第二章 少女の“苦悩”

第2話 夢へのスタート

 四月初旬。


 ――早く……っ! 早く……っ!


 モノレールの窓から差し込む日差しを全身に浴びながら、彼女は胸を高鳴らせていた。


 席にも座らず、手すりを掴む手に力を込めていると、


「…………っ!!」


 今か今かと待ち続ける彼女が見たのは、いくつもの並んだ建物とそれを囲う木々の数々だった。


 豊ノ森町とよのもりちょう。それがあの都市の名前だ。


 二十年前、魔獣の襲撃によって更地さらちと化した広大な土地を活用して建造された学園都市で、学園の関係者やその家族を中心に、約二百万人が生活している。


「――お嬢さん、豊ノ森学園に入学するのかい?」


 手すりの横に座る白髪の老人が声をかけてきた。


「はいっ!」

「そうかい、そうかいっ。おめでとう」

「あ、ありがとうございます……えへへへ……っ」


 浮かれた顔で後頭部を撫でる。


『まもなく、豊ノ森町――豊ノ森町――』


 ――ッ、キタ……ッ!!


 車内アナウンスが耳に入った瞬間、パァッと明るい笑みを浮かべていると、モノレールが駅のホームへと入っていく。


 すると、少女は徐に前傾姿勢を取る。


 席から次々と立ち上がる他の乗客たちよりも早く降りるため、ただそれだけのために。


『………………』


 周りから向けられる視線には目もくれず、扉が開くのをじっと待つ。


 ドキドキッ……ドキドキッ……。


 そして完全に停車すると、ゆっくりと扉が開いた――。






「ハァッ……ハァッ……っ!」


 満開の桜の木が並ぶ通りを、ボストンバッグを肩にかけた少女が駆け抜ける。


 春の暖かな日差しに照らされる紅い髪を名一杯に揺らすその様は、まさに激しく燃える炎そのものだった。


「ハァッ……ハァ…………あっ」


 桜吹雪が舞う中、ふと立ち止まった彼女の目の前に、おごそかで威圧感のある門が立っていた。


 生半可な気持ちでは、ここをくぐり抜けることはできないだろう。


 そう思わせるほどに……。


「…………っ」


 ゴクリ……。


 実際、その迫力に息をみ、怖気づいてしまう人も少なくない。だが、少女はご褒美を買って貰う子供のように目を輝かせていた。


「こ、ここが……っ」


 対魔機関<オーダー>が設立した、対魔騎士<ナイト>の育成を目的とした教育機関、それが――対魔騎士学園。そして今、目の前にあるのが……


「豊ノとよのもり…学園……っ!!」


 全人類の中でも選ばれし者だけが入学することを許され、系列校を含めても世界に四校しかないという、まさに超スーパーエリート校。


 ここは、その四校の内の一校である日本校だ。


 ちなみに、四校のある場所は、魔力分野で世界的に貢献された四人の学者の、それぞれの出身国に作られたとか。


「くぅううう~~~っ!! テンション上がってきたぁああああああーっ!!!」


 固く握りしめた両の拳を空に突き上げる。


 ――ここでアタシは……絶対に一流の“ナイト”になるんだ! ……そうすれば、いつか……


「……って、こんなところで突っ立っている場合じゃなかった! 学園が、このアタシを……アイラ・ハーヴァンを待っているんだからっ!!」


 落ち着きのない一礼をすると、少女は門をくぐり、また走り出す。


 これから始まる、学園生活に胸を高鳴らせながら……。




 ――けど。この学園は、アタシが思っていた以上に…――――甘くはなかった。

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