後編
「で、本職から見てどう?」
「ほ、本職じゃないってば……」
「でも、こうして抜け出したってことは、何か見えたんでしょ?」
「それは……そう、だけど……」
何か見えたら化粧室に抜け出す。
これは事前に皆と決めていた合図。
私の合図を受けて、ぽんちゃんと水谷さん、天野さんが一緒に席を立って、化粧室へと移動してきた。
作戦会議と言えば、意味合いとしては確かに合っているんだと思う。
「それで、何が見えたの?」
私はさっきの光景を見て、やっぱり来なきゃ良かったと後悔していた。
私は昔から他の子には見えないものが見えることが多かった。
けど、そんなこと迂闊に言えば変な子って見られかねないし、理解がある子でも下手に怖がらせるだけだから、見えたとしてもあまり口に出さないように心がけていた。
ところが、大学に入学してすぐの頃、人数合わせとして、知らない女子の先輩に無理やり合コンに連れていかれたことがあった。
今日のがまだ優しく感じられるくらいの、皆パリピでとにかくウェイウェイ言って、訳分からないコールに合わせてお酒を馬鹿みたいに飲むだけの、楽しくもない最悪な場所だった。
その時の男子たち全員におびただしい数の女性の生霊と思われるものがまとわりついてるのが見えてしまった。
後日、ぽんちゃん伝でその先輩がその時居た男子の一人と付き合うことになり、それから体調を崩して大学にもほとんど来ていない状態であることを聞いた。
それを聞いた私は、その飲み会の時に見たものをぽんちゃんにも伝えた。
ぽんちゃんはこんな私とずっと友達でいてくれて、同じ大学に入るために一生懸命に勉強してくれるだけあって、私の話を理解してくれていた。
そして、私の話を聞いたぽんちゃんが必死に説得して、その先輩と彼氏さんとを別れさせることに成功した。
先輩はまた元気に大学に戻ってきたみたい。
それにホッとしていたのも束の間。
先輩を説得するために、ぽんちゃんがボロを出しまくったことで、先輩から多くの女子たちへ体験談として急速に広がってしまったらしい。
私がどうやら影で地雷探知機という不名誉なあだ名を付けられていると気づいたのがつい最近のこと。
それもあるし、私がそもそも男子と話すことが苦手で、居酒屋はもちろんカラオケとか騒がしい場所が基本的に苦手ということもあって、飲み会には極力参加したくなかった。
けれど、今回の飲み会は他でもない幼馴染であり親友であるぽんちゃんのお願い。来てくれたら私の分も飲食代出してくれるって言うから、断れずに結局ついてきてしまった。
「まぁ何が見えたかは、なっちゃんの心の準備を待つとして……男子の方さ、もう一人来るって言ってた子、全然来なさそうだよね〜?」
私はぽんちゃんのその言葉に、心臓を掴まれたような気分だった。
「
あの男嫌いとして有名な水谷さんが参加してることがそもそも意外だったけど、そっか。水谷さんはあの人に会いたくて来てたんだね。
「私もです〜」
「ウチも〜!」
「は?何、あんたら蒼空くん狙いなの?」
ピリピリするの、やめて欲しいな……。
「男嫌いな清羅ちゃんにそこまで言わせるなんて、どんな人なんだろうって思っただけですよ〜」
「同じく!!」
天野さんの本心は掴めないけど、ぽんちゃんは本当にただの好奇心からみたいだね。
「でもほんとになんで?きっかけは〜?」
「私、こんな感じだし……見た目もキツイから勘違いされることも多かったんだけど、蒼空くんだけは嫌な顔しないでちゃんと最後まで笑顔で話し続けてくれたの」
「……それ、いつの話?」
「…………小学校の時。しかも違う地区同士での行事の時だから、向こうは覚えてないかも」
水谷さんが案外乙女だったことをぽんちゃん達が茶化している。
そんな楽しそうに、そして少し照れくさそうに話している水谷さんに、話してもいいのだろうか。
いや、あの人が……その蒼空さんじゃない可能性だって……。
「その、蒼空さんって……黒髪の短髪で、困ったように笑う人?右目側に泣きぼくろがあったり……」
怖くて皆の顔を見ることが出来ず、俯いたまま聞いてみた。
「そうだよ!イケメンではないけど、爽やかさがあるよね!って……あれ?なっちゃんに蒼空くんの写真見せたことあったっけ?それともどっかで会ったことある?」
最悪だ……言わなきゃ良かった。
中途半端に口を出してしまったから、皆の目がもう私の次の言葉を待っていると言っている。
もう、言うしかない。
「無いけど、あるって言うか……」
「なっちゃん何言ってんの?」
ダメだ。
心臓がバクバクして、上手く言葉が出ない……。
「そ、その人!……たぶん来てたよ」
「来てた……?」
もうこの勢いに乗って言ってしまえと、一気に言葉を絞り出した。
「そう、ずっといたの!私の目の前に座ってた!」
それを聞いて、水谷さんと天野さんがワンテンポ遅れて言葉を返してくる。
「えっ……ちょ……やめてよ……」
「那木ちゃんまであの鬱陶しい奴のノリに合わせなくていいって……」
二人の表情から読み取れるのは、嫌悪感よりも戸惑いの方が強いように感じられた。
私の噂を知っているだけに、半信半疑な状態の二人は眉をひそめてしまう。
「でも、なっちゃんが言うってことは本当だよ。なっちゃん、蒼空くんが居るのはいつ頃気づいたの?」
ぽんちゃんが私と二人の間に立った。
こういう時、ぽんちゃんの存在は本当に心強い。
私は一呼吸置いてから、さっきまで見ていたことを皆に共有した。
男子三人に遅れる形で、一人の男子が私たちのテーブルにやってきた。
その人は「遅くなってごめん」って謝ってたのに、男子たちが無視しているというか、気づいていないような反応だったし、皆もその人に反応してなかった。
あれ、誰も声かけないの?って思ってたら、その人と目が合って、「大丈夫ですよ。こいつらいつものことなんで」って眉を八の字にして笑ったの。
「皆が気づいていない時点で、もしかして……っては思ってたんだけど、私が今までに見てきたものとは違って、本当に生きている人と同じようにしか見えなかった。でも、さっき瀬川さんが話している時に、確信に変わった」
見えちゃいけないものは見続けちゃいけない。
私もそっちに引っ張っていかれてしまうから。
だから、彼がそういう存在だって気づいてからはなるべく彼の方を見ないようにしてた。
けど、瀬川さん始めた怖い話のクライマックスのところで、彼が小さく訂正を入れたのが聞こえたの。
鏡の中に居たのは女の子じゃなくて、自分と男の子二人だったって。
「あいつ、嘘ついてたってこと?」
「その話通りなら、実際にその廃校に入ったのは蒼空くんだったってことじゃん……」
それまで黙って周囲の会話に耳を傾けていた彼が、突然また口を開いたものだから、私は思わずグラスから彼の方へと視線を上げてしまった。
「さっきまでは綺麗な顔をしていたはずの彼が、彼の顔が血まみれになってて、そんな彼の背後には小学生くらいの男の子二人が、彼と同じように血まみれの姿で立ってて……」
彼は悲しそうな顔をしていた。
私は身体を反射で飛び跳ねさせてしまって、その反動でグラスに手が触れたことで、グラスを思い切り倒してしまった。
何があったかは分からないけど、彼はそんな状態なのに、私に対して「驚かせてしまってごめんね」と謝った。
本当に優しい人だったんだと思う。
「あんたが見える人だって話を疑うわけじゃないけどさ……でも……」
水谷さんの瞳がひどく揺れていた。
信じてもらえないだろうなっては思ってる。私だって、そんな話をいきなりされて信じられるわけないと思うし……。
何より、水谷さんからしたら恋心を抱いている相手はもう亡くなっているよと伝えられているようなものなんだから。
少しばかりの静寂に包まれた化粧室。
けれどその静寂はすぐに打ち破られた。
化粧室の扉が大きな音を立てて開かれたことで、皆がビクリとしながら、一斉にそちらへ視線を向けると、そこに居たのはこの居酒屋でバイトをしていると言っていた、同じ学部の高屋敷さんだった。
「あ!居た!!良かったぁ〜……」
心の底から安堵しているといったその様子に、ぽんちゃんが「何かあったん?」と、いつもの軽めな口調で問う。
「なにかあったん?じゃないよ!一時間前くらいに駅前の通りで車が暴走してさ、歩道に突っ込んだんだよ!しかも小学生くらいの子が二人歩いてるとこにさ!その子たちを守ろうとして学生が一人飛び込んだらしくて……」
皆が絶句した。
「あんたら今日こっちで飲み会やるって聞いてたから、ぽんちゃんなんて真っ先に飛び込みそうじゃん。だからめちゃくちゃ急いでここまで来たんだよ!そしたら店長がちゃんと女の子四人来てるっていうから、ひとまず安心して、それでもあんたらの顔見なきゃちゃんと安心できないって思ってさ〜……」
そう息を切らしながらも、早口で言葉を次々と溢れさせているところから、本当に心配してくれてたんだって伝わってくる。
「まぁでも無事なら良かった。この後も引き続き楽しんで〜♪」
高屋敷さんはそう言うと、手をヒラヒラと振って化粧室から出て行ってしまった。
けれど、私たちは高屋敷さんが出ていってからも、しばらくは黙ったまま動けずにいた。
「ねぇ、これ……」
そんな中、天野さんがポケットからスマホを出し、何やら操作してからその画面をこちらに向けてきた。
そこには【速報】という赤い文字と、「〇〇県で自動車が歩道に突っ込む」という表題が大きく書かれ、そのすぐ下には人々がパニックになって逃げ惑う写真や、たくさんのパトカーと救急車、消防車が写った写真が掲載されていた。
そして、男子小学生二名が死亡、彼らを助けようと、二人を庇うようにして抱きかかえている形で男子学生も亡くなっているのが発見されたという文字が。
その男子学生の名は、
それが彼を指しているのかどうかは、水谷さんの表情を見れば明らかだった。
私たちはその後も同じように飲み続けるなんて到底考えられず、男子たちにお金を渡して帰ることにした。
その時も、やはり瀬川くんたちの後ろにいる彼は血まみれのままで、未だ自身に何が起きているのか分からないまま、混乱しているような表情を浮かべていて、二人の男の子はそんな彼を不安そうな目で見つめていた。
その光景はあまりにも胸が痛むもので、それ以上は直視出来なかった。
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