家出の夜のお社

前編


 これは私がまだ中学生だった頃の話。



 ✧• ───── ✾ ───── •✧



華菜かなは今回も満点で偉いわね〜!ママも嬉しいよ!」


風花ふうかも同じくらい出来たらなぁ。お姉ちゃんなんだから、風花も負けてられないぞ。最近成績が落ちてきているだろう。効いてるのか?いつもいつもそうやってスマホばかり弄って……またゲームでも」


「うるさい!!」



 こちらを見向きもせず、妹の華菜に慈愛の目を向けたままグチグチと言ってくる。今は同じクラスの友美ちゃんに返信してただけなのに。



「こら!まだ話は終わってないぞ!ちゃんと話を聞きなさい!!」



 こっちの話はまともに聞いてくれない癖に、自分の話ばっかり。


 やっとこっちを向いたと思ったときは、決まって怒り顔だもん。


 私はパパを睨み返して、その言葉も無視して階段を上り、自室のドアを力一杯に閉めて、あからさまに不満であることを示した。


 部屋の電気もつけずにベッドにダイブする。


 ふて寝してやろうかなんて考えつつ、今は何時だろうかとスマホの電源ボタンを押して、待受画面だけを光らせる。やけに画面が明るく感じて、目を細めた。


 20:50という表示。


 そして画面には水滴がついているようなエフェクトが浮かび上がっていた。


 このあと雨が降るということを示しているそのエフェクトを見て、余計に気分が沈んでいくような気がした。


 布団は被らず、抱き枕に抱きつくだけにして何度か寝返りをうって、またぼんやりと考え事を始めた。


 私だって最初から勉強が嫌いってわけじゃなかった。新しいことを知るのは楽しかったし、良い点を取れたら嬉しかった。


 ただ、華菜はもっと勉強が出来た。一度教えたらすぐに覚えることが出来た。天才だともてはやされて、パパもママも華菜のことしか見なくなった。


 中学受験をして私立の有名校に行こうとしている華菜と、既に公立に通っている私を比べないでよ。私のことは塾に通わせたりもしなかったのに。


 学校に行っても、ママが友達のママたちにも華菜の話をしたのか、「妹ちゃん私立行くんでしょ」なんて話ばかりされて、いつの間にか私は「風花」から「あの華菜ちゃんのお姉ちゃん」になってしまった。


 何もかもが上手くいっていない気がして、面白くなかった。


 ずっと私のことを見てて欲しい。私だけしか見ないで欲しいって言ってるわけじゃないの。ただちゃんと私を私として見て欲しかった。



「風花の気持ちはよく分かる。けどお前は華菜のお姉ちゃんだろ。何でもかんでもそうやって態度に出すのは良くないぞ。華菜の良いお手本にならなきゃいけないんだぞ」


「普段からそんな態度取ってると、学校とか外でも出ちゃうんだよ?」



 私の気持ちが分かってるなんて、簡単に言わないで欲しい。学校ではこんな態度取ってない。学校では出さないようにしてるの。いつも笑ってやり過ごしてるの。


 だから家で出しちゃってるんだよ。何が分かってるの?



「親なんだから、子どもの考えなんて手に取るように分かるもんだよ」



 なんて自信満々に言ってたもんだから、「じゃあなんで私が怒ってるか分かるでしょ?」って言い返したら、「中学生にもなってそんなちっちゃい子みたいに不貞腐れるなよ」って不機嫌になってた癖に。



 はぁ……ダメだ。次から次へと怒られた時の嫌なことばかり思い出しちゃう。


 もう一度寝返りをして、スマホの画面をつけてみる。


 21:00の表示。


 全然時間も経ってないし、眠気も来ない。また溜め息が出た。



「今日も行こっかな……」



 私はそっと部屋のドアを開けて、階下の気配に注意を向けた。電気も消えているし、話し声も、誰かが歩き回っているような音も聞こえない。


 もう六年生にもなっているのに一人で眠れない華菜のわがままを聞いて、パパとママは毎日下の和室で華菜と一緒に寝ている。


 私のときは三年生の時点で、一人で寝れるようになれって真っ暗な部屋に置き去りにしたのに。


 なんてまた一つぼやきながら、部屋のドアを静かに閉めてベッドの上に戻り、今度は窓を開けた。日中は暑かったけど、夜になって少し冷めた風が入り込んできて心地よかった。


 抱き枕をベッドの中央に寝かせて、その上から羽毛布団を被せる。カモフラージュも忘れない。とは言っても、私に関心が無い二人が夜に様子を見に来たりすることなんて、まず有り得ないだろうけど、念の為にね。


 パーカーにショートパンツなんてラフな格好だけど、別に誰に会うわけでもないから、このままでいいや。


 私の部屋の下は収納部屋になっていて、少し突き出た形になっているから、私の部屋の窓を開ければ、すぐ下にその突き出た部分の屋根がある。そこにそっと足を下ろして、バランスを取りながら屋根を降りて、壁際に置いておいた木箱を経由して地面に足をつけた。


 前はそのまま屋根から飛び降りたけど、部屋に戻る時に大変だったから、次にまた抜け出したくなった時のために、足場にしようと思ってこっそりと木箱を置いといたんだ。早速役に立ってくれた。


 忍び足でゆっくりと雨避けの下まで行って、自転車の鍵も音を立てないように両手で慎重に開けた。


 ペダルを漕ぐとギィギィと音を立ててしまうから、少しだけ押して歩き、家から離れてからやっとペダルに足をかける。


 身体を撫でる風に若干の湿気を感じて、天気予報って当たるんだなぁなんてぼんやりと考えていた。


 そうこうしているうちにT字路に突き当たった。


 左に行けば市街地に行ける。右に行ってもあるのはお祭りでしか行くことのない神社くらい。


 空も左側の方がネオンの光のせいでだいぶ明るくなっていて、右側に向かうにつれて黒が濃くなっているようだった。


 自転車には自転車通学をしている生徒が貼らなきゃならない学校指定のステッカーが貼られているから、この時間に市街地をウロウロしていたら、警察に声をかけられるかもしれない。


 それに、今はなんだか眩しいものから出来るだけ距離を取りたい気分だったから、それから逃げるようにハンドルを右に切った。


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