第37話 得てしてすぐバレるのさ

 さて翌日。"天帝勅命"をさらりとこなして次の日、普通に登校した俺。

 いつになく気が重い俺は、休みたい気持ちをどうにか堪えつつクラスルームに入っていった。

 

 なんでこんなに億劫なのかって、もちろん"天帝勅命"じゃない。あんなもんいつも通り、いやこないだのことがあったから再発防止にアレコレ現場検証や指差し確認等したが、そんなことでやる気はなくなるわけがない。

 その前の、家臣達との話だよ……姫蔵綾音との結婚話、縁談。よりによってクラスどころか学園でも有名な、男装令嬢さんとの婚約なんてもんを持ちかけられたもんで、どうにもため息を噛み殺さざるを得なかった。

 

 昨日も触れたが別に、綾音嬢が嫌なわけじゃない。明るくて天真爛漫で、可愛くて健気な良い子だと思う。

 だがだからこそ、本人が望んでもいないよく知らん男と結婚しろだなんて話が気の毒で仕方がないわけだ。それが貴族の娘として生まれた義務だとか、昔なら言ったかもしれんが今はもうそういう時代じゃないからな。

 余計に可哀想に思っちまう。

 

 あんまりしたくはないが、綾音嬢と腹を割って話して本音のところを聞き出したいな。他に好きな男がいるかも知らんし、そのへんもできれば確認しておきたい。

 知らず知らず間男になっていた、なんて冗談じゃないからな。ただ、そのへんの話を俺から持ちかけるのもなんだか気が引けて、それでどうも二の足を踏んじまうのが今ってわけだな。

 

「はぁ……ざっす」

 

 扉を開き教室に入る。元より孤立している俺だ、小声で言ってることもあるし、誰もこんなやる気ねえ挨拶なんぞに応えるやつはいない。

 ……前までならか。今は一人、言わずとしれた綾音嬢が反応してくるから困る。目立つんだよな、いろいろと。

 

 相変わらず男装しているものの、はっきり言って普通に美少女にしか見えない彼女は満面の笑みを浮かべ、俺のところに駆け寄ってきた。

 いや、正直可憐だわ。こんな子と縁談とか本音のところかなり嬉しいんだけど、でも家の都合でのものだからなあ。内心じゃ嫌がってるんじゃないかと思うと気が気じゃないぜ。

 

「紫音さん、おはよう! えへへ、えへへへ!」

「あ、ああ……どうも。おはよう。あー、今日も元気そうだな、綾音さんよ」

「うん! すっごく嬉しいことがあったからね! 余計に元気いっぱいだよう!!」

「そうか、そりゃよかった」

 

 眩しい笑顔だ、マブいってこういうことなんかね?

 とにかく綾音嬢が楽しそうで結構なんだが、取り巻きの貞時に兼輝が相変わらず遠くから睨んできてやがる。気持ちは分からなくもねえや。

 

 しかし何をそんなに楽しそうにしてるのやら、まさか俺との縁談とかじゃないだろうな? こんな良い子が案外乗り気なのか……あー、でも火宮への罪悪感からのものもあり得るのか。

 相当極端な教育してるみたいだしな、和也殿は。

 

「どうしたの? 紫音さん」

「あー、いや……その、なんだァ」


 首を傾げてさらに話しかけてくる綾音嬢。さてどうしたもんかな、面と向かって俺との婚約話についてなんですけどーとか聞けるかね、俺。

 思わず頭を掻く。見ればクラスメイト達も軒並みこっちを見ていて、否が応でも目立っていることに気付かされる。


 参ったな、ますます言いづらくなった。せめて昼休みにでも屋上に来てくれとか言うべきか、でも告白とか思われるのもなんだかなあ。

 思い悩む。正直もう問題を先送りにしようかと思い始めた頃、不思議そうに尋ねていた綾音嬢が、ハッと気づいて両手をパンと合わせて鳴らした。


「…………あ、分かった! 僕との婚約についてだよね!」

「……綾音嬢!?」

「もう夢みたいだよ〜えへへ! 僕、きっと立派なお嫁さんになって素敵な家庭を築くね! ラグビーの試合ができるくらいの子供欲しいな!!」

「両チーム合わせて30人かよ……?」

 

 信じられんくらいフランクに、明るく言い出しづらいことを言ったぞこの子。何をそんなに嬉しそうなんだ、俺との婚約話なんてのを。

 演技かとも一瞬思ったが、本気でも嘘でもこういう反応を示した事自体がもう怖い。なんでアンタなんかと! と言われたほうがまだ気が楽まであるほどなんだがな、こっちとしては。

 

 ていうか堂々と言ってのけたもんだから、クラスメイトのみんな、誰もが当然今の言葉を聞いたわけで。

 しん……と静まり返ってから、一気に教室中が騒ぎ出してしまった。

 

「ええええええっ!? こ、ここここ婚約ぅ!?」

「こんにゃくの間違いじゃなくてっ!? 嘘でしょ!?」

「ひ、火宮のやつ……な、何がどうして姫蔵さんと」

「僕が先に好きだったのにぃぃぃ」

 

 阿鼻叫喚。好奇心とか怒りとかの叫びでまあまあうるさい。

 やっぱりこうなるのかと軽くため息を吐く。この手のゴシップは古今東西人気が高いな、ホント。

 綾音嬢は照れたように笑っているし、その後ろじゃ時久と兼輝が目を丸くして顔を真っ青にしてるし……っていや、知らなかったのかよ分家の護衛すら。


 また面倒なことになりそうだな、こいつは。

 トラブルの予感に、俺は天を仰いだ。

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