第7話 落ち着かなくて、内心そわそわしてしまう
女将さんやダンナさんとのお話が終わった時には、もうお部屋の準備もできたらしく、わたしはマルセル様と(名残おしいけど)離れて、ハインツさんと一緒にお部屋に向かっている。
外から見てた時も思ってたけど、本当大きくてキレイなお家だよね、中を歩くとすっごくそう思う。
そして、わたしの部屋だと案内された二階のお部屋に入った時は、思わず声が出た。
「ひっろ!!」
本当に広かった。漆黒の荒鷲亭のお店部分とおんなじか、もしかしたらそれよりも広いんじゃないだろうか。
わたしがあんぐりと口を開けながら部屋の中を見ていると、ハインツさんに「ご紹介します」と声をかけられ、声がしたほうを向く。するとハインツさんのとなりに一人のメイドさんがいて、おじぎしていた。
「本日よりロッテ様付きとなります、アメリアでございます」
「アメリアと申します。本日よりよろしくお願いいいたします、ロッテお嬢様」
アメリアさんがそう笑いかけてくれたので、わたしも笑顔であいさつする。
「こちらこそ、よろしくお願いします、アメリアさん」
すると、アメリアさんが困ったように眉毛をさげる。ハインツさんも同じような顔になって、わたしはどうしてそんな顔されているのか分からずに、首をかしげる。
二人は一度顔を見合わせると、ハインツさんが言う。
「ロッテ様、本日より貴女はキルンベルガー伯爵家の一員、貴族の一員となられるのです。使用人に敬称…「さん」付けをして呼んではなりません」
思ってもみなかったことを叱られて、目が点になる。
「ロッテお嬢様、我々使用人のことはどうぞ呼び捨てで、
驚いてしまったけど、よく考えれば当然のことだ。これはマルセル様の養女になった以上、そしてマルセル様の奥様を目指すためにも、慣れていかないといけない。
「分かりました、アメリア…」
大人の人を呼び捨てにするのは落ち着かなくて、内心そわそわしてしまう。そこで、もう一つ気づく。
「ということは、ハインツさ……ハインツのことも?」
わたしが言うと、ハインツさんがうなずく。
「私のことも、ハインツと呼び捨てでお願いします」
ハインツ、ハインツ、ハインツ。アメリア、アメリア、アメリア。う~、慣れない。
ついでにもう一つ訊く。
「アルドリック様のことは?」
「アルドリック様は、マルセル様の家臣でいらっしゃるので、マルセル様の養女となられたロッテ様が呼び捨てになさっても構いませんが、我々使用人の様にロッテ様の直接下の者というわけでもありませんし、アルドリック様も貴族の一員でいらっしゃるので、様付けされても間違いではございません」
ふむふむ、アルドリック様はアルドリック「様」でいいんだな。
「ついでに申し上げますと、マルセル様のことは『マルセル様』でもかまいませんが、『お養父様』と呼ばれるのが最も好ましいです」
う~ん、そうだよねぇ、わたしがマルセル様の養女になるってことは、マルセル様はわたしの養父になるってことだから、『お養父様』が一番正しいんだよねぇ……。
わたしが眉毛を寄せてうなっていると、ハインツが表情をゆるめて言う。
「そちらは『マルセル様』のままでも悪くはございませんので、追々慣れて頂ければ大丈夫です。
今は、我々使用人を呼び捨てにして頂くことから始めましょう」
「所作や振る舞いなども、家庭教師の方が見つかってからですね」と言うハインツに、わたしはうなずく。
それに軽くうなずくと、ハインツはアメリアに「それでは後は頼みます」と言って、わたしにあいさつをすると、部屋から出て行った。
「さてお嬢様、まずは身だしなみを整えましょうか」
そう言ってアメリアが持ったベルを鳴らすと、ほこほこと湯気の立つタライとかを持ったメイドさんたちが、何人も入ってきた。
キルンベルガーの領都には公衆浴場があるから、お風呂に入るのは初めてというわけではなかったけど、お部屋で、しかも人に洗われるのは初めてだった。
確かにさっぱりはしたけど、とっても恥ずかしかった。
これにも、慣れていかないといけないんだろうなぁ。
そして、今は服を着せてもらっている。誰かに服を着せてもらうのなんて、それこそ小さい頃以来だからこれも気恥ずかしいけれど、ボタンが背中にあったり、誰かに手伝ってもらわないと着られないような服だったからしかたない。
「ロッテお嬢様、漆黒の荒鷲亭の方がお持ちになったお母さまのお服はクローゼットにしまっておきましたが、よろしいですか?」
「はい、ありがとうございます」
わたしもだけど、母さんもあんまり物に執着する人じゃなかったから、形見って言えるものは踊り子の衣装くらいで、それを女将さんたちが持って来てくれたのだ。(ちなみにわたしの貯金と、それと一緒にわたしが家賃として渡していたお金も持って来てくれた。まさか家賃として渡したお金を貯めていて、後々返そうしてくれてたなんて知らなくて、ちょっと泣いちゃった)
いくらいい布を使って作ってあるとは言っても、平民の踊り子の服だから、大きくなってもわたしが着るのはよくないんだろうけど、母さんが遺した数少ない物だから、手放す気にはやっぱりなれない。
「さあ、出来ましたよ。急いでご用意した服ですが、キツイとか着心地が悪いなどはございませんか?」
ふわふわのかわいい服で、動いてよしというお許しをもらったので、気持ちの高まるままくるりくるりと回る。わたしの動きに合わせて、ひらりひらりとスカートが踊るのが楽しい。
「大丈夫です、とってもかわいい」
ごきげんで答えると、アメリアもにっこり笑ってうなずく。
「この後はご夕食の席で、弟君になられる若様、ライナー様との顔合わせがございます。それまではおくつろぎください」
ライナー様というのは、キルンベルガー家の跡取りとしてマルセル様の養子になった若様だ。たしか、わたしより二つ年下の七才だったはず。
「弟ということは、ライナー様にも様付けしないほうがいいですか?」
わたしの言葉にアメリアがうなずく。
「ロッテお嬢様がお姉様ですので、様付けは相応しくございません。ですが、君付けでしたら問題ございませんよ」
ライナーくん、ライナーくん。うん、呼び捨てよりもそっちがいいかも。
それにしても、
「夕食って、わたしまだお作法とか知らないんですけど、大丈夫ですかね?」
不安なわたしに、アメリアが大丈夫だというように笑う。
「ロッテお嬢様の分は、フォークだけで綺麗に食べられる様に盛り付けると、料理長が申しておりましたのでご安心ください。お作法は追々頑張りましょうね」
料理長ありがとうと思いながらうなずく。
マルセル様にお行儀悪いところとか見せたくないし、お作法がんばろうっと。
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