第24話 何があっても、報いねばなるまい(和也視点)

 ──ことが終わってしまえば、後はまさしくあっという間のことであった。


 火宮家の方々が帰られて後、貞時含めた負傷者達もみな病院へと運ばれ静けさを取り戻した姫蔵邸、リビング。

 当主たる私、和也は息子の圭一、娘の真澄、綾音の四人でテーブルを囲んで座り、執事の入れてくれた紅茶を呑みつつようやく一息つくことができていた。

 

「それにしても、素晴らしい御仁であったな。火宮当主、紫音様は……」

 

 一言漏らせばその場の誰もがうなずく。姫蔵本家はみな、思うところは同じであろう。

 奇しくも魔に襲われしこの姫蔵の、窮地を救いしその姿。雄々しくも立派に、そして美しいほどの姿で我らの前に現れしは……かつて、100年前。愚かな祖先、初代姫蔵が裏切ってしまった一族の末裔。

 

 天象・火宮総本山168代目当主、火宮紫音様。

 3500年もの間、どこまでも実直にこの地を魔の手から守り抜いてきた偉大なる火宮家の若き長が、助けに来てくださったのだ。

 圭一と真澄が、どこか熱に浮かされたかのようにつぶやく。

 

「火宮家の武は、他と隔絶しているとは聞いていましたが……まさしくその通りでしたね。貞時とてワカクシテ綾音の護衛を任されるに足る天才。それがああもあっさりと、わずか一瞬にも満たぬ間に取り押さえられるとは」

「魔物と戦う"天帝勅命"を遂行するにあたり、必要とされる魔を討つ力、霊力。当代の紫音様は火宮の長い歴史の中でも、一際才能ありと以前に風の噂で耳にしたことがありました。であれば貞時をも瞬殺するのは当然なのでしょうね」

「うむ……3500年。比喩抜きに毎日毎晩、決して負けるわけにはいかない戦いに勝ち続けてきた必勝の一族。その最先端にして一つの極点たる御方が紫音様ということだ。見たか、あの堂々たる立ち居振る舞い!」

 

 ひたすらに紫音様を、ひいては火宮家を讃え続ける我ら姫蔵。

 傍から見ればそれは異様な光景に映るのだろう、この場に控える執事や護衛達も、納得しているような、けれど引いているような様子だ。


 だが仕方あるまい。我らにとってあまりに大きな罪過の象徴にして、太陽が如き憧れ。

 いつか必ず贖罪せねばならない方々が、そこまでのことをしてしまった我らにそれでも手を差し伸べてくださったのだ。

 昂らぬ理由がなかった。


 私も、胸に熱いものを覚えずにはいられない。

 これはもはや、近く実行に移そうと考えていた案を前倒しにする他、ないようだな……!

 

「…………綾音」

「はい……!」

「分かっていような。我らはまたしても、火宮に報恩すべき事柄が増えた。もはや分家の者どもの戯言に、耳を傾けていることさえ惜しいほどに」

「理解しております。僕自身、今この場にて改めて提言するつもりでおりました、当主様」

 

 話の要たる綾音に水を向ければ、我が娘ながらなんとも察しの良いことよ、すぐに答えてみせる。

 そうだ、もはや分家などの声を聞く必要やなし。そもそも筋が通らぬのだ、たまたま我ら本家筋と親類縁者というだけでおこぼれに預かるなどと。


 情けないことに我ら姫蔵の、特に分家筋には少なからず火宮への恩を忘れ、さも自分達だけの力で今の位置に登りつめたなどとほざく者どもがいる。

 今までは火宮家と交流を中々、持つことができなかったゆえに多少は話を聞いていたが……ことここに至り、このような形であるが当主同士の顔合わせも成った。であれば遠慮することもない。

 

「話が早いな、さすが我が娘だ。それではさっそく明日にでも火宮家の方に話を持っていこう。紫音様はおそらく大層驚かれるだろうが……それゆえに綾音よ、後はお前の手練手管にかかっておる」

「はい。紫音様は一見ぶっきらぼうで人を寄せ付けない空気を放っていらっしゃいますが、その実、内心はとても優しくて健気な御方と見ました。僕に対してもそう嫌な想いはされてなさそうですし、明日以降はもっと押していこうと思います!」

「そうね、綾音。先程のあの方の振る舞いは間違いなく、悪ぶってるだけの誠実な殿方のソレだもの。言うなれば押しが弱い傾向にあると見たわ、間違いなく押せば転ぶわよ」

 

 姉の真澄が、妹にエールと助言を送る。押しが弱い、というのは多少悪しざまではあるが、たしかに紫音殿はどこか消極的と言うか、使命以外に対して関心が薄いのではないかと思える素振りは見受けられた。

 おそらくはそのような教育を受けていらっしゃるのだ。火宮3500年の、崇高にしてしかしどこか物悲しい思想。"天帝勅命"に血族すべてを捧げた彼らの、それはもはや呪縛にも等しいのだろう。


 天象のために背負われたそれを、多少でも姫蔵が癒し支えることができるならば……罪深きこの一族も、ようやく償いを果たせるのかもしれぬ。

 幸いにも綾音はそうした事情抜きにして、紫音様に好意を抱いているようだからな。いろいろな意味で、都合が良いと言えるだろう。


 ゆえに。

 姫蔵のみならず火宮にとっても益となるよう、祈りを込めて私は愛娘へと告げた。

 

「綾音。心してかかりなさい……紫音様に、火宮様に粗相のないように。問題があればすぐ言うのだ、必ずや力になる」

「はい、父様……!」

 

 力強く応える綾音。自慢ながら、良い娘に育ってくれたものだ。

 きっとこの子なら、火宮様への御恩返しをしつつも幸せを探していけるだろう。親として、それを祈るばかりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る