押しかけ幼女は『形だけの奥様』になりたい

橘月鈴呉

第1話 自分の芸をソマツにするな、ちゃんとお金をむしれ

 あの感覚を「一目惚れ」というのだということは、後で知った。


 戦争で大活躍をした我らが領主様が、キルンベルガー領に帰ってくるというので、凱旋パレードが行われた時のことだ。領主様が大好きな領都の人々はパレードを見ようと大通りに集まり大盛り上がり、足元に小さな子どもがいても気づける状況ではなく、本っ当に運が悪いことに、まさに通ろうとしたパレードの目の前にわたしはコロコロと転がってしまった。

 あわててわたしをどかそうとする周りを止めて、彼は自ら馬から降りてわたしを抱き起こしてくれた。


『娘、怪我はないか?』


 そう訊いてくれる彼に、わたしは恥ずかしさと緊張で、上ずった声で「はい」としか返せなかった。

 そして彼はわたしを見物人の最前列におろしてくれると、『気を付けなさい』と言って、わたしの頭をぽんっとした。わたしはお礼を言わなくちゃと顔を上げ、彼のコハクみたいな目を見たとたん、時が止まってしまった。


 そのまま、彼が『周りの者も気を付ける様に』と言った声も、パレードが通り過ぎたことも、見物人たちが散り散りになっていることにも気づかずにボーっとしていた。







「これが今から三年前、わたしが六才、そして我らが領主様マルセル・アルノー・フォン・キルンベルガー様が、まさに男の盛りたる二十六才のことですっ!」


 うっとりとそう話を締めくくる私を、旅人さんはぽかんという顔で見ているが、あの時を思い出してひたっているわたしはそれに気づかない。


「おいおいロッテ、その辺にしといてやれよ、旅の御人が面食らってるぞ」

「そーそー、いきなりチビの恋バナ聞かされても、迷惑だろうよ」


 後ろから常連のおじさんたちがそう言うが、大いにフフクである。


「なんでよ。この人がマルセル様のこと聞きたいって言うから、マルセル様がいかにお優しくて、いかにかっこよくて、いかに素敵かを説明してるだけなのに!」


 わたしがそう言ってくちびるをとがらせると、常連のおじさんたちが大笑いしながら言う。


「違う違う、この人が聞きたいのは、マルセル様が王国の守り手キルンベルガー家当主に相応しい勇猛の将であるとか、先の戦争で雇った俺たち傭兵を雇い続けてくださるくらい下々の者を気にかけてくださるだとか、正しい統治をなさる領民に慕われる名士であるとか、そういうことなんだよ」


「え~、だからわたしっていう領民にしたわれてるって話したのにぃ」


 わたしが言い返すと、おじさんはわたしのおでこをつつきながら説明する。


「だから、チビの惚れたはれたじゃなくて、領主様の統治の様子から、この領地の景気やこの先商売や仕事をする上で不安があるかってのを知りたいんだよ。

 流れのやつらは酒場でそういう情報収集するんだから、酒場の看板娘張るんなら、しっかり覚えとけよ、おチビ」

「よくご存知ですね」


 旅人さんは、わたしじゃなくておじさんとお話しするとこにしたらしい、何でよ。


「俺も元々は根無し草の傭兵だったからな。

 先の戦争でマルセル様に拾って頂いて、以降ここに落ち着いてるけどよ」

「傭兵が……?」

「俺は傭兵に『しか』なれなかったクチだからな。

 もちろん戦争が終わって、また流れに戻ったヤツらもいるけどよ、戦争が終わった後も傭兵団を雇い続けてくれるおかげで、俺たちは食いっぱぐれる心配が無くなり、代わりにマルセル様やこのキルンベルガー領の為に、身を粉にしてるってわけさ。なぁ、お前たちっ!」


 それに、おじさんと同じくキルンベルガーお抱えの傭兵団の人たちが、「おうっ!」とジョッキを上げて答える。

 そんな酒場の様子に旅の人は顔をやわらかくして、そのままおじさんと話しこむ。本当にわたしはお役目ごめんのようだ。おじさんにつつかれてじんじんする(手加減はしてくれたけど、傭兵のおじさんだもん、十分痛い)おでこをおさえながら、ム~っとむくれる。


 すると、別の常連のおじさんが後ろ頭をつかんで、ガランゴロンと音が鳴りそうなほどにわたしの頭を振り(ちなみにおじさんは頭を撫でているつもりだったりする)ながら言う。


「おう、暇になったのかロッテ? そんなら今日も一曲歌ってくれよ」


 それを聞いて、店中の常連さんたちがそれに賛同する。


 わたしは手ぐしで髪を整えながら振り返って、にっこり笑う。


「良いけど、もちろんおひねりは弾んでくれるんでしょうね?」


 指で輪っかを作ってお金を表しながら言うと、お酒の入ったおじさんたちは楽しそうに笑う。


「相変わらずしっかりしてんなぁ」

「当然でしょ。『自分の芸をソマツにするな、ちゃんとお金をむしれ』っていうのが、踊り子だった母さんの遺言なんだから」


 わたしが決めゼリフのように言うと、酒場のあちこちから「弾んでやるから、盛り上がるやつ頼んだぞっ!」とはやし立ててくる。その声に満足しながら、わたしはくるりとスカートをひるがえして、母さんが生前踊っていた舞台にかけ上がる。そして母さんの見真似の『お姫様のおじぎ』をして、息を吸う。


 盛り上がるやつと言われたので、最高にごきげんな歌を選ぶ。


 歌っていると、段々楽しくなって体がゆれ始める。酒場中の人たちも、楽しそうに手拍子をしたり、机を叩いたりしている。(ちなみに、食器を楽器代わりにすると、行儀が悪いと女将さんの雷が落ちるので、誰もしない)


 盛り上がるままに、最後の音を高らかに伸ばすと、もう一度『お姫様のおじぎ』をする。


 さて、ここからが肝心である。わたしはエプロンのすそをつまんでカゴのようにすると、舞台から降りて机の間を歩く。すると、通った近くに座るおじさんたちが「今日も良かったぞ」とか「相変わらず歌が上手ぇな」とほめてくれながら、エプロンのカゴにお金を入れてくれる。大体は小銅貨が何枚か、たまに奮発して大銅貨を入れてくれる人がいる。

 エプロンの中でお金をじゃらじゃらさせながら歩くとうれしくなってくる、ちょうど服がほつれた時のための糸と当て布を買わなきゃと思ってたんだよね。


 歌う前にいた、旅人さんのいる机に行くと、旅人さんと話していた常連のおじさんはいつも通り小銅貨を何枚か入れてくれる。旅人さんもおサイフからお金を出してエプロンに入れてくれるが、その一枚だけ色が違う。色が違う?


「え、これ銀貨だっ!」


 ビックリして思わず声が出た。ここの食事だって大銅貨数枚あれば足りるのに、その大銅貨十枚と同じ価値がある小銀貨をもらってしまった。銀貨なんて、母さんに自慢された時しか見たことがない。


「え、これ間違えてません? 大丈夫?」


 間違えたって言われてもあんまり返したくないけど、思わず訊いてしまう。旅人さんはニッコリ笑ってうなずく。


「芸を粗末にしてはいけないのでしょう? 君の歌は、王都の劇場で聴くものと遜色が無い程に素晴らしいものでしたよ」


 そう言ってほめてくれる。うれしくなったわたしは、「ありがとうございますっ!」とお礼を言うと、厨房近くにいる女将さんの所にかけよる。


「女将さん女将さん、わたし銀貨もらっちゃったっ!」


 女将さんにもらった銀貨を見せると、女将さんもうれしそうに笑って、頭を撫でてくれる。


「良かったね、失くさない様にしっかりしまっておきな」

「うんっ!」


 すると後ろから、まだ回ってなかった席の人たちがわざわざおひねりを渡しに来てくれる。


「銀貨に比べりゃ見劣りするだろうが、ほら、ちゃんと持ってきな」

「ありがとう!」


 うん、わたしはこの酒場、漆黒の荒鷲亭のみんなにかわいがられていることを実感して、またうれしくなった。







 もらったお金をしっかりおサイフにしまったわたしは、元気もりもりと給仕の仕事に精を出す。


 旅人さんとおじさんはまだマルセル様について話しているようで、近くを通ると会話が聞こえて来た。


「え、では領主様は独り身でいらっしゃると」

「ああ。何でもご成婚寸前だった婚約者を亡くされたらしくて、それ以来新しい婚約者を迎えられるつもりは無い様でな」


 わたしも知っている話だけど、好きな人の結婚についての話は聞きたくなるのが女の『さが』というやつだろう。


「しかし、跡取りのこともあるでしょう?」

「それに関しちゃ、御親類のお子を養子に迎えている。一族の方々も家臣の方々もそれで納得されてるんだが、外野がうるさいらしくてな」

「外野?」

「近くの領地のヤツらだとか、領地を持たねぇお貴族様がな、伯爵家と誼を作ろうって腹だよ。中には上の位のヤツらから持ち込まれる話もあるらしくてな」

「侯爵や公爵家から……」

「ああ。さすがにそういうのは突っぱねるのも面倒だって話だ」

「でしょうね」

「形だけでも奥様を迎えりゃ、そういうことも無くなるんだろうが……」


「はいっ!」


 元気よく手を挙げて、わたしは二人の話に割りこんだ。二人は仲良く一緒にわたしを見る。


「わたしがなる、マルセル様の『形だけの奥様』っ!」

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