第19話 合縁奇縁も時と場合さ
可能な限りの霊力を放ち、俺の感知可能範囲内の大気に行き渡らせて浸透、網を張っていく。
全力じゃない、蛇口にしてみればチョロチョロと水が出てるくらいの出力だ。これ以上出すと霊力が、攻撃用途でもないのに物理的破壊力を帯び始めて周辺施設が壊れるからな。
霊力を視認できる者には今、この町全体がうっすら霧がかって見えていることだろう。視界不良とまではいかんが急なことに混乱させてしまっているかもしれん。すまんな、迷惑をかける。
そこまでしたからにはきっちり判別をつけなきゃならんとサーチングを開始。邪気妄念を増幅させているナニモノかの気配を丹念に、緻密に探っていく。
いるか、いないのか。
「……………………いないか。町中には潜んでいる様子はないが、さて」
「あのおじちゃん、なんか光ってるー」
「んん? 火宮さんとこの若さんじゃないか……別に光っちゃいないだろ」
「相変わらず派手な羽織ねー。でもたしかに、ほんのちょっぴり光って見えるかも?」
後ろ姿をまたご家族が見て何やら話している。お子さんと奥さんは俺の霊力が見えているようだな、珍しい。
火宮も3500年も続けば、分家もたくさんだし一族から離れて独立された方々も多くいる。そうした方の末裔だったりするのかもな、あの親子。
つまりは俺の遠い遠い親戚かもってわけだ。あるいはなんの関係もないけど霊力を持つ特殊体質って線もあるけどな。
さておきスマホを取り出す。つい5年前に携帯電話に代わり普及し始めた新型通信機器だが、技術の発展ってのはまったくすさまじいね。
家臣の井上大老への直通番号にかける。こういう有事において、俺が出張ってる間に本家詰めしてる総責任者代理なのがあの爺さんだからな。
「俺だ。町に今のところ反応はない、そっちに何か報せはあるか」
『はっ。現場での勅命遂行は終了し、あれから一体の討ち零しもなかったとのこと。追跡についてはお山付近に気配なし、本家側の自然林、近郊部からも連絡はありましたが異常なしとのこと』
「そうか。場合によっては天象を抜け出る可能性もあるからな、封鎖はどうなってる」
『問題ありませぬ。姫蔵以下貴族院の許可を速やかに得、"天帝勅命"における緊急事態につき天象内外の流通は完全に止めました。同時に探知能力に長けた分家の者を手配しております』
電話に応じてすぐ、矢継ぎ早に質問を投げかける。焦っちゃおらんが緊急事態だからな、無駄話をしている魔もない。
爺さんもさすが分かっているから応答がスムーズだ。しかして魔物の反応がないってのは気になるがな。
第一報からの時間的に、すでに天象の地から逃れたなんてことはまずない。所詮気体状の生命体だ、そのまま漂っていたら霧散して消滅しかねん。
さりとて野生動物やらに取り付いて逃げ出そうにも追跡班を振り切るの難しいし、領境には探知専門の火宮分家を配置している。
逃げ切るのは難しかろう……そもそも、取り憑かれた生物は生存本能とかより悪意、邪念、攻撃感情を極端に肥大化させられる。人間でもなければ逃げを打つより先に、暴れ出すからな。
万一のために流通まで封鎖してるが、基本的には領地内で決着がつくことが多いってわけだ。
「しかしそうなると、気体のままうろついてるのかはたまた人間にすでに取り憑いていて、潜んでいるのかってところなんだが……」
『それなのですが。天象学園の生徒にならば、居残っている者に取り憑けば帰路の形で怪しまれずに人に紛れられると思うのですがどうでしょうな』
「第一報が18時半だぞ、そんな時間に学園に残っているものなんているのか? たとえ部活動でも、18時には校門が閉まるんだが……ああでも教員ならあり得るか」
『天象学園にもすでに何名か確認には行かせましたが、取り憑かれた様子の職員はおりませなんだ。ただ……』
火宮本家と山を挟んで向こうにある天象学園。山から見れば人里側に降りる際に真っ先に人と遭遇しやすい地点ではある。
ゆえに頂上から漏れ出て即座に学園に降り、誰か生徒なり教員なりに取り憑いて何食わぬ顔で帰路に着けばなるほど、多少の潜伏ともなるか。
学生はさすがになかろうけどな。
だがしかし、井上老の様子がおかしい。
何か、スマホ越しでにわかに口籠っている。なんだ?
「おう、どうした。ただ、なんだ?」
『……職員の話では、今日はたまたま。姫蔵の御令嬢と護衛の三人が居残って何やら話し合いをしていたとのこと。何名かの教師も間に入っていたようなので、間違いないでしょう』
「…………よりによってあの嬢ちゃんらか。なんだ、偶然にしちゃ出来すぎているな」
まさかの姫蔵綾音嬢。それとお付きの騎士三人。
そいつらがよりによって今日に限り、学園に残ってなんぞしとったってのか。
貴族街のほう、姫蔵のでかい屋敷に霊力の探知を集中させる。ないとは思いたいけど、こういうパターンはむしろ"ある"んだよな。
────ほれ見ろ、ビンゴだ。ごくごく小さな、僅かな邪念を感知する。相当弱いが、たしかに魔物に取り憑かれた"誰か"の気配だ。
「爺、見っけたぜ姫蔵んとこの屋敷だ。先に行くから後詰めへの指示は任す」
『むう……! 畏まりました。ご武運を』
「俺より姫蔵の安否を祈ってやってくれ」
言うだけ言ってスマホを切り、俺はすぐさま空を翔けた。
やけに姫蔵と絡みがあるな、仕事外でも、仕事のことでも!
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