第18話 未来のために、今を護り切るのが火宮だ
"天帝勅命"遂行中、大穴に霊力で攻撃を仕掛け続ける作業の中で、魔物が一匹だけだがそれを掻い潜って地上に這い出てきた。
……緊急事態なのは間違いないが、年に何回かはある事象だ。急いで対応せんといかんが、こういう時こそ落ち着いて対処せねばならん。
俺はすぐさま家臣達に命を下した。
「緊急マニュアルに沿って対処するぞ。まずは天象の外に出さぬよう他領との境を封鎖、近隣住民への注意喚起と次いで地元の警備局との連携要請。並びに分家筋から非番を動員して追跡隊を組み魔物の行方を追え」
「手配いたします」
「現場には動揺せず、いつも通りに業務をこなすよう通達を。今日の業務終了後に責任者は報告書と対策書を作成して提出するようにも伝えておけ。たしか前口家の若旦那だったな、気にしいの質だから後でフォローは入れておくが、気負って無茶をするなと俺が言っていたと伝えておけ」
「畏まりました!」
まずは何をおいても人々の安寧を護ることが第一なれば、近隣への注意と地元警備との連携は当然最優先だ。
次いで今日、現場にはいないもののもしものために各分家にて待機している非番組を動員、捜索にあたらせる。
一方で現場も多少の動揺が予想されるためこちらから指示を出しつつ責任者の前口のアンちゃんには多少の気遣いもしておく。
実際、命懸けの現場で誰彼が悪いなんぞよほど足を引っ張るでもなければ問わんよ。俺みたいに一人でダラダラしながらでもやっちまえるわけでなし、火宮の当直達はいついかなる時も全力を尽くしてくれている。
ゆえに責めるわけもない……逃げた魔物が何しでかすかによっては、俺の首一つが危ういかもなってだけだ。
自己保身に拠らず。俺は残りの飯を無理やり腹ン中に詰め込んで飲み込み、立ち上がった。
「仕度する! 市街地一帯は俺が見るゆえ、分家筋にはそれ以外の森やら近郊やらを回らせるように!」
「若。市街地ともなると貴族街の領域にかかってきますので通達しておきます。ご武運を」
「助かる。やれやれ、変なことは立て続けに起きる」
言いながら部屋を出、急いで自室に戻って用意する。昨日よろしく袴姿に、桜模様の羽織に刀を引っ提げて、と。
最後にコップ一杯分の水だけ飲んで、準備完了。連絡は俺のスマホに入れるよう伝えて、俺は屋敷の庭園に出た。
外は薄暗闇。勅命遂行も本来ならばそろそろ終わる頃合いだが、今日は残業だな、現場も。
霊力を身体に漲らせ、俺は天象術式を発動させた。霊力によって自らを持ち上げ浮き上がらせて、自在に飛行する俺独自の技法だ、特に技名とかはない。
「さて、行くか……!」
闇夜の空を派手に舞う。上空の風は夏でも冷たいが今の俺にはちょうどいい。一瞬で遠くなる地上を見る。
火宮本家とは山を隔てて向こうにある学園、そしてそこから続く商店街。そのラインを木の幹に見立てるなら、住宅街は枝葉のごとく商店街から半放射状に広がって連なる。
俺はこれからそのへん全部に霊力の網を張る。逃げ去りし魔物の行方を調べ上げるのだ。
全土を捉えるにはさすがに難儀な広さなんだが、ただ一点、そこからならギリギリ俺の感知圏内に人々の住まう土地がすべて収まる場所がある。
そこを目指して俺は飛んだ。感知技能は今のうちに発動しておく。
「《観天望気》……今のところは引っかからずか。人のところに行ってなきゃひとまずの心配はクリアだが、もうすでにってパターンもあるから厄介だ」
使用者の霊力を大気に飛散させ、魔物の邪気を辿る技法、《観天望気》。そいつを発動させながら移動するが、道中に邪気はない。
どう見るべきか……魔物の厄介な点は、それそのものは気体であり、実際に世に害なす時には既存の何か、別の生命体に潜り込んで乗っ取るところにある。
要は寄生生物なんだよな、やつら。それも質が悪いことに知的生命体を乗っ取れば乗っ取るほど気配を薄くして、見つかりにくくなりやがる。
邪気の塊だけあってか、寄生先の邪念、邪心を増幅させてそこに住み着き隠れるのだ。だから今ここで邪気がないからと安心していたら、実はすでに宿主に寄生しており見逃してしまった、なんてこともあり得るのだ。
「ま、そういうの含めてどうにかするのが火宮なんだがな……到着、と」
ぼやきつつ降り立つは件の地点。町中にある巨大スーパー・サンギョウの屋上駐車場、その真ん中だ。
地理的に、人の生活圏のちょうど中心部がここなんだよな。だからこういう事態があればその度に使わせてもらっている……もちろんサンギョウさんとこの店長さんや会社さんには許可を取っての上だから不法侵入にはあたらないので悪しからず。
「うおっ空から人が!? ……あ、火宮さんとこかあ」
「なんかあったのかしら。って、魔物が逃げたとかよねたぶん」
「うわー! ひのみやさんだ、ひのみやさんだー!」
夜の19時前ってことで、まだサンギョウは業務中。屋上にも家族連れがちらほらいるからそういう人らには今しがた空から降ってきた俺もバッチリ見られているが、何。
ぶっちゃけ毎年何度か起きてるし、それを3500年もやってるからな。良いのか悪いのか、たまに起きるイベントくらいにしか町の人々からは思われちゃいない。
ちびっ子なんか手を振ってくるほどだ。俺もそれに応えて、微笑みかけた。
この笑顔を邪念に汚させるわけにゃいかん。改めて思うよ、火宮の使命の大切さってやつをな。
「子供達に、そっくりそのままこの天象の未来を託すために……魔物一匹程度、即殺せねばならんよな」
月を見上げて決意を新たに。
俺は天象を護るべく、この地に潜む邪気の捜索を開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます