第10話 とてもミニツマサレる話だ

 午後からは精霊についての授業だ。担当してくれるのはアルドリック様なので、すでに顔見知りという安心感がある。


「こんにちは、ロッテ様」

「こんにちは、アルドリック様」


 アルドリック様が入ってくると、ララとルルがアルドリック様と一緒にいる精霊さんと嬉しそうに手をつないで、クルクル回り出した。それを見上げてアルドリック様が、

「嬉しそうですね」

「ホントに。いつもいる子ではなかったんですけど、時々来てたし、ララやルルとも仲がいいんでしょうね」


 わたしも嬉しくなりながら言うと、アルドリック様がきょとんとしてこちらを見る。


「どうしました?」

「ロッテ様は、精霊に名前が付けられるのですか?」

「え、名前付けないと、呼べなくないです?」


 わたしたちは顔を見合わせたまま、くい~っと首をかしげる。


「順番に説明していきましょうか」

「はい、お願いします!」


 二人とも席について、改めて授業が始まる。


「ロッテ様は、ご自身とお母君以外の精霊の愛し子メーディウムに会ったことはございますか?」


 わたしは首を横に振る。


「アルドリック様が初めてです」


「では、精霊の愛し子メーディウムの基本的な話からしましょうか」


 こくんとうなずいた。


「ロッテ様は何故精霊の愛し子メーディウムがこのように大切に扱われているか、知っていますか?」


 少し考えて、言う。


「精霊さんが、色々助けてくれると便利だからですよね。そして精霊の愛し子メーディウムがいると、精霊さんが助けてくれやすくなるから」

「その通りです」


 アルドリック様がうなずく。


「精霊が祝福しなくとも、触れたりそこにいるだけでその土地は豊かになります」


 領都にも精霊の木と呼ばれる精霊さんたちのお気に入りの木が、周りの木と一緒にホゴされていて、そこの落ち葉をヒリョウに花や野菜を育てると元気に育つとか、精霊の木はリンゴの木なんだけど、精霊さんからおすそ分けでたまにもらえるリンゴは、とってもおいしくて、なんかすごく元気になるのだ。


 人間も運がよくなったりする。


 実は漆黒の荒鷲亭でも、わたしや母さんがいたから精霊さんが結構来てて、その結果ここでメシを食うとキズの治りが速い気がするだとか、ここに来た後よくイイことが起こるんだとか、言われたりもしてた。

 母さんもわたしもいなくなったけど、結構おじさんたちにちょっかいを出すのを楽しんでた、にぎやかなのが好きな精霊さんとかは、またちょくちょくあそこに来るんじゃないだろうか。


「精霊の力は人間にとって大変有用ですが、精霊たちは気まぐれです。さらには、多くの人は見ることも感じることもできません。

 だからこそ彼らに好かれ、見たり感じたり出来る精霊の愛し子メーディウムは重要なのです」


 アルドリック様は表情をキリッとさせると、さらに言う。


「一方で、精霊の愛し子メーディウムを貴族が保護するのは、貴族が精霊の恩恵を受けたいという思惑以外に、精霊の愛し子メーディウムが粗雑に扱われるのを防ぐ、という意味合いもあります」


 あ~。


「精霊の恩恵を受けたいと考えているのは、貴族ばかりではありません。精霊のことをよく知らない者が、利益に目が眩み精霊の愛し子メーディウムを乱暴に扱えば、精霊たちを怒らせることがあります。

 その怒りが、その者たちに対してだけで済めば自業自得なのですが、周りにまで及べば目も当てられません」


 とてもミニツマサレる話だ。いや、わたしが直接知ってるわけではないんだけど。


 そんなわたしの顔に気付いたアルドリック様が、訊いてくる。


「どうかしましたか?」


 あ~、うーん、まぁ隠すことじゃないし、いっか。

「いやぁ、精霊の愛し子メーディウムをランボーに扱って大変なことになった話、知ってるな~って思って……」


 アルドリック様が、驚いたように目をパチパチさせる。


「その話、聞いても良いですか?」


「え~と、わたしの父さんが精霊の愛し子メーディウムだったって話はしたと思うんですけど、実は吟遊詩人をしてた父さんは、ここじゃない国で貴族に殺されたんですって」


 それを聞いて、そこから起こったことを想像したのか、アルドリック様がなんとも言えない顔になって、「それは…」とつぶやく。


「しかもコワイことに、わたしの父さんって風の王様のお気に入りだったんですって」


 アルドリック様が頭を抱える。

 飛び回って遊んでいたララとルルとアルドリック様の精霊さんも、それぞれわたしとアルドリック様にキュッとしがみついてプルプル震える。


『おうさま、こわかった』

『おうさま、おこってた』


 そんなことを言って震えてるララとルルを、そっと撫でる。


「そっか、ララたちはその時のこと知ってるんだ」

『みたじゃない。おうさま、わかる』

『おこった、わかる。かなしい、わかる』

「直接見なくても、王様が怒ったり悲しかったりしたのが分かるの?」


 ララとルルがうなずく。アルドリック様も、自分にしがみつく精霊さんを撫でながら言う。


「精霊たちは、同じ属性の精霊王と繋がりがあるそうで、強い感情とかは伝わるんですって」


 へ~。


 少し遠くを見ながら、アルドリック様が言う。


「しかし、そうですか。確かに十年くらい前に、天災で国土が大変なことになった国がありましたね。少し不自然だったので、精霊の怒りに触れたのでは、なんて話もありましたが、そうでしたか……」


 その通りです、はい。


 驚きから帰って来たアルドリック様が、つぶやくように言う。


「なるほど、ロッテ様が精霊の愛し子メーディウムとしての力が強いのは、父親譲りだったのですね」


 その言葉に首をかしげる。


「力が強いとか、あるんですね」


 ああ、見えるより声も聞こえる方が強いってことかな?


「ええ、精霊に好かれる能力、精霊を感知出来る能力に、それぞれ強さがあります。

 感知する能力は、気配が分かるだけ、見えるだけや声が聞こえるだけ、見えて声も聞こえるという風に強くなります。

 また、それぞれ力の弱い下級精霊まで感知出来る方が力が強いです。

 私は、見ることは下級精霊も出来ますが、声を聞くことは上級精霊しか出来ません。

 ちなみに精霊王は、その気になれば感知能力の無い人にも、姿や声を届けることが出来ます」


 そういえば、父さんが殺された時、風の王様が母さんの前にあらわれてそこの国から出ろって言われたって、母さん言ってたな。


「精霊に好かれる能力は、ただ好かれるだけより、精霊憑きと呼ばれる常に共にいる精霊を連れている方が強く、憑いている精霊の力が強い方が、そして憑いている精霊の数が多い方が力が強いです。

 精霊憑きは、自分に憑いてくれる程好意を寄せてくれる精霊が現れるかという問題もありますが、精霊の愛し子メーディウム側もそれを受け入れられる程の力があることも必要です。

 その精霊の愛し子メーディウムの容量を超えた力や数の精霊が憑けば、その精霊の愛し子メーディウムは耐えられません。精霊側はそれが解かるので、どんなに気に入ってもその精霊の愛し子メーディウムの容量を超えて憑こうとはしないらしいです」


 ということは、


「アルドリック様の精霊さんや、昨日一緒だったあと二人の精霊さんは、前からたまにわたしのところに来てくれていたんですけど、それって……」


 アルドリック様がうなずく。


「今の貴女の容量が、下級精霊であれば二柱が限界ということでしょう」


 笑いながら、「もし容量が増えたら、残りの二柱も貴女に憑くかもしれませんね」と付け加えた。


「そしてもう一つ。精霊の愛し子メーディウムの中でも、持っていること自体が珍しい能力が、精霊に干渉する力です」


「カンショウする力?」


 うなずいて、アルドリック様が続ける。


「傷付いた精霊を癒したり、精霊の力を強くしたり、そして名前を付けることもそうです」


 そう言われて、わたしは目をパチクリさせる。


「名前を付けるということは、相手をその名前に縛るということです。特に精霊にとっては、とても影響の大きいことなんですよ」


 そうだったの!? ないと不便だなぁって感じで、気軽に付けちゃったんだけど!!?


「名付けるだけの力が無かったり、精霊側が拒否した場合、名前を覚えていられなかったり、呼ぼうとすると声が出せなくなったりします。それが無いということは、貴女にはその力があり、精霊たちも名前を気に入っているということです」


 わたしはララとルルを見ながら、「そうなの?」と訊く。すると二人は嬉しそうに、うなずく。わたしも嬉しくなって、にっこりと笑う。


「つまり貴女は、下級精霊の姿を見るだけでなく声まで聞こえて、下級精霊とはいえ二柱の精霊を受け入れている精霊憑きであり、精霊に干渉する力も持っている。

 これは精霊の愛し子メーディウムとして強い能力を持っていると言って、差支えありません」


 そんな風に言われて、わたしは思わず自分の手のひらを見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

押しかけ幼女は『形だけの奥様』になりたい 橘月鈴呉 @tachibanaduki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ