第23話 微妙に気まずい幕引きだぜ
結局、姫蔵御当主様の鶴の一声にてすべてが丸く収まりそうだった。
貞時に魔が差し、暴走してしまった今宵の一件は隠蔽され、魔物憑きの怪鳥が突然屋敷を襲ってきたのを駆けつけた俺が成敗した、というストーリーに差し替えられそうなのだ。
良いのかよと思うものの、正直ラッキーではある。さすがに俺の代でいよいよ火宮消滅に王手がかかりましたーでは父祖に申しわけないし、親父お袋にも合わせる顔がない。
とはいえ姫蔵さん方には大きな借りを作ってしまった。みどりちゃんが聞けばまたしてもキレられそうだなーと俺は遠い目で姫蔵家の屋敷の窓から空を見た。
今は後詰めの火宮分家の者達が続々やってきて、現場検証と負傷者の手当と破損した物品についての賠償鑑定を行っている。
暴走していた貞時は、ものに当たり散らしたりこそしなかったようだがそれなりに護衛を叩きのめしていたからな。うちの救護班の腕はたしかだから、全員傷一つ残さずに治療してみせるさ。
「紫音さん。あの、大丈夫? なんだか元気なさそうだけど」
「ん、ああいや失敬。姫蔵殿には返しきれん借りができたな、と」
「そんなの気にしなくて良いよう……僕達にとっても、今回のことはなかったことにしたほうがいろいろ都合が良いんだし、ね?」
「そうは言われても、なあ」
話しかけてくる綾音嬢の、労しげというかあきらかにこちらを気遣ってくる声色に頭を掻く。被害者に気を遣われてどうするんだ俺は、この間抜けめ。
にしてもお人好しなことを言うよなこの子は、お父上からの教育の賜物だろうが。
そのお父上、和也殿もおそらく先代の当主からこの手の教育を受けているのだろうから、つまるところ姫蔵の火宮への罪悪感はそれこそ100年、引継がれているのだろうと予想できる。
まるきり呪いだ……当時の両家の関係性が具体的にどのようなものだったかはうちの文献にも残ってないが、姫蔵側のほうにはなんだか偏ったものが残されてそうな気がしてならん。
難儀だな。
他所の家のことと遠巻きに思っていたが、さすがにここまで引きずられているのは少し塩梅が悪い。
どうにか手を打てないものかと考えるところ、その和也殿がこちらにやってきた。娘によく似た、これまた労しげな表情だよ。
「紫音殿、娘の言うとおりですぞ。借りになど思う必要はないのです、火宮の"天帝勅命"の苛烈さ過酷さは耳にしておりますれば、年に数度はこのような事態も起きていることは我々も承知の上」
「和也殿……」
「そしてその度に対処されてきたのもまた、火宮家ではありませぬか。元よりかの魔物に対抗できるのがこの地においては火宮をおいて他にない以上、我々はこの地を護るためにいくらでも協力する用意はありまするぞ!」
「そうだよ紫音さん! 姫蔵は絶対に、どんなことがあっても火宮の味方だからねっ!!」
親子で満面の笑みを浮かべる和也殿、綾音嬢。後ろじゃご家族のお兄さんお姉さんもじっとこちらを見てきている。
ううむ。ご理解いただき助かるっちゃ助かるが、どうも姫蔵というか天象に住むみんなの足下を見ている気がしてくるから複雑だ。
俺達火宮は天象の地を護ることこそが3500年の存在意義そのもの。
そこに私利私欲は……まあないとは言わんけど、使命に勝るものはあってはならないと受け継いできている。
たとえ没落しても、衰退しても、この世に火宮が俺以外いなくなっても。天象に住む人達、すべてから石を投げられ憎まれ嫌われようとも。身体一つになっても、手足を失おうとも。
その果てに最後には、誰一人いない死地の荒野に散ることにさえなろうとも。俺達はただ魔物と戦い続けることが生まれた意味であり、価値のすべてだと知っているのだ。
だから、姫蔵もそう俺達の機嫌を取ろうだなんて考えなくて良いんだけどな。
それを言うとこの親子のことだ、また号泣して抱きついてきかねない。誤解を解くのはいずれ、彼らが不要な罪悪感に囚われなくなった時にさせてもらおうかね。
──と。
後詰め部隊の分家筋、蒲生の若いのが俺に報告しに来た。
「申し上げます。負傷者の治療は完了いたしました。騒動による破損も軽微につき、翌日にはさっそく取りかかれるかと」
「分かった。手間金惜しまず修繕は最高級のものを手配するように」
「畏まりました!」
「紫音殿、助けてもらった上に何も、そこまでしていただく必要は……」
「これも火宮の事後処理というものです。どうかご理解いただきますようお願いいたします」
金で解決ってわけじゃないんだが、この手の騒動がある度、迷惑や被害を被った方々には後日謝礼金なり報酬なりを包ませてもらっている。
これは姫蔵に限ったことでなく、協力してくれた地元住民や警備局、他の貴族達へも同様だ。そのくらいのことができる金額を普段から"天帝勅命"の報酬にて頂いているからな、一応。
何よりこうでもせねば火宮として申しわけが立たん。本当ならば魔物一匹とて通してはならないのだからな。
そう言うと和也殿や綾音殿はどこか、痛ましげな目を向けつつしかし、静かにうなずいてくれた。
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