霊感

夏葉緋翠

第1話

 何とか間に合った〜!


 くっそ…瀬川のやつ、急遽お店を変更することになったとか嘘つきやがって……。


 おかげで遠回りすることになったから、遅刻することになっちゃったじゃんか。


 おれは繁華街の一角にある居酒屋の入口前で息を整え、他のお客さんに混じりながら、先に着いているはずの友人が待つ席へと向かった。


 内田が瀬川の目を盗んで、こっそりと連絡を入れてくれていたことを思い出す。


 道路側の一番端の席だったっけな……あ、いたいた!


 お座敷の席だったのか。


 各々座布団の上であぐらをかいたり星座をして座っている。


 瀬川、内田、齋藤の三人が一列に座り、その対面には女子が四人、同じように一列に座って向かい合っている。


 そう、今日は隣町にある他の大学の女子たちとの飲み会。いわゆる合コンというやつである。


 まぁ乗り気だったなのは瀬川だけなんだけど……。


 瀬川があまりにも彼女が欲しいとうるさい癖に、自分からは飲み会に誘えず、結局こっちにセッティングするよう何度も言ってくるから、内田が頑張ってセッティングしてくれたのだ。



「いや〜ごめんごめん、遅れた!ってか瀬川、お前さ――」


「あいつ来ねぇなぁ〜……ま、時間だし、皆さん始めましょっか!!」


「はぁ……?」



 なんだコイツ……。


 おれも靴を脱いで、一人分空いていた所に腰を下ろして早々、いつものように悪質なイタズラをしかけてきた瀬川に文句を言おうとしたその瞬間、瀬川はおれを無視して乾杯の音頭を取った。


 おれはそんな瀬川の態度に正直ムッとしてしまった。


 内田も齋藤も何か言ってくれよ。


 あ……さてはお前らもいつもみたいに悪ノリしてやがるな?


 瀬川は今回みたいにおれにイタズラしたり、無茶振りをしたりして、おれが対応に困る様子を見て楽しむというをしている奴なのだ。


 内田と齋藤も瀬川がやりすぎない限りは助け舟を出してくれず、おれと瀬川のやり取り見て笑っていることが多い。


 にしても、向こうの女子までもおれに目を向けてくれないってのもなぁ。


 もしかして、おれが遅れてくるのを一緒にイジってやろうっていう……?


 あ、でも違ったみたい。


 おれの対面に座っている子だけは一瞬ではあるものの、目が合った。


 それから直ぐにおれから視線を外すと、瀬川たちや一緒に来ていた女子たちの方をチラチラと見て、気まずそうにしていた。


 きっとこの子は心根の優しい子なのだろう。


 結局おれのことを放置したまま、自己紹介タイムが始まってしまった。


 まず男子たちが一様に挨拶をしていく。


 おれも挨拶をしようかと思ったが、おれが話終えるのを待たずに女子たちの方へと移ってしまった。


 黒髪ロングで、どこかクールな印象を受ける水谷さん。元気いっぱいで、明るい笑顔を向けてくる金髪の本田さん。明るめな茶色のボブヘアで、垂れ目とのんびりとした口調が特徴の天野さん。そして、おれの対面に座っているくすんだ灰色のような髪をおさげにして、丸ぶち眼鏡をかけているのが那木なぎさん。


 周りも反応していないなら、自分も反応しない方が良いのかなというように、おれの方を見ては周りを見て、そしてまたおれの方を見てを繰り返している彼女を見て、少しだけ笑ってしまった。



「大丈夫ですよ。こいつら、いつもの事なんで」



 そう言ってやると、彼女の眼鏡越しに見えた目が少しだけ見開かれて、それから小さく頷いてくれたのが分かった。


 そして、それ以降は彼女も他の奴らと同じようにこちらにはあまり目を向けず、ちびちびとお酒を飲みながら皆の話に耳を傾けていた。




 ✧• ───── ✾ ───── •✧




 ……にしても長すぎじゃない?


 そろそろドッキリでした〜!ってネタばらししてくれてもいいんだけど。


 もう皆すっかりお酒が回っちゃって、話に夢中になってるよ。


 皆の声デカすぎて、店員さんにもおれの声届いてないみたいだし。


 喉乾いてきた〜……。



清羅せいらちゃん全然表情変わんないね〜!!」



 一際大きく響いた瀬川の声に目を向ける。



「そう?」



 清羅ちゃんというのは、水谷さんの下の名前のようだ。


 既に顔だけでなく首元まで赤くなってしまっている瀬川とは対照的に、水谷さんは変わらず真っ白で涼し気な顔のままでいる。


 自分からはあまり語らず、瀬川のダル絡みにも淡々と受け答えする彼女に思わず感心してしまう。


 最初に感じたクールな印象はその通り当たっていたみたいだ。


 ……そもそも瀬川の話に興味がないだけかもしれないけど。


 酒が入ったことで、普段から承認欲求ダダ漏れな瀬川の理性は簡単に形を崩し、内田が天野さんと話をしていればそれを妨害。齋藤が本田さんと話そうとすればそれをまた妨害。


 とにかく自分が女の子と話したいんだとしゃしゃり出ていた。


 中でも水谷さんに執拗に絡んでいる。どうやら水谷さんはこの厄介男にロックオンされてしまったらしい。


 ただ、どれだけ話を振ってみても、瀬川と目を合わせず、一言二言返してはハイボールを飲み進める水谷さん。


 そして、それでも諦めない瀬川。



「手強いな〜清羅ちゃん。あ、そうだ!取っておきの話があるんだよ!!」


「……今度はどんな話?」



 身を乗り出して、勿体ぶるように水谷さんの反応を伺う瀬川に、彼女も仕方がないといった様子で続きを求める。


 うわ〜……もう面倒だってのがビシビシと伝わってくるよ。


 内田と齋藤はもちろん、向こうの女子たち全員が皆苦笑いを浮かべている。あまり視線を上げない那木さんまでもだ。


 瀬川もよくこんな状況で粘れるな……まぁお酒が入ってるのもあるだろうけど。


 あんな素っ気ない態度とられ続けたら、心折れちゃうよ。嫌でもこっちに興味無いんだなって分かるし。



「怖い話とか聞きたくない!?おれ、こう見えても霊感あってさ〜!!」



 得意げにそう言う瀬川に対して、水谷さんがやっとその視線を向けた。



「霊感あるの?」


「あっ!興味ある!?」



 初めて視線を合わせて貰えたことで、瀬川は大喜びだ。


 唾が飛びそうな程の勢いで話し出す瀬川から、少しだけ距離を取ろうと後ろに背中を引く水谷さん。


 そうして瀬川が話し出したのは、少し前の週末に、おれたち四人で街外れにある廃校に行った時の話だった。


 丑三つ時に二階の大鏡を覗くと、自分の未来が見えるとか、他にもいくつかあった心霊現象を検証してみようって、これまた瀬川が言い出して、巻き込まれる形でおれたちもついて行ったんだ。



「そして、恐る恐るその大鏡を覗いた時……おれの隣にが……!!」



 瀬川はその話を、鏡を覗くと幽霊が見えるという話にすげ替えて話していた。


 おれはそんな瀬川に呆れて笑ってしまった。



「あの時見えたのは、だよ。それもお前じゃなくて、おれの両隣にね」



 てか、そもそもお前言い出しっぺなのに、一番ビビってて廃校の中にも入らず、車の中で待ってたろ。


 あの時、内田も齋藤も試して見たけど自分自身の姿しか見えなくて、鏡の中に自分以外の存在が見えたのはおれだけだったんだよな。



「……っ!!」



 ガチャンガチャン!!!!


「きゃあっ!?!?」



 息を飲むような音が聞こえたと思った次の瞬間には、テーブルの上でグラスが倒れていた。


 なるべく小さく呟いたつもりだったけど、対面にいた那木さんには聞こえてしまっていたらしく、那木さんが驚いてグラスを倒してしまったようだった。


 その音に驚いて、本田さんが大きな悲鳴を上げてしまったことで、「大丈夫ですか!?」と店員さんが駆けつける事態に……。


 幸い那木さんの衣服に飲み物が零れたりとかはしていないみたいだった。



「驚かせてしまってごめんね……」



 申し訳なさからそう謝ると、彼女はまた最初の時みたいに目を見開いて小さく頷くと、「すみません……お化粧直しに行ってきますね……」と言って、席を立ってしまった。



「なっちゃんが行くならウチも〜!」


「私も行こうかな」


「あ、じゃあ私も〜」



 那木さんに続くようにして、なんと女子全員が席を立ってしまった。


 あれか、聞いたことあるぞ。


 確かそうやって御手洗で作戦会議開いてるんだっけか。


 そういうタイミングだっただけかもしれないけど、せっかく話が盛り上がりそうというタイミングだっただけに、これには瀬川にも悪いことしたなと思った。



「おれの話、よっぽど怖かったんだろうな〜!!」



 そう言ってニヤニヤしている瀬川を見て、謝る気はどっか行った。


 女子たちを待っている間も、瀬川たちはおれの言葉を無視し続けた。



「おーい、そろそろ良いんじゃないかな?」


「流石に長すぎると思うんですけど〜」



 ここまで来ると腹が立ってくる。


 わざとやってる感じじゃなくて、本当に聞こえていないように振る舞っているのが本当にイライラしてくる。


 こういうヤツらだから怒ったところでまあ仕方がないと自分を何とか落ち着かせていると、女子たちが戻ってきた。


 けれど、どうも様子がおかしい。


 皆さん一様に……特に水谷さんの顔が真っ青になっている。


 結構飲んでるなとは思ってたけど、もしかして瀬川の話を聞き流すために無理して早いペースで飲み続けてたのかな。


 なら早く席について、少しでも楽な体勢取った方がいいと思うんだけど……本当にやばそうならお店の人に言って救急車呼んでもらうとか……。


 一向に席に戻る気配がなく、通路に立ったままの女子たちを見て、瀬川たちも不思議そうに彼女たちを見つめていた。


 すると、女子たちを代表するかのように、本田さんが一歩前に出た。



「せいちゃんちょっと飲みすぎたみたいでさ!ウチら連れて帰らなきゃだから、今日はこの辺で♪」



 本田さんはそう言うと、テーブルに向けて手を伸ばした。



「はい、これ女子の分のお金!足りてるか数えて!」



 テーブルの上には数枚のお札が乗せられた。瀬川はそれを手に取り、徐ろに枚数を数えた。



「確かにあるね……って、え?本当に帰っちゃうの?」


「うん、帰る!だってこんな状態じゃあお話もできないし、もう飲んだり食べたりも出来ないもん!」



 瀬川は呆けた顔のまま、本田さんの顔を見上げていた。



「あ!あと、瀬川くんはもうちょい話した方が良いかも〜?じゃ、またね♪」


「あっ、ちょっと……!」



 ポカンとしたまま彼女たちの背中を見送る瀬川に、内田と齋藤が笑いながら話しかけた。



「やっぱ嘘ってバレるでしょ。霊感あるとかいきなり言ったってさぁ」


「そーそー。てか、蒼空そら遅すぎじゃね?あいつだってまだ飲めてないんだし、早く合流して飲み直すべ!瀬川が撃沈したぞって話もしないとな」



 え……?


 いや、おれ隣に居るけど。



「やめろって……!!あいつにだけはイジられたくねぇわ!!いつもあいつばっか女の子に話しかけられてんじゃん!!だから今日はわざと違う店だって伝えて、おれが話すための時間確保しようとしたんだよ!!」


「それでこのザマじゃあなぁ……」


「うるせぇって!!」



 ふ〜ん。そんな理由で。


 てか、どこ行くんだよ。


 おれここに居るって。



 えぇ……?本気で言ってる?


 皆お酒飲みすぎじゃない……?



 ねえ、待ってってば。



 置いていかないでよ。



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