ。時には肩の力を抜いて、リラックスしてみるといい」
「伊藤さん……」
「ふっ。トレーニング、頑張って」
「はい……。伊藤さんも、頑張ってください……」
あまりにもぎこちない返事だったが、伊藤は優しい笑みを浮かべて去っていった。
「
寮の自室のシャワーを浴びたアイラは、救急箱をベッドの上に広げ、手当てを始めた。もちろん、学園には保健室はあるが、朝早くから世話になるわけにはいかない。という、謎の意地があった。
「
――この痛みは……努力の証、これくらいのことで……ッ。
痛みに耐え、なんとか一通りの手当てを終えると、
ぐぅううう~。
空腹のサインが鳴り響いた。
……。
…………。
………………。
寮を出たアイラが導かれるようにやってきたのは、一階にある食堂だ。
十人以上が座れる長いものから二人用の小さなものまで、様々なサイズのテーブル席が並んでいる。特にテラス席は人気で、晴れの日の席取り合戦は熾烈を極める。
「ご飯大盛りでっ!」
ここでは、和洋中と幅広いバリエーションを揃えたメニューから好きなものを選んで食べることができる。
どれを選ぶかはその日の気分次第だが、体力を付けるためにどんぶりのご飯は外せない。
日本の米は美味い。アイラが住んでいた国にも似たようなものはあったが、ここまでモチモチで甘みがあったわけではないため、初日に衝撃を受けた。
もちろん、和食は初体験だったが、すっかりその虜になっていた。
――納豆は苦手だけど……。
朝食が乗ったトレーを持ってテーブル席の端っこにポツンと座ると、どんぶりと箸を両手に持ち、人目もはばからず勢いよくかき込む。
「んん〜〜〜っ!!!」
――このかき込んでいるときの快感……っ! 最高……っ。
箸の使い方はまだ怪しいが、慣れるのも時間の問題だろう。
そんなことを考えている間に、口の中が空っぽになると、次は塩が効いた焼き鮭と一緒に白米をかき込む。
――ほら、この前言った……
――あぁ、あの子ね……
「………………」
そのとき、かき込む手がピタッと止まった。
――はぁ……わざわざ聞こえるところで喋らなくても……
止まっていた箸でかき込んだものを味噌汁で流し込み、食器とトレーを片づけると、逃げるように食堂を出た。
「………………」
廊下を進むと、ふと窓越しに見えるドームのような巨大な建物が目に入った。
「…………はぁ」
口からこぼれたため息の
学園内には訓練用のアリーナがあり、新学期が始まったと同時に予約が可能になるのだけど。アリーナの使用が予約順だったことを知らなかったアイラが慌てて予約したときには、使用日がなんと……
「来月の終わり、か……」
担任の教師に確認すると、始業式の日に言っていたらしい。
入学できたことに浮かれ過ぎて、全く話を聞いていなかったのだ。
「――ほんと、ダメだな……アタシ……」
自分らしくない弱音がポロリとこぼれる。
自分がなにをやっているのか、自分自身がわからなくなっている。
「…………っ」
アイラは首を横に振ると、頬をパンッ! と叩く。
「今は……できることをやらなきゃ! ……よーしっ!」
自分に喝を入れ、教室へと続く廊下を進んだ。
それから僅か三日後……。
無遅刻無欠席を貫き続けたアイラの姿が、遂に教室から消えたのだった……。
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