第39話 ライン越えは良くないぜ、マジで
針の筵も良いところ、な授業を終えて昼休み。俺は嫉妬やら好奇心やら憎悪やらで渦巻く馬鹿げた教室を抜け出した。
綾音嬢とともにだ。とにかく腹を割って話をせんといかんからには、なんにせよ落ち着いた場所に行かんとだからな。
時久、兼輝の二人も一緒だが、もはや目つきが凄絶というか、シンプルに死んでいる。そのくせ瞳の奥はギラついた殺意が見えてるんだから勘弁してくれって話だ。
たぶん、一悶着あるんだろう……覚悟を決めつつ俺は、それでもこの三人とともに学校の屋上へとやって来たのである。
「やれやれ。やっとこ話せるな、綾音嬢」
「うん! 本当は二人きりが良かったけど、でも護衛はどうしてもつけなきゃなんだよね……ごめんね、紫音さん」
「ああいや、気にするなよ。護衛は大事だぜ、マジで」
開口一番、そんなやべー二人を刺激するようなことを言う綾音嬢。いやいくらなんでも護衛も抜きにして野郎と二人きりはヤバいだろうに。
あれか、婚約者相手だからってことや一応は貴族の当主だからってことで気を許してるのかね? 光栄だと思いたいところだが、変に三馬鹿ならぬ二馬鹿を刺激せんでくれと切に祈りたい。
──案の定、時久が耐えかねたように口火を切る。
もはや隠しきれないほどに、その口調と声色には、俺への怒りと憎しみが込められていた。
「姫様……! このような者と二人きりなど、御身にもしものことがあれば!!」
「なぜこのような程度の低い没落貴族との縁談をお受けになるのです!? 当主様も当主様ですが、姫様も姫様ですっ!!」
憤怒の形相で俺を指差しながら、糾弾めいた勢いの時久と兼輝。それぞれ知的でクールな兄ちゃん、ちょっと幼気で小柄な少年とタイプの違うイケメンくん達だ。
先の、爽やかイケメン風の貞時と合わせてトリオとくれば、そりゃ人気も出るわなって感じだよ。学園では地味で目立たない俺とはえらい違いだ。
で、そんなイケメン君二人が俺に対して敵意むき出しなわけだが……さすがというべきか? 綾音嬢はなんにも堪えてない様子で、あっけらかんとそんな彼らを一瞥した。
薄ら笑いを浮かべつつの、どことなく酷薄さが見える顔だった。
「……あのさ。なんの権利があって君達は、僕や紫音さんにそんな口の効き方をしているのかなあ? 分家の、護衛の、しかももうじきその役目からも外される不出来を晒した人達が」
「誤解です姫様! あなた様はそこな男に騙されているのです!!」
「僕らはずっと姫様をお守りしてきました! だから分かるんです今の姫様は、いいえ当主様もおかしくなっています!」
「おいおい……」
気持ちは分からんでもないが言い過ぎだぜ、自分とこの本家の当主まで頭おかしい扱いしだすのはやべーだろ普通に考えて。
少なくとも火宮だとアウトだ。こないだのみどりちゃんの例もあるし、まあ謹慎から何らかのペナルティを課せられるのは目に見えている。
そんなレベルの発言を、俺憎し火宮憎しってだけで言って良いもんなのかね?
……良くはなさそうだ。綾音嬢がどんどん真顔になっていってる。結構普通に怖いな、圧が出まくってるぜ。
もっと怖いのが、そんな彼女に気づくことなくなおも口泡を飛ばす勢いで俺への批判を重ねる護衛二人だ。
まったく気づいてないのか。それだけ視野が狭くなっているってことだな。冷静さを欠くってのは怖いね、どうも。
「きっとそいつが何か得体のしれない妖術を使ったに違いありません、だって魔物なんかの相手をしている薄気味悪い一族ですよ!?」
「"天帝勅命"を傘に来て貴族ヅラだけは一丁前! 挙げ句姫蔵とは格が違うというのに姫様に取り入って婚約を結ぼうとするなど、もはやこの男は天象に巣食う寄生虫そのもの! 貞時とてどうせわざと魔物を取り憑かせたに違いありません! 今この場にて討たねば!!」
「なんでそうなる。《天泣》」
で、冷静さを欠くあまりにやっちゃいけないことまでやり出すから始末に負えない。懐に手を入れた二人に対して、俺は天象術式を発動させた。
《天泣》。初歩の中の初歩的な術式で、火宮の者で"天帝勅命"に携わる者は誰もがはじめに身につける基礎的な技法だ。
周辺の任意の地点に霊力で刺激を加え、対象が生命体であれば一時的に麻痺状態に陥らせるし非生命体であればその場に固定させる。
実は日常生活の中でも意外と使える場面があったりする技だな。よく火宮分家のちびっこ達が練習がてら、空中に放り投げた小石やらなんやらにこの技をかけて固定させようとしてるのを見るくらいだ。
そんなのをなぜいきなり、時久に兼輝の二人にかけたかと言うと……俺は《天泣》を操り、懐に入った腕をゆっくりと取り出させた。
その手に握られているのは、くない。刃引きとかもされちゃいない、正真正銘の武器類だ。
「ぐぅっ……!? あ、操られている、身体が勝手に!?」
「ば、馬鹿な。ふざけるな、俺達を解放しろ!!」
「解放したらしたで即刻そんなもん投げつけてくる気なんだろ? さすがにそりゃ無理だぜ」
子供の遊びにも近しい《天泣》も、俺が使えば人を操るほどの術式に変わる。滅多なことでそんなことせんがな、さすがにこんなところで武器を持ち出そうとされたら、な。
俺の意のままに動かされ、困惑と激怒に叫ぶ二人。とはいえきっちりくないを握ってるんだから言いわけのしようがない。
すっかり無表情になっちまって怖い綾音嬢に、俺はこれこの通りと顎で示すのだった。
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