第5話 結果として『耳ドシマ』

 咳が止まったマルセル様は、ひざにひじをついたついた手で頭を押さえて黙ってしまった。


 動かなくなったマルセル様に、心配になって顔をのぞきこもうとする。


「誰だ?」


 疲れた声でしぼり出すように言われたけど、突然だったのでうまく聞き取れず、「え?」と返してしまう。


「誰だ、君にそんな話を聞かせたのは?」


 そんな話って、したくもない結婚話に困ってるって話かな?


「お店の常連の、傭兵団のおじさんです。昨日の夜、旅人さんにマルセル様やキルンベルガー家のことを訊かれて、お話ししてたのを聞いたんです」


 それを聞いて、疲れたようにでも驚きを隠しきれない感じで顔を上げる。


「昨夜?」

「はい、思い立ったら即行動です!」

 わたしが力強くそう言うと、マルセル様はなんとも言えない笑顔になった、苦笑いというやつだ。


 何でそんな顔をされたのか、わたしが首をかしげている間に、マルセル様は後ろにひかえる二人をニラみながら訊く。


「何故その様なことを傭兵団の者が知り、更にそれが外部に漏れているのだ?」

 その言葉にわたしはビクッとする。もしかして、おじさん怒られちゃうのかな?


 ニラまれたはずの二人はすました顔で、アルドリック様が答える。


「別段機密事項というわけでもありませんから、情報統制は行っておりません。屋敷の者との世間話などで知ったのでは?」


 マルセル様は、ため息を吐きながらまた下を向いてしまった。


 どうやらおじさんは怒られずに済みそうだけど、マルセル様がまた下を向いてしまった。それをのぞきこもうとしていると、ゆっくりと上がった疲れた目にニラまれる。

「君も、何故そこで私の形だけの妻になるという発想になるんだ?

 貴族の一員になりたいのなら、私の養女として迎えよう。それで良いじゃないか、自分を大切にしたまえ」


 良くない。マルセル様がわたしのことを思って言ってくれてるのも分かるけど、それじゃあ良くないのだ!


 私は首を横にふりながらハッキリ言う。


「ダメです。わたしは貴族になりたいんじゃありません、マルセル様の奥様になりたいんです!」


 わたしのかたくなな様子に驚いたマルセル様が、「何故?」とつぶやくように訊いてくる。

 ちょっと言葉につまるけど、女はドキョウだ言ってしまえっ!


「三年前に一目惚れしてから、マルセル様が大好きだからですっ!」


 顔が熱くなっているのを感じるけれど、マルセル様のコハク色の目をまっすぐ見て言う。そらしたら負けだと思う、なににかは知らないけど。

 マルセル様の動きが止まる。本当に銅像みたいにピタッと止まったマルセル様を見つめて、わたしも動きを止める、なんなら息まで止めてる。


 どれくらいそうしていたか分からない、とりあえずわたしが少し苦しいと感じるくらいの間が空いて、見かねたのかアルドリック様がマルセル様のかたに手を置きながら言う。

「マルセル様、ロッテ様が待っていらっしゃいますよ。お返事とは言わないまでも、何かお声をかけて差し上げてください」


 そこで我に返ったマルセル様は、アルドリック様とわたしを交互に見ながら、「あ、ああそうだな」と言って姿勢を正す。わたしはマルセル様の目を見つめたままだ、マルセル様の目が少し泳いでも、追いかける。


 マルセル様は一度ため息を吐いて目をつむった後、今度はしっかりとわたしの目を見てくれる。キラキラ光る目が、とてもキレイだ。


「ロッテ、君の好意は嬉しい。だが、君を妻に迎えることは出来ない」

「どうしてですか?」


 きちんと理由を聞かないと、納得できない。


「私は結婚する気はない」

「知ってます」


 それが亡くなった婚約者さんに思いを寄せているからか、また別の理由があるのかは知らない。それでもマルセル様が結婚する気がないというのは、少なくとも領都の人間なら大体知っている。


「でも、マルセル様の気持ちにかかわらず、結婚話をうざったく持ってくる人がいるんでしょう? ならわたしをムシヨケとして使ってください、ムシヨケに立候補です!」

「誰だ、君みたいな幼気な少女にそんな言葉を教えたのはっ!?」


 誰と訊かれても、


「お店に出てると、いろいろ聞こえますから」


 夜の酒場ではいろんな話が聞こえてくる。結果として『耳ドシマ』になるのだ。


 マルセル様は、またため息を吐いてうつむいてしまった。


 わたしを『形だけの奥様』にしたくないのだというのは、わたしも分かったが、こっちも「はいそうですか」とは引きさがれない。せめてわたしの気持ちを全部伝えたいのだ。


「マルセル様、わたしはあなたが好きです。そんなあなたが困っていると聞いて、助けたいと思ったんです。力になりたいんです。

 しかもそれで、形だけとはいえ好きな人の奥様になれるなんて最高じゃないですか。

 そりゃ、両想いになれるならそのほうがいいですけど、そうじゃないとしても好きな人の助けになれて、好きな人と結婚できるなんて幸せじゃないですか。一石二鳥ですよ!」


 マルセル様は「自分を大切にしろ」と言われたけど、これ以上ないくらいしている。「マルセル様を助けたい」も「マルセル様と結婚したい」もわたしのヨクボウなのだ。両方かなえたいし、そのために情熱をたたきこむのです!


 そんなわたしの情熱から隠れるように、マルセル様が頭を抱えてしまった。え~、そんなに無理? 愛のない結婚でいいよって言ってるのに。


「ロッテ、君の提案には大きな欠点がある」


 頭を抱えたまま、低い声でマルセル様が言う。


「なんですか?」


「まず君、年はいくつだ?」

「九才です」

 チッ、その話か。


「二十九の私が九つの君を娶れば、いい年をして幼……、幼い少女を妻にしたと笑われてしまう」

「でも、でも、あと十年もすれば『お若い奥さんですねぇ』ですみますよっ!」


 わたしが熱をこめて言うけれど、マルセル様は頭をかかえたままゴニョゴニョ言う。「私は十年もの間……」そこから先は聞こえなかった。

 マルセル様のつぶやく声にかさねるように、アルドリック様がクスクス笑う。そんなアルドリック様をにらみながら、マルセル様が低い声で訊く。

「そんなに私の苦悩が楽しいか、アルドリック?」


 迫力ある顔をされているマルセル様ににらまれても、慣れているのかアルドリック様は平気そうで、すました顔で返す。

「多少の汚名は甘んじて受けよう、といつも仰っておいでではないですか」


 マルセル様はため息を吐いて、それに答える。


「それは国を守るため、キルンベルガー家の誇りを守るために必要ならば、だ。

 結婚話の煩わしさを解消する為だけによ……、その様に言われるのはさすがに受け入れ難い」


 それを聞いて、アルドリック様がふむと考えるようなしぐさをして、訊く。


「ロッテ様を養女に迎えるのは、構わないのですよね?」


「それは、もちろん」


 アルドリック様は一つうなずくと、「ではこうしましょう」と言って、わたしのとなりに来て、目を合わせるようにしゃがんで言った。


「とりあえず、今は養女になるのは如何ですか? 婚姻を結ぶ前段階として養女・養子にするのはあることです。

 養女になって近くにいられる様になった後で、じっくり説得なされば良いのです」


 おおっ! なるほど、頭いい。


 マルセル様の「アルドリックっ!?」という叫びを聞き流し、わたしはうなずいた。

「分かりました。まずは養女になって、じっくりマルセル様をクドキます!」


 こうして、わたしはマルセル様の養女になることになった。

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