第3話 今のわたしはいつもよりゴーカなのだ

 わたしは、なんだかすごいお部屋に連れられて、今まで触ったどんなイスやベッドよりもやわらかいソファに座って、マルセル様を待っている。


 マルセル様への緊張もそうだけど、それよりも母さんとの約束を破って人にわたしが精霊の愛し子メーディウムであることを言っちゃったことに対して、悪いことをしてしまったという気持ちで、せっかく出してもらった美味しそうなお菓子にもジュースにも手を出せないでいる。


 何も母さんはずっと誰にも言っちゃいけないと言っていたわけではない。わたしが大きくなって、言っても大丈夫だと思ったり、言うことが必要だと思ったら言ってもいいと言われていた。だけど十五才になるまでは誰にも言っちゃだめだと、言わないと約束したんだ。


 結果的に、わたしは母さんとのその約束を破ってしまったことになる。


 十五才まで待てばよかったと言われればそうなのだけど、でも、だって、あと六年も経ったらマルセル様が結婚してしまうかもしれない! わたしみたいに『形だけの奥様』になりたいという人がいるかもしれないし、もしかしたらマルセル様がご自分から結婚したいと思う人があらわれるかもしれない。


 そんなの嫌だ。


 ムシヨケのためであっても、マルセル様が結婚されるのなら相手はわたしがいい。


 精霊の愛し子メーディウムであることをバラせば立候補できるのなら、わたしは母さんとの約束を破ってもいいいと決意したのだ。


 とはいっても、「悪いことをしてしまった」という気持ちはどうしても出てきてしまって、わたしは「う~」とうなってしまう。 


 そんなこんなで、ふかふかのソファの上でカチコチになっていると、ドアをコンコンッとノックされ、わたしの体がビクンっとはねた。


精霊の愛し子メーディウム殿、当家の当主が参りました。入ってもよろしいでしょうか」


「は、はいっ!」

 思いっきり声が上ずってしまった。


 わたしは立ち上がって、なるべくいい姿勢で立つ。すぐにガチャっとドアが開く。


 心臓がバクバクする。そういえばマルセル様をお近くで見るのは、一目惚れしたあの時以来だ。


 まず使用人さんがドアを開けてそれを押さえる、続いてマルセル様が入って来られた。


 んわあああぁぁぁぁぁ、かっこいいいいいっ!


 ツヤッツヤの黒い髪は遠くからでも見れたけど、蜂蜜を煮つめたみたいな、コハクって宝石に似ているらしいお目々は本当にあの時以来だ。何度夢に見たことか!

 近いっ! かっこいいっ! 大好きっ!!

 あ、こっち見たっ! 思わず伸ばしていた背筋をさらに伸ばす。


 するとマルセル様が、ふとわたしからご自分の後ろに目を動かす。それを追ってわたしもマルセル様の後ろを見ると、もう一人男の人がいた、わたしを見て青い目をビックリさせている茶色い髪の人。がっしりしているマルセル様と並んでいるから、とっても細く見えるけど、よく考えれば別にガリガリというわけではない。


 その茶色い髪の人にマルセル様が何か言うと、その人も何かを返す。声が小さいから、何を言っているのかは分からない。それにうなずくと、マルセル様がまたわたしのほうを見た。わたしはかしげた首を背筋から伸ばす。


「領主のマルセル・アルノー・フォン・キルンベルガーだ。君、名前は?」


 わたしは緊張でガタつきそうな体に気合いを入れて、「お姫様のおじぎ」をする。


「漆黒の荒鷲亭のロッテといいます。マルセル様にお目にかかれて、コウエイです」

「漆黒の荒鷲亭?」


 マルセル様は店の名前を気にされた。それはそうだろう、実は『漆黒の荒鷲』というのはキルンベルガー伯爵家を、そして今は他でもないマルセル様を指す言葉でもあるのだ。

 何を隠そう、漆黒の荒鷲亭はキルンベルガー家の初代様がこのキルンベルガー領を王様からもらって、ここに領都を造る時に開店した、古くからあるすごいお店なのだ。


「大通りの近くにある酒場ですね。初代様がその名を許した由緒ある店だと記憶しております」


 マルセル様と茶色の髪の人を連れてきた使用人さん(多分使用人の中でもエライ人なのだろう)が解説してくれた。


「そうか、我が家の異名を冠しているということは、さぞ有名な店なのだろう。私もまだまだ領都内ですら視察が足りんな」


 難しい顔になったマルセル様に、わたしはあわててしまう。


「昔からあるすごいお店ですが、平民がごはんを食べるお店ですから、マルセル様が知らなくても変じゃないですよ」


 家の名前を持たない平民は、働いているお店とか工房なんかを家名の代わりに名乗ったりする。わたしはちょっとかっこつけて大人のマネをしてそうしたのだけど、余計なことだったかもしれない。


「旦那様、お嬢様がお立ちのままです。続きは腰を落ち着けてからになさるのが、よろしいのではないですか?」


 使用人さんがそっと声をかけると、マルセル様はハッとして、「すまない、座ってくれ」と言ってくださる。わたしはわたしで、わたわたして立ちっぱなしだったことに気づいてなかったけど、お言葉に甘える。

 マルセル様もわたしのお向かいに座ると、あとから入って来たメイドさんたちがお茶の準備を整える。それと一緒にわたしのジュースを取りかえようとして、それが減っていないことに気づく。


「お口に合いませんでしたか?」


 とんでもない! わたしは首をブンブン横に振る。というか、実は一口だって飲んでいない。


「あの、緊張して飲めなかったんです」

 そう正直に言うと、メイドさんがほほえましそうにクスッと笑う。


「新しい物と取り換えますか?」

「そんなもったいない! このままで大丈夫です!!」


 わたしは、なんかそういうおもちゃみたいに、首をブンブン振りながら言う。それにメイドさんは笑顔を深くして「かしこまりました」とうなずいてくれる。


 飲み物の準備が整うと、メイドさんたちが静かにさがっていく。


 わたしのお向かいにはマルセル様が座って、その後ろに茶色い髪の人、それから少し離れたところに最初に入ってきた使用人さんが立つ。


 マルセル様がお茶を一口飲んで、「君もどうぞ」とすすめてくれる。緊張した指でコップを落とさないように気をつけながら、こくりとジュースを飲む。


 え、すっごく美味しいっ!

 たまにお店でジュースをもらうこともあるけど、正直それよりずっと美味しい!


 わたしはコップの半分くらいまで勢いよく飲む。でも一気になくなってしまうのももったいないので、そこで一度コップを置いた。それに合わせるように、マルセル様もカップを置く。


「さて。ロッテ、君は精霊の愛し子メーディウムだということだが」


 本題に入ったマルセル様に、おいしいジュースでへにょんとなった背筋を伸ばす。


 そう、ここからが大事なのだ。

 まずがわたしが精霊の愛し子メーディウムであるということを信じてもらわなくちゃ。こんなウソは吐けないと言っても、精霊が見えない人に信じてもらうのも簡単ではないだろう。特にマルセル様の立場的に、キルンベルガー家自体に関わってくることだから、すぐに信じるわけにもいかないと思う。


 わたしが身構えたのが分かったのか、なだめるように言う。


「ああ、勘違いしないでくれ。君が精霊の愛し子メーディウムであることは、もう分かっている」


 ふえ?

 入れた気合いが行き場をなくしてしまい、目をぱちくりさせてしまう。


 マルセル様が後ろに立つ茶色い髪の人に目をやると、その人がおじぎをしてくれて、マルセル様が紹介してくれる。


「彼は私の補佐をしてくれている、アルドリック・マルク・マルクス・ツー・ブレーメ。彼も精霊の愛し子メーディウムだ」


 またも目をぱちくりさせたわたしに、アルドリック様がにっこり笑いかけてくれる。


「君が本物か、見極める為に同行してもらったが……」

「部屋に入った瞬間分かりましたよ、貴女は本物です」


 あ~、どういうことを言いたいのかが分かった。


 実は今わたしの周りには、五人の小さい精霊さんがくっついているのだ、それはもうべったりと。見える人からすれば、それは言葉通り精霊の愛し子でしかないだろう。

 いつも一緒にいるのは二人(髪が長いほうがララ、短いほうがルルだ)なんだけど、わたしの気合いから何かを感じたのか、たまにくる子たちもついてきて、今のわたしはいつもよりゴーカなのだ。


 ふと、アルドリック様のにっこり笑顔に誘われるように、たまたまついてきた子のうちの一人がアルドリック様にそ~っと近づく。アルドリック様はその精霊に微笑みかける、するとその子は嬉しそうに顔を明るくして、アルドリック様に飛びつくと、顔にほおずりをする。


『アルドリック、すき、すき。ずっといっしょにいる』


 おお、アルドリック様好かれてる。


 小さい体でアルドリック様をぎゅっと抱きしめる精霊さんに、アルドリック様は戸惑っている。見えるだけで、声は聞こえないのかな?


「その子、アルドリック様のこと気に入ったみたいですよ、『すき』『ずっといっしょにいる』って言ってます」


 わたしがそう教えてあげるよ、アルドリック様は驚いた顔をその精霊さんに向ける。精霊さんはそうだと言うようにうなずく。それを見たアルドリック様は嬉しそうに笑うと、


「有り難うございます、よろしくお願いしますね」


 精霊さんも楽しそうに笑って、アルドリック様の肩に座った。とても満足したようだ。

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