第2話 思い立ったらすぐ行動、女はドキョウなのだ!
昨夜もらった銀貨で奮発して新しい服を買った、しかも古着じゃなくて本当に新品の服。着古されてないから、なんだか布が固く感じてしまう。
そんな勝負服を着て、できる限り身だしなみを整えたわたしは、キルンベルガー伯爵家のお屋敷に来ている。
思い立ったらすぐ行動、女はドキョウなのだ!
昨夜、おじさんたちにはめちゃくちゃ笑われたけど、わたしは本気だ。
「形だけの奥様になる? お前が?」
おじさんと旅人さんはまた二人で仲良く顔を見合わせると、大笑いしだした。
「無理。無理無理無理、さすがに無理だぜこのマセガキめ」
おじさんはそう言って、わたしの頭をかきまぜる。
「なんでよ」
そう言ってくちびるをとがらせるわたしに、おじさんはまたおでこをつつきながら言う。
「まずお前いくつだよ? 言ってみろマセガキ」
「九才だけど?」
「対してマルセル様は?」
「……二十九才」
「ほら、二十も違うじゃねぇか」
くちびるをとがらせるだけじゃ足りない不満をこめて、ほっぺをふくらませる。
「でも、三十七才のダンナさんが十七才のお嫁さんを迎えることはあるでしょ?」
「そりゃ確かに八年後ならそこまでおかしくねぇかもしれん、お前は美人に育つだろうしな。
だが今は九才と二十九才だ」
「そんなガキは対象外だ」と言いながら、おじさんがぐりぐりとおでこに指を押しつける。
「それに何より、お前は平民だろ?」
おじさんが腕組みをした体を前に倒し、わたしの目を見る。わたしはじんじんするおでこを押さえながら、少し体を引く。
「なんだ? お前のおふくろや親父は貴族様の血を継いでたりしてんのか?」
「そんなの聞いたことないけど……」
「だろ? 平民のガキにゃ無理だよ」
おじさんの真剣な目に、まったく言い返せない。うぅとうなるわたしに、おじさんは笑いながら頭をなでて言う。
「お前は気立てが良いからな、もう少し大きくなったら屋敷の使用人にはなれると思うぜ。
そん時は俺たちも、お屋敷の人たちに話を通すくらいの手助けはできるからよ、な?」
聞かん坊のちっちゃい子をなだめるみたいな言い方だ。
それはそうだろう、平民の子どもがすでに伯爵位をお持ちのマルセル様の奥様になるのは難しい、そんなことはわたしも分かっている。
でも――
わたしは決意をこめてキルンベルガー家のお屋敷の門を見つめている。
実はわたしには、「平民」の部分をなんとかできる切り札があるのだ。
九才の部分は利益や熱意で何とかできるだろう、というか押し切るっ!
「よしっ」と気合いを入れると、門番の人の所へ行く。
「あの、すみません!」
「あれ君は、確か……漆黒の荒鷲亭の?」
門番のうちの一人は、何度かウチのお店に来たことがある人だった。
「はい、いつもごひいきにありがとうございます」
「どうしたんだい? お屋敷に何か用?」
「はい、マルセル様のにお会いしたくて」
二人の門番さんが顔を見合わせる。
「お約束……は無いか。どんな用でお会いしたいのかな?」
「あの、わたしマルセル様の『形だけの奥様』にしていただきたくて!
きっとお役に立てますっ!」
とにかく熱意をこめて言うと、門番の二人は目をぱちくりさせる。そしてだんだんとわたしがなんて言ったのか分かってきたのか、口のはしっこが上がってくる。笑われて聞いてくれなくなる前に切り札を出さなくちゃ。母さんに「誰にも言ってはダメよ」と言われていたことだから、口にするのはとっても緊張するけど、戸惑っている時間はない、えいやっと言ってしまう。
「わたし、
笑い出しそうだった門番さんの顔が、また驚きに染まり、そして真剣なものになる。
「それ、本当かい?」
「こんなウソ、吐けないよ」
わたしも真剣な顔でうなずく。門番さんたちは顔を合わせてうなずきあうと、
「分かった、とにかく中の人に話をしてくるから、門の中に入って」
そう言って、一人がお屋敷のほうへ走り、もう一人がわたしを門の中に入れて、門を閉めた。
この世界には精霊と呼ばれる存在がいる。
多くの人にとっては、「いると信じている」と言うほうが正しいかもしれない。何しろ、精霊のことを見れない感じないという人がほとんどなのだ。
だけど、たまに精霊のことを見れたり感じたりする人がいる。そういう人のことを
そんな精霊が祝福したものは、いろんないい効果を持ったり、強くなったりして、人間にとってもありがたいのだ。だから精霊が来る場所に、そこに居続けてもらえるように精霊の好きな物をそなえたり、精霊が好きな場所をそのまま残したりするんだけど、精霊がどこにいるか分かったり、精霊に好かれる
だから貴族は家のため、国のため平民の
そんなこともあって、逆に貴族との繋がりのない平民が
でも、マルセル様の『形だけの奥様』になるためなら、母さんとの約束を破って、
これがわたしの決意だ。
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