第22話 罪悪感に塗れた一族みたいだな……

 火宮の失態で逃げた魔物が、よりにもよって今現代の天象の王とも言える家に害をなしたなんてとんでもない大失態だ。

 さすがにこりゃ謝ってすまんかもだが、まずは人の道として謝るしかない。俺は膝をつき、土下座の体勢を取る。


「姫蔵家は御当主、和也様とお見受けいたします。私は火宮家当主、紫音と申します。この度は大変なご迷惑をおかけしてしまい、まことに申し開きのしようもなく」

「……!? し、紫音さん!?」

「なっ!? な、な、何をしておられる!? なぜそのような、止してくだされ、火宮紫音殿!!」

「此度の件は紛れもなく火宮の責任。とりわけ当主たる私の咎は大きい。"天帝勅命"の最中に魔物を逃がし、姫蔵様方をはじめ多くの人々を危険に晒したこと、心より深くお詫び申し上げます」


 綾音嬢や御当主の和也様が素っ頓狂な声を上げるも構わず、俺は心底から謝罪した。

 魔物が逃げるなんてのは年に何回かある話しだが、人に取り憑くなんてのは10年に一回あるかないかってくらいのことだ。大概は山のあたりで捕まえて決着がつくし、取り憑くにせよ野の獣とかばかりだしな。


 それが今回、間が悪かったことや魔物の動きが早かったのがあるにせよ貞時に取り憑くことを許してしまった。あまつさえそいつによって魔が差した貞時は、暴走し刃傷沙汰に走る始末。

 彼に責任はない。これもすべて、火宮たる俺の責任なのだ。責任逃れはすまいとせめて頭を下げる。さすがに首は取られんだろうが、こりゃさらなる没落確定かね。


 静まり返る室内。もうじきに後詰めも来る、外で倒れている者達も含め、今日の被害は火宮が全力で賠償するだろう。

 それがあるいは俺の、当主としての最後の仕事かなと考えていると──和也様が、不意に膝をついた。


 俺と同じく、土下座してみせたのだ。

 天象の地における最上位の貴族にあるまじき振る舞いに、今度は俺が絶句させられた。


「ひ、火宮……本家、御当主の紫音様とお見受けします。どうか、どうか頭をお上げくだされ。貴殿は、火宮家は今も御立派に使命を果たされたではありませぬか……!!」

「……!?」

「連絡は受けておりましたが、よもや姫蔵の者に魔が差すとは思いませなんだ……! こちらこそ謝らねばなりますまい! 我が姫蔵の者がまこと、貴殿のお手を煩わせ申しわけない……!!」

「…………なん、と」

 

 俺よりは一回り背の低い、痩せぎすな見た目をされた穏やかそうな御仁。当然俺よりも親父に近い歳の方が、俺に膝をついて謝罪している。

 これにはさすがに唖然としたし、圧倒もされた……されて、すぐに慌てて彼の身体を抱き起こす。

 

 これは違う。被害者に謝られるべきではない、絶対に。

 姫蔵という家が、少なくとも本家が100年前のことで火宮に負い目や恩を感じているというのは知っていたが、よもやここまでのこととは思っていなかった。


 もはや呪いに近い……罪悪感。なるほど、こういうことだったか。

 ずいぶん罪作りだったようだな、100年前の火宮当主は。前から疑問だった過去に粗方の推測をつけつつ、俺は和也殿に言う。

 

「和也殿、どうか顔を上げてください。あなた方は、そちらの小金井殿も含めてやはり被害者です。被害者がそのようにしては天下の道理が歪みます」

「しかし紫音殿……! それを言えば我々の命を助けてくださった貴殿が膝をついて謝罪することもまた、道理に背きましょうぞ!!」

「ことがここまでのことになったのは火宮の失態。それを姫蔵殿に擦り付けるようなことは、3500年の血族として断じて認められませんよ」

「…………なんたる、なんたる覚悟でいらっしゃるのかっ!!」

 

 あーあー、ついに泣き出しちまった。貫禄ある姫蔵当主の男泣き、しかも火宮を想ってのそれとは畏れ入る。

 大人物、と言うべきなのだろうな。威厳も風格もありつつ家族を護り、一族を愛する当主。その上没落した当主のやらかしにも涙ながらに情を抱かれる、貴族としては優しすぎるほどに優しい方だ。

 まあちょっと思い込みが激しそうな気がしなくもないんだが……そこは御愛嬌ってところかね。

 

 このような方の娘に生まれ育てられたのならば、なるほど綾音嬢もあんな感じになるわけだ。

 笑っちまうくらいの血の繋がりを感じる俺に、その綾音嬢もまた、駆け寄ってきて抱きついてきた。

 やっぱり距離感おかしくないかね?

 

「紫音さん!! 火宮の人達は何も悪くないよ、仕方なかったことなんだようっ!!」

「綾音さんよ。それじゃ済まないし、何より小金井殿に悪い。彼は心を暴かれ、利用され、あまつさえ暴走させられたんだ。彼をそうさせた俺達の罪は、大きかろうよ」

「貞時のことまで気にして……! そんなことないよ、僕達は知ってるよ! 貞時さえ含めて、紫音さんは僕らを救ってくださったんだ!! ね、お父様!!」

「その通りだ、すべて悪いのは貞時を操りし魔物のみ! かくも恐ろしい化物を、紫音殿は見事討ってくださった! 感謝こそすれ、なぜに断罪することがあるだろうか!!」

「難儀だな……」

 

 どうにも変な流れだ、ペースをかき乱されている気がしてならん。言うことやることなすことすべて、この親子にかかれば極端に良いように解釈されているのだ。

 すっかりその場のノリで貞時の罪も不問だし、俺や火宮についても不問。全部悪いのは魔物だけであり、俺は貞時を生かしそいつのみを殺したヒーロー、みたいな空気になりかけていた。


 貞時が罰せられることはなさそうでそこは何よりだが、火宮にまで感謝するのも違うんだがなあ。

 そしてそれらが罷り通りそうなのもすごい。やっぱ最上位貴族様はすげえや、あっという間にカバーストーリー考えるんだもんなあ。

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