第26話 急に態度を変えるなよ……
天象学園は二年8組、自分の席に着く。呑気なもんでクラスメイト達もみんな、いつもどおりの様子でいるな。良いことだ。
今朝の新聞とか、スマホのニュースサイトとかでも昨日の騒動については一切触れられていない。紙媒体は時間差があるだろうし仕方ないにせよ、ネットに速報の一つも上がってないってのはさすがにおかしい。
さすが姫蔵、情報操作はお手の物ってわけだな。権力だな。
一応、分家の小金井貞時が魔に取り憑かれて本家に殴り込んだって真実自体、魔物が憑いた鳥がやらかしたことってカバーストーリーにはなってるはずだが……
それもあくまで漏洩した際のダミーで、そもそも昨日は何もなかったことにしたいわけだな。
ま、今や天象貴族におけるトップたる姫蔵本家が魔物に襲われたなんてのはなるべくなら広まってほしくない話だわな。下手に動揺してると思われたりしたら、虎視眈々と下克上を狙っている他の貴族がいらん動きを見せかねんし。
さらに言えば近隣の土地、天元だの天翠だのが介入して来ないとも限らない。昔から小競り合いしがちだしな、あの地の連中と天象は。
ともかく昨日の一件はなかったことってことで、いつもどおりの日常が当たり前に続いていくってことだな。少なくとも姫蔵以外では。
良いことだ。火宮もさっさと賠償済ませて、現場改善を実施してより練度を高めたら日常に戻らないとな。毎日毎夜戦いが続く日々だが、それが俺にとっての当たり前なわけ。
ふう、と息を吐き、窓から外を見る。
平和が一番だ。だからこそ、俺たち火宮はもっとしっかり気張らんとなあ。
「──おはよう、みんな! 今日もいい天気だね!」
「そんで来るよなあ、綾音嬢」
頬杖ついてると、教室に勢いよく元気に声を上げて現れる。言わずとしれた麗しの男装令嬢、姫蔵綾音嬢だ。
夏を迎えて学ラン脱いだ、白シャツに黒のズボンが眩しいね。こう言ったらなんだが綾音嬢はスレンダーな体型だもんで、女顔の少年にも見えかねないんだよな。
そんなだから変な妄想を抱くクラスメイトもいるみたいだ。魔性かね、ある種の。
今もほら、綾音嬢に続いて入ってきた逆ハー三人衆が、三人衆、が……
「いや何しとるんだ、小金井貞時……?」
「っ、火宮、紫音殿……」
まさかの小金井貞時。昨日、魔に憑かれて姫蔵本家に突撃した張本人がまさかの今日、登校して来ていた。
嘘だろ。さしもの俺も唖然として、綾音嬢周りのいつもの四人をじっと見ちまった。
マジで何してんだ? そこまで怪我はしてなかったにせよ、精神的な衝撃とかもあろうに安静にしておくべきなんじゃないのか。いや、他所様の家のことだしあんま言わんけど。
大丈夫なのかよ。思わず絶句してると、気づいてか綾音嬢が近づいてきた。もちろん満面の笑みだ。
「紫音くん! おはよーございまーす!! えへへ、昨日はありがとうね、いろいろ!」
「あ? あ、ああおはようって、いやおい。あんまり大声で言うこっちゃないだろう」
「あ! えへへ、ごめんごめん! ついうっかり!」
てへへと舌を出すのは可愛らしいが、元気すぎていらんことまで言ってる感じがある。というかなんだこのテンションの高さ、浮かれてるのか?
昨日、あんだけのことがあったのに意外に豪胆というか、心が強いんだな。良いことだ、無理さえしてなきゃそれで良いんだが。
さておき、綾音嬢を手招きして顔を寄せ、小声で話しかける。距離を寄せられて照れたのか頬を染める綾音嬢。おいその反応やめろ、後ろの逆ハーどもがまたぞろ睨みつけてきやがる。
いや……貞時だけは違うな。複雑そうにしながらも、どこか納得したように、諦めたように軽く微笑みを浮かべている。
おいおい、それはそれで気持ち悪い反応だぞ、昨日までの感じと比べるに。
一体何がどうなってるのやら。ひとまず俺は、貞時について綾音嬢に尋ねた。
「あのよう、綾音嬢。小金井は大丈夫なのか? 怪我させたつもりもないが、魔に憑かれていた以上は心身の疲弊もないわけないってのに。安静にさせてやれんかったのか」
「あーうん、他ならぬ貞時の申し出もあってさ。ほら、いろいろ話を誤魔化した以上、下手に休むのも疑われかねないってことで。彼の家の小金井家もそう言ってきたって父様……ううん、当主様が」
「家の事情か。仕方ないにせよ、せめて保健室で休ませたほうが良いと思うんだが。あそこの花野養護教諭、姫蔵の息がかかってるだろ」
「あはは、まあねー」
苦笑いしつつも応える姫蔵の令嬢。貞時自身の、あるいは小金井家の事情も絡んでいるか。
ひいては本家と分家を併せた、姫蔵全体の話。これだから有力貴族ってのは大変そうなんだよなあ、一挙手一投足が一々影響力を持つから迂闊に学校一つ休めない。
つくづく俺の代では火宮、衰退してて良かったわ。なんてみどりちゃんが聞いたらいよいよ引っぱたかれそうなことを考えていると、綾音嬢が続けて言う。
「もちろん貞時にはこの後、適当な体調不良で保健室に行ってもらうよ。でも……その前に、本人から紫音さんに一言言いたいんだってさ」
「はあ?」
「……火宮、紫音殿。昨日は、大変世話になりました。これまでの無礼も含め、心より謝罪いたします」
「…………はあ」
視線を向けると、逆ハー三人の真ん中、貞時が深々と頭を下げて謝罪してきやがった。クラスメイトがたくさんいる中、なんならもうじきホームルームが始まろうって段階でのガチ謝罪だ。
おいおい……心意気は買うが、よくやるなこんなところとこんなタイミングで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます