第4話 わたしはマルセル様の娘にしてもらうために来たんじゃない!

「ロッテ様は、下級精霊の声が聞こえるのですね」


 慣れないのか、精霊さんの座った左肩を気にしながらアルドリック様が言う。その中に聞いたことのない言葉があって、わたしは首をかしげる。


「カキュウセイレイ?」

「はい。精霊たちは四つの位階に分かれていて、それを我々が便宜上、上級精霊・中級精霊・下級精霊、そして精霊王と呼称しているのです」


 言われてみれば、精霊さんたちは体の大きさやお話しの上手さが違うなと思っていたけれど、イカイというのが違ったのか。


「その子たちの様に人の子どもよりも小さい子たちを下級精霊、人の子どもと同じくらいの子たちを中級精霊、人の大人と同じくらいか人型以外ならそれ以上の大きさとなれば上級精霊。そしてそれぞれの属性の精霊たちを統べる精霊王がいるのです」


 へぇ~。精霊さんの違いとか、あんまり気にしたことなかった。


「あ、じゃあ母さんと一緒にいたのは中級精霊さんだったのか」

 今のわたしより少し小さくて、母さんが生きてた時は遊び相手にもなってくれていた。そんなことを思い出しながらわたしが呟くと、マルセル様たちが三人とも驚いていた。


「君の御母堂も精霊の愛し子メーディウムなのか?」


 ゴボドウというのは初めて聞いた言葉だけど、話の流れから多分母さんのことだろう。


「一応、そうですね。といっても母さんの場合、精霊さんのことを見たり感じたりはできなかったですし、生まれた時からじゃないって言ってました。

 なんでも父さんが精霊の愛し子メーディウムで、父さんと一緒にいるうちに、母さんは精霊さんに好かれていって、一人の精霊さんが母さんをすっごく気に入って一緒にいることにしたらしいって、父さんから聞いたらしいです」


「そんなこと、あるのか?」


 マルセル様は、不思議そうにアルドリック様に訊く。


「そうですね、後天的に精霊の愛し子メーディウムになる事例はございます。また精霊の愛し子メーディウムと一緒にいることで、精霊の愛し子メーディウムの能力が開花するという話も、聞いたことはございます」


 アルドリック様の言い方だと、どうやら母さんは珍しい精霊の愛し子メーディウムらしい。

 ふ~ん。実は父さんには多分驚かれるだろうことがあるんだけど、これは今じゃなくていっか、もう死んじゃった人のことだしね。


 マルセル様は少しだけ考えた後、

「ご両親は、今?」


「あ、もういません」


 そうだそうだ、もう死んじゃったこと言ってないから、家族全員迎え入れるかって話になるよね、いけない。


「父さんはわたしが生まれる前に、母さんは戦争中のはやり病で死んじゃったので」

 だから気にしないでねと明るく言ったのだけど、三人とも痛そうな顔になる。


「そうか、あの時の……」


 そうつぶやくと、マルセル様がわたしに向けて頭を下げたので、ビックリしてしまう。


「へ?」


「あの時のことは私の力不足だ、本当に申し訳ない」

「そんなそんな、ちょっとめぐり合わせが悪かっただけですよ!」


 マルセル様、あの時のことそんなに気にされてたのか、失敗失敗。


 あの時この国は、キルンベルガー領のおとなりとは違う国から攻撃されて、王国の守り手と呼ばれるキルンベルガー家はお抱えの騎士団、傭兵団を連れて、戦争に行っていた。その際、キルンベルガー家のお医者さんだけでは足りないので、領内のお医者さんも連れて行った。とはいっても、普段であれば困らないくらいのお医者さんは領内に残していた。そう、普段どおりなら。


 そんな時に病気がはやってしまったのは、本当に運が悪かったとしか言えない。


 領内に残っていたお医者さんたちがガンバってくれたけど、なにせお医者さんが足りない。人手が足りない中で、看病の手伝いを申し出る人もいて、母さんをふくめて何人かはその中で病気がうつってしまった。


 そんな領地の状況を知ったマルセル様は、戦争中なのに大丈夫なのか心配になるほどのお医者さんを送り返してくれ、そのあと死んじゃう人はとっても減って、みんなマルセル様に感謝していた。


 それでも間に合わなかった人はいた、母さんもその一人だ。


 あの時、戦争で戦ってる中でできるかぎりのことをマルセル様たちがしてくれたことを、領民はみんな知っている。

 大切な人を亡くした悲しさから怒っている人もいたけど、その怒りも受け止めるマルセル様に、「マルセル様のせいじゃないのに」とみんな言っていた。


 今ではあの時のことを怒っている人など、ほとんどいないだろう。


 それでも、マルセル様はまだあの時のことを気にしてくれていたのか。本当にお優しい人だ、大好き。


「気にしないでください。

 あの時マルセル様は戦争で大変な中、できるかぎりのこと…、ううん、それ以上のことをしてくださったのだと、わたしたち領民はちゃんと分かってますから」

「しかし、」


 謝り足りないと言いたげなマルセル様に、わたしは話を進めるためにパンッと手を打つ。


「そこまでです。今さらどうしようもない過去の話は置いといて、未来の話しましょう、未来の話!」


「あ、ああ…」


 戸惑ったようなマルセル様に、アルドリック様と使用人さんはクスクスと笑う。


「わたしの両親は、二人とも精霊の愛し子メーディウムでしたが、もう二人ともいないので考えなくていいです」


 というか、さすがにわたしでも両親にまで影響がでるのなら、相談もなしに「精霊の愛し子メーディウムです!」とお屋敷に突撃することはしない。一応相談はすると思う。……了解をとるかは分からないけど。


「とにかく君が精霊の愛し子メーディウムである以上、我が家で君を迎えよう。

 私の養女になってもらうことになるが、それで構わないか?」

「イヤです!」


 わたしは即答する。


 わたしはマルセル様の娘にしてもらうために来たんじゃない!


「わたしはマルセル様の『形だけの奥様』にしてもらうために、ここに来たんですっ!」


 わたしがそう決意をこめて言うと、マルセル様が急にむせて、激しく咳こんでしまった。それにすぐさま使用人さんが反応して、ハンカチをさしだしながら、背中をさする。


「ゲホッゲホ、な…何を、ゴホッ」


 ハンカチで口を押さえながら、こちらがビックリするくらいに動揺している。わたしはその様子に、あれ? と首をかしげる。


「わたし、一応門番さんに『マルセル様の形だけの奥様にしてもらうために来ました』って言ったと思うんですけど、伝わってなかったんですか?」


 咳こんでお返事のできないマルセル様に代わって、アルドリック様が答えてくれる。


「そうですね、精霊の愛し子メーディウムだと名乗る子がマルセル様に面会を求めている、としか伺っていませんね」


 あ~、精霊の愛し子メーディウムだということに驚いて、その前に言ったことを忘れちゃったのかな? ならしょうがない、もう一度言えばいいんだ。


 背筋を伸ばして、まっすぐにマルセル様を見つめて言う。


「今日わたしがお屋敷に来たのは、マルセル様が結婚話を押しつけられて困っていると聞いたので、そういった面倒からマルセル様を守る『形だけの奥様』にしてほしいと伝えるためです!」

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