第25話 部下のフォローも上司の務めさ
火宮の失態により、姫蔵家に被害が及んだ夜が明けた翌日。俺は例によって家臣団と朝飯を食いながら昨日の夜について話し合っていた。
なんといっても天下の姫蔵相手にやらかしたんだ。たとえカバーストーリーによって対外的には収まるにしても、家同士のやり取りとしてはこりゃ相当揉めるだろうなァとげんなり気分だったんだが……
しかして井上の爺様はあっけらかんと、なんでもないことのようにそんな俺の危惧を笑い飛ばしたのだ。
「ま、若様が思うほどひどいことにはなりますまいて」
「軽く断言してくれるな。なんか理由があるのか?」
「逆にこれを問題にするのは、姫蔵本家にとってもまずいということです。何せ魔が差したのは、分家の小倅なのですからな」
「…………ああ、そういうことか。外聞悪いわな、普通に」
言われて得心がいく。今回の件は火宮のミスが発端で姫蔵の本家筋に被害が及んだわけだが、その合間に挟まってるのが綾音嬢の護衛の小金井貞時、すなわち姫蔵分家のお坊ちゃんだ。
こうなると刃傷沙汰にまで及んだ以上、世間様には隠し仰せても姫蔵内部には嫌でも話が行き渡る。
つまりは分家の者による本家の襲撃、なんて揉めたがりの連中にとっては素敵なスキャンダルなわけだ。
小金井家はこのことでもしかしたら分家内での力を失うかもだし、なんなら火宮との癒着を疑われたりするかも知れない。
そうでなくともおそらくは火宮がわざとこうなるよう、意図的に魔物を放ったんじゃないかって陰謀論だって吹き上がっているだろうしな。そこに分家同士の対立なんかがあればもうてんやわんやよ。
そこを本家がどうにか抑え込まにゃならん以上、ことさらに騒ぎ立ててことを大きくするわけにはいかんってわけか。
「そもそもこの件をもって火宮を叩きたいのは、姫蔵分家のような"天帝勅命"の仔細も知らないような本物の外様のみでしょう。古くからの貴族の家々は昨日の時点ですぐに支援体制を整えてくれましたし、それは新興の姫蔵本家であっても同様」
「彼ら分家の立場からすれば、無理からぬ話ではあるからなあ。特に小金井家の方々は、手塩にかけて育てた息子が大変なことに巻き込まれたんだぜ? 悪いことしたよな、さすがに」
「紫音様の、そうした心優しさは美点ではございますがこれは政の話です。下手な同情は却って向こうにも迷惑でしょうて。おそらくその小金井家、火宮に賠償を求めてきましょうからな」
井上老にきっぱりと言われ、俺もふむと考える。
どうにもな。こういう家同士の社会的政治的うんぬんかんぬんにはあまり慣れん。今の火宮が事実上"天帝勅命"のことだけ考えていれば良い立場だもんで、俺はそのへんのことに興味がないのだ。
このへん、100年前までの火宮当主はさぞかし大変だったろうなと思うよ。俺なら大金積まれてもやりたかない。
今だってこうして、家臣達に支えられてやっとこ事実把握をするのが精一杯なのさ。本来は当主の器じゃないっての、つくづく思い知らされるぜ。
とはいえ泣いても笑っても今の当主はこの俺だ。半ば仕方なし、俺は財務担当の角野家の老婆に告げた。
「多少色つけて払うんだぞ? 下手にケチるのはそれこそ火宮の名折れだ」
「先刻承知。火宮の現場で起きた失態が起点なのは事実ですからな。本家への賠償も合わせ、完璧な補償を手配しておりますれば。若造どもに文句の一つもつけさせやしませんでよ、くかかか!」
「現場の失態を言えば、前口の当主が取り急ぎ謝罪に参りたいと申し出ておりますが、どうされますか?」
「そんな暇があるなら次に備えて対策を練りつつ英気を養え、と言いたいが……それはそれで気が済まんのだろうな。しゃーない、あまり角が立たん程度に言い含めておくか。今日の夕方、軽く顔を出すように言っておけ」
姫蔵への賠償をしっかりするよう指示しつつ、昨日の発端となった現場を指揮していた前口家の若旦那についても指示を出す。
本人がどうしても謝罪したいってんなら、それを受けた上で一緒に次はないように気を入れ直していくのが俺にできることだ。だったら泣き言でも不満でも愚痴でも、多少は聞かせてもらうさ。
朝飯を食い終わり、俺はご馳走様と告げて立ち上がる。
今日も今日とて学校だ。昨日のこともあって正直、気は重いんだけどな。綾音嬢やら逆ハーどもに、どの面提げたら良いのやら。
まあ貞時は欠席するかもだけどな。肉体的には怪我とかもなかろうが、精神的にな……誰もが持つ邪念を増幅させられ、暴かれるのはさぞかしきつかったろう。本当に悪いことをしたと思うよ。
「それじゃあ行ってくる。何かあったら連絡をくれ、特に昨日の件について俺の判断が必要な場合は授業だなんだ構わず連絡するようにな」
「相分かりました。当主様、どうぞお気をつけて」
「ああ」
家臣達に言い残して、俺は部屋を出た。自室に戻り学生服に着替え──こればかりは俺一人でやるように使用人にも言いつけている──洗面台で歯を磨いてよし、準備完了。
気は進まんが、今日も行くかね、学び舎。
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