第9話 おう、そんな子どもみたいな
次の日、朝ごはんを食べてアメリアに身支度をしてもらうと、キョウヨウを教えてくれる先生を待つ。
それにしても、お部屋のベッドは本当にふわふわだった。あまりにふわふわで、今朝は雲に飲みこまれる夢を見てしまった。さらに、目が覚めた時に見慣れない光景が見えて、混乱してしまった。
そんなことを考えていると、先生がやって来た。
「カーティス・アロイジウス・ツー・ツェッテルと申します。ロッテお嬢様、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いしますカーティス先生」
カーティス先生は、マルセル様より年上のおじ様で、優しそうで賢そうだ。ちょっとアルドリック様にフンイキ似てるかも、もっと年を重ねた落ち着き方してるけど。
「それでは、まずロッテお嬢様がどれくらいお勉強ができるのか、確認させてくださいね」
「はい」
優しそうに言うけれど、わたしは緊張で背筋を伸ばす。
「字の読み書きは出来ますか?」
「えっと、読むのはできます。漆黒の荒鷲亭でも、新聞のダイドクとかやってました」
漆黒の荒鷲亭に来るのは平民なので、字が読めない人も多い。それでも新聞に書いてある情報とかを知りたいので、母さんからちょっと字を教えてもらってたわたしが代わりに読んで、お駄賃をもらうのだ。正直、意味の分からない言葉も多いけど、文章の流れから「こういう意味かな?」と予想しながら、色々言葉を覚えられるので、わたしも賢くなっちゃうすごい仕事なのだ。
「でも、字を書いたことはありません。見ながらなら書けるかな?」
「なるほど。では計算は?」
お金のカンジョウはさすがに任されたことはないし、あんまり大きな数まで数えたことはないけど、お給仕する時に簡単な足し算くらいは必要になる。例えば、五個のビールを運ぶのは難しいので、二個と二個と一個持っていくのだ。
「給仕するのに必要な、簡単な足し算引き算くらいなら」
「なるほど」
カーティス先生はうなずくと、持っていた本とかの中から新聞を一つ取り出した。
「それでは、ここの記事を読んでみて頂けますか?」
「はい」
いつものダイドクのように、意味の分からない言葉も分からないなりに読んでいく。
「北部でレンジツの大雨によりスイガイが発生しており、メンゼイかモシクはゲンゼイが求められている……」
文字が表す通りに読めば、意味は分からなくても音は分かるので、読むこと自体は出来るのだ。いつもダイドクする時は、わたしが読んだ後のおじさんたちの反応も合わせて、こんなことが書いてあったのかな? って考えたりする。
一通り言われた記事を読み終わったわたしは、カーティス先生の方を見る。カーティス先生は数回うなずくと、わたしを見て言った。
「読みは問題無さそうですね。ただ、知らない言葉がいくつもあるようだ」
バレてる。いや、隠してるわけじゃないけど。
「新聞は大人の読み物ですから、それは仕方ありません。これから一緒に色々な言葉を知っていきましょう」
「はい!」
母さんが生きていた時は、知らない言葉を母さんに訊いたりしてたけど、母さんが死んでから、他の人にはしにくかったんだよね。そっか、カーティス先生は先生なんだから、知らない言葉とか訊いていいんだ。嬉しい。
「では次は書きですね」
そう言って、文字の表と紙とペンを出した。
「それでは一文字ずつ練習していきましょう」
「はい!」
わたしは勢いよくペンを握った。
ペンを握った手が痛くなって、わたしはペンを置いて手をプラプラさせる。
勢いよく握ったはいいけど、それが変な握り方だったようで、まずは握り方から教えてもらうことになった。キレイにペンを持てないと、キレイな字は書けないそうだ。
でも、今まで全然したことのない手の使い方に、手がキシキシと痛くなった。
「こうやって練習すれば、美しい字が書ける様になりますよ。頑張りましょう」
「はい」
返事が、始める前より弱くなっているのは許してほしい。
心配したのか、ララとルルがプラプラさせてる手をなでなでしてくれる。あ、なんだか少しラクになった感じ。
カーティス先生は時計を出して時間を確認すると、つぶやく。
「まだ終了時間まで、少しありますね」
そして少し考えると、こちらを向いて言う。
「詳しく学ぶのはまた先のことにはなりますが、予習も兼ねて簡単にこの国の歴史について、お話しましょうか」
「お願いします」
カーティス先生はうまずいて、こう訊いた。
「ロッテお嬢様は、この国が出来た時のことを何か知っていますか?」
え~と、
「たしか、キルンベルガー領のおとなりの国からドクリツしたんですよね?
それで、その時にキルンベルガー家のご先祖様が王様を助けたって聞きました」
先生は嬉しそうにうなずく。
「その通りです。
元々このクライス王国は、オルドヌング帝国の一部でした。
オルトヌング帝国は、皇帝が強大な権力を持つ国ですが、とある代の皇帝が、今クライス王国になっている地域に厳しく当たる方でした」
おう、そんな子どもみたいな。
「結果として、この地域の人々は現在の王族であるプロッツェ家を中心にオルドヌング帝国からの独立を決めます。
そして数年の戦争の末、独立を勝ち取ります。
その際、将軍として活躍したキルンベルガーの初代は、オルドヌング帝国と接する土地を拝領し、王都に続く街道に領都を造り、王国の守り手としてオルドヌング帝国から、万一侵攻があった時に帝国軍を食い止められる様にしているんですよ」
さすがマルセル様のご先祖様、もうこの話だけでカッコいいっ!
顔に出ていたのか、わたしを見てカーティス先生が軽く笑うと、
「ロッテお嬢様も、そんな王国の守り手、漆黒の荒鷲の養女となられたわけですから、それに相応しい教養をしっかり身に着けて参りましょうね。このカーティスもお手伝いいたします」
「はい、よろしくお願いします」
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