第8話 ダイイチインショウが重要でアイキョウが大事
食堂に入ると、すでにマルセル様が座っていた。
「ああ、来たかロッテ」
「はい!」
数時間ぶりのマルセル様はあいかわらずカッコよくて、思わず声がはずんでしまう。
わたしのかっこうを見ながらマルセル様は、
「急いで用意させたのでオーダーメイドとはいかなかったが、キツイだとか緩いなどはないか?」
「大丈夫です、ありがとうございます!」
「そうか。明日針子を呼んでいるので、採寸してもらえ。デザインの希望があれば、その時に言えば良い」
「はい!」
おお、採寸だって、オーダーメイドだってっ! すごいね、貴族ってすごいねっ!
それはそうと、せっかくお洋服の話になったので、スカートをつまんでポーズを決めると、マルセル様に訊く。
「ところで、わたしこんなステキなお洋服したの初めてなんですが、どうですか、似合いますか?」
新しい服を着たら、好きな人に「似合う」って言ってもらいたいのがオトメゴコロなのだ。「かわいい」と言われればなおうれしい。
周りで見ているハインツやアメリア、その他のメイドさんたちがほほえましそうに見ているのがむずがゆいけど、そんなことでこんな機会をムダにする気はないのだ。
マルセル様は改めて一通りわたしの全身を見ると、
「うむ、特に変なところはない」
違う、違うんだけど、そのお返事はマジメなマルセル様っぽくて、それはそれでいいっ!
アメリアたちのこらえきれなかったため息と、わたしの複雑な顔に、「何か私は間違ったことを言ったか?」と困惑するマルセル様がかわいい。
そうこうしているうちに、扉の外から声がかかる。
「ああ、ライナーが来たか」
マルセル様がハインツにうなずくと、扉の横に立っていたメイドさんたちが扉を開ける。そしてその向こうから、少し緊張した顔の男の子が入ってくる。
「ライナー、こちらに来なさい」
そう言うと、マルセル様は立ち上がってわたしのとなりに来る。ライナーくんもこちらへ来て、わたしと向かい合った。
「ライナー、話は聞いていると思うが、彼女が私の養女になった
わたしを紹介すると、今度はわたしの方を見て、
「ロッテ、彼が私の
マルセル様の紹介にうなずくと、わたしはライナーくんに「お姫様のおじぎ」をする。
「はじめまして、ロッテと言います。これからよろしくお願いします」
そして最後ににっこり笑顔、ダイイチインショウが重要でアイキョウが大事なのだ。
ライナーくんがきょとんと目を大きくする。
髪はマルセル様と同じ黒だけど、目は明るい黄色に少しだけ緑はまぜたみたいな黄緑色だ。わたしの目が緑色なので、ちょっと親近感がわく。
ハッと我に返ったライナーくんが、自己紹介を返してくれる。
「キルンベルガー伯爵が
自分のあいさつがきちんとできたか気になるような目を、ライナーくんがマルセル様に送ると、マルセル様がうなずき、ライナーくんはほっとした顔になった。
「さて、せっかくの食事が冷めてしまってはいけない。二人とも、席に着きなさい」
マルセル様に言われて、それぞれお付きのメイドさんが案内してくれた席につく。
そして料理を準備してもらっている間、わたしはさっきマルセル様が言ったことについて言う、
「さっきマルセル様は料理が冷めるといけないって言ってましたけど、漆黒の荒鷲亭の女将さんも同じようなこと言ってたんですよ!」
「ほう」
「前にお話に夢中になって、運ばれた料理が冷めそうになった時に、女将さんが雷を落としながら、『せっかくのおいしいごはんを、手をつけずに冷ましてしまうのはツミブカイことなんだよっ!』って言ってました」
それ以来、漆黒の荒鷲亭では熱いのが苦手な人以外は、料理がきたら話を中断してでも食べ始めるのが当たり前になった。ちなみに女将さんも、猫舌の人にはそんなことは言わない。つまりは「おいしいものはおいしいうちに食べろ」ということなので、猫舌の人はあつあつの状態ではおいしく感じないんだから、おいしく感じられるようになってから食べればいいのだ。
「戦場では必ずしも美味しい食事が取れるわけではない。ならばこそ美味しい食事を準備してくれる者がいるのであれば、美味しい状態で食すのも、食べる者の勤めだろう」
給仕されていくごはんを見ながら、マルセル様が言う。
「特に領主、いや貴族であるならば、料理を作った料理人だけでなく、食材を作った領民や買い付けた商人のことも忘れてはいけない。
故に、体質に合わぬわけでもないのに、食べ物の好き嫌いをするのは恥ずべきことだと心得なさい、ライナー」
「はい、養父上」
ライナーくんの返事に満足そうにうなずくと、マルセル様がわたしに訊く。
「ロッテは、何か苦手はものはあるか?」
「いいえ」
わたしは首を横に振る。
母さんが生きてた頃は、いくつかの野菜が苦手だったけど、漆黒の荒鷲亭にお世話になり、まかないとしてごはんを出してもらうようになって、残すのが悪い気がしてガンバって食べてたら、苦手だったはずのものもすっかり好きになったのよね。その経験から、わたしはあることを知ったのだ。
「なんでもおいしく食べられるほうが、人生幸せですから!」
そう、苦手なものがないということは、好きなもの、おいしいと感じられるものが多いということで、とても幸せなことなのだ。
マルセル様は少し考えるような顔になって、「そういう考え方もあるのか」と言った。
そうそう、人生は楽しんだもの勝ちだ。
そんな話をしている間に準備ができて、食事が始まる。
聞いていた通り、わたしの分はお肉とかが一口で食べられる大きさになっていて、フォークだけで食べられるようになっていた。
なるべくお上品に見えるように、ギクシャクとしながらフォークでさして一口食べる。
おいしい!
あまりにおいしくて、キンチョウがどろどろととけていく。
そんなわたしを見て、マルセル様が「口に合った様で、なによりだ」と言う。
「そうだ、ロッテ」
「はい?」
「君の家庭教師についてだが」
平民として育ったわたしは、貴族として生きていくには足りないものが多すぎるので、いろいろと覚えなきゃいけないことはたくさんあるのだ。
「淑女教育については今探しているので、少し待って欲しい」
貴族のお嬢さまに必要な、いろいろなことだ。食事のお作法とかもふくまれるだろうから、どうやらわたしはしばらく料理人さんに食べやすくしてもらわないといけないようだ。まあ、しかたない。
「教養についてはライナーと同じ者をつけるので、明日から始める予定だが、大丈夫か?」
「はい、よろしくお願いします」
それに一つうなずき、
「それと精霊について……というか、貴族の持つ精霊についての知識は、アルドリックが担当することになった」
「分かりました」
わたしが返事をすると、マルセル様は少し顔をキリッとさせて、
「
その言葉に、わたしもマジメな顔になってうなずく。
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