第21話 とりあえず後始末完了ってわけよ

 タイミング的にはギリギリだったなと、ふざけた軽口を叩きながらも俺は内心で胸を撫で下ろした。

 貴族街の真ん中、デカデカ聳える姫蔵本家屋敷内。周囲にガードマンやらが倒れているのを見て、もう手遅れなんじゃねーかこれとヒヤリとしたのは内緒だ。

 

 部屋の隅で震える姫蔵一家。彩音嬢と、そのお兄さんお姉さんかな? そして彼らの矢面に立ち庇っておられる、姫蔵当主様。

 魔物憑きを前にして、恐慌するでもなくただ護るべきものを護らんとする姿、まこと立派である。元より傑物とは思っていたがやはり、姫蔵当主というのは只者でないのだと見上げる思いだよ。

 

 であれば。俺は彼らに刃を向ける魔物憑き、護衛の一人のたしか貞時だったか、を見た。

 止めねばなるまい。天象は元より彼ら姫蔵のためにも、そしてこの男の為にも。


「ひ、ひ、のみや……! ひのみや、しおんんんんんんッ!!」

「安心しろ、小金井貞時。魔が差しただけのお前を、誰も責めはしない」

「お前さえ、お前、さえ、い、な、け、れ、ば、あ、ああああああッ!!」


 正気を失ってこそいるが、この男の中にはたしかに今も魔に抗う善良の心もある。

 道中、見かけたガードマン達……全員虫の息だが死んではいない。それに隠れていた使用人達も無事だったあたり、手当たり次第ってわけじゃないのだ。


 つまり貞時は、魔に呑み込まれてはいるものの最後の一線はどうにか踏み越えぬよう頑張っているのだ。少なくとも俺はそう見る。

 ならば助けぬ道理なし。あらゆる邪念悪意憎悪を操る魔、それのみが我ら火宮が討つべき敵なのだからな。


 ゴキリ、右拳を鳴らす。霊力を、貞時の人体に害がない範囲で指先に込める。決着までは一瞬だが、だからこそ少しの気も抜かない。

 久しぶりだな、魔を相手に身体を動かすのも……!


「天象・火宮の名において。魔よ、あるべき場所へ還るが良い」

「しぃぃぃねぇぇぇッ!! 落ちこぼれの、下民がぁぁぁぁぁぁッ!!」


 刀をもって切りかかってくる貞時。姫蔵の令嬢を護衛する立場ゆえ、それなりに鋭くはあるな。増幅された悪意から来る殺意や殺気もまあまあだ。

 だが悪いがそれじゃ俺は殺れん。他の火宮もだ。3500年間も毎日毎日戦いを続けてきた俺達は、だからこそこの分野では誰にも負けない。


 戦い、勝ってそして護る。愛しき天象を、愛しき民を必ずや未来に送り届ける。

 それだけにすべてを費やしてきた我が血族の、技をしかと見るがいい!


「──天象術式、《篠突く雨》!」

「ぐげっ!? ────が、がががああああああぁぁぁぁっ!?」


 貞時に対してこちらから距離を詰め、そして腕を振るう。軽く、優しく靭やかに。手首のスナップを利かせた、鞭のような動きだ。

 狙い寸分違わず貞時の胸元を穿つ。物理的にはトン、と人差し指で軽く触れるだけだが霊的にはそれだけではない。触れた瞬間、彼の全身に霊力を流し込み……取り憑きし魔物だけを灼き、貫いたのだ。


 要は魔物とは寄生虫。何かを乗っ取り内側から操るのは得意で物理面では隙がないのだがその反面、霊的な衝撃にはめっぽう弱い。

 借宿に篭って無敵と思っていたところに、直接攻撃を仕掛けられればパニックに陥るようで、そら、出てきたぞ。


 貞時の身体全体から、黒い煙が立ち込める。

 ガス状寄生生命体"魔物"。たった一匹で姫蔵にえらい損害を与えやがったバカ野郎のお出ましだ。


『びきぃきゃあああきゃきゃきゃきゃきゃ!?』

「な、貞時!? 貞時から、何かが!?」

「魔物だ……!! あれが貞時に取り憑き、その心を歪めさせていたのだ!!」


 さすがに姫蔵の大将ともなれば、魔物についても見たことくらいあるか。そうでなくとも年に数回はこんなことがあるんだ、有力貴族が知らぬ存ぜぬでは通らんものな。


 ガスが抜けきり、貞時が倒れる。もちろん死んじゃいないが、取り憑かれていた間にしていたことは記憶しているだろう。辛いな……

 そのへんのフォローも、できる限りしてやらんといかんがまずは魔物にトドメだ。


「そーゆーことです。《小雨》」

『ぐげぴぎぎゃッ!?』


 出てきた以上は速やかに始末する。手に込めた霊力でガスに散らすように触れれば、奇声をあげるソレは霧散して消滅していった。

 退治完了だ。俺はすぐさま倒れた貞時を仰向けにし、一応息があるのを確認した。よし、生きてるな。部屋の片隅で縮こまったままの綾音嬢が、尋ねてくる。


「さ、貞時、は……どう、なったの? 紫音くん……」

「問題ない。直ぐに目が覚めるだろうさ。表でこいつにやられた者達も命に別状はないから安心してくれて良い」

「そうなの? よ、良かった……」

「助かったか……!」

「死ぬかと思ったぁ……!!」


 ついに危機を脱したと確信したのか、安堵の息を吐いて抱き合う家族達。怖がらせてしまったな……本当に悪いことをした。

 俺も一息つくも、むしろこれからだ。俺は姫蔵の当主様に目を向けた。

 

「き、貴殿は……貴殿こそが、火宮家の……」

「……姫蔵の御当主様におかれましては、遅ればせながら名乗らせていただきます」

 

 息を呑み、どこか呆然とした様子で姫蔵の御当主様が俺を見る。思えば没落以後、貴族の集まりを避けるようになった俺達火宮は面と向かってよその貴族と話したことも少ないんだよなあ。

 ま、さておきだ。筋を通すべく俺は、その場に跪き土下座に移行した。

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