第17話 予定外ってのは、次から次に起こるもんだ

 何が何やら、わけの分からん一日だった。

 姫蔵の嬢ちゃんは異様に懐いてくるし、取り巻きの逆ハーどもは親の敵でも見てんのかってくらい睨んでくるし、クラスメイトの注目は浴びるし。

 そんなだったからやっとの思いで放課後、屋敷に戻って俺がすぐさま家臣達に相談したのも無理からぬことだと思うんだよね、うん。

 

「どう思うよ? 俺としちゃ、ありゃー新手の美人局かなんかだという線を捨てきれないでいるんだが」

「なぜにそうなりますかなあ……人付き合いが悪いこれまでが、当主様から人としての当然の判断力をかくも奪ってしまったのでしょうか」

「先代様が聞かれていたなら腹を抱えて笑ってらっしゃいますなあ。そうだ! 遠方の御方々の代わりに、儂らがひとつ笑い飛ばして差し上げましょう。はーっはっはっはっはっはっ!!」

「ひーっひっひっひっひっひっ!」

「喧しい! 真面目に聞いとるんじゃこっちは!」

 

 そしたらかくのごとく盛大に笑われた俺はキレていいとも思うんだよね、うん。

 いやまあ、さすがに美人局説はちょっと思考が暴走しすぎたとは思うが。それくらい混乱してたことくらい分かっていただきたい、こっちは数年ぶりに火宮以外の人に近づかれたんだよ。

 

 今日の"天帝勅命"に俺は行かない。いつもシフト制でやっているんだが、当主たる俺も含めて週5勤務を徹底させている。

 もちろん参加者への金払いや福利厚生もバッチリだ。命懸けの割にいまいち人から賞賛されない仕事ゆえ、せめて待遇くらいはきっちりしてやらないと申しわけが立たんからな。

 

 それで今、俺は昨日のような仕事着でもない私服に着替えて大広間にて、飯食いながら家老達と駄弁っているわけだ。

 当然話題は姫蔵の思惑。井上の爺さまが、呆れたように俺を見ながら言ってくる。

 

「若、本当に分からんのですかな? ……惚れられたのですよ。姫蔵の姫君の昨日の目と顔、ありゃ完全にコロッと行っとったでしょう」

「そもしきたりで男装するのを受け入れるほど、今の若いのにしては古風な娘御ですぞ。それがあのようにグイグイ来るとなれば、これはもう惚れた腫れたをおいて他になし」

「あのな、ラブコメ漫画じゃねーんだぞ。不良から助けてくれたワルっぽいイケメンに一目惚れ、なーんて話が現実にあってたまるか」

「自分で自分をワルっぽいイケメンと称しますか。儂、味噌汁吹き出してよろしいですかな?」

「駄目」

 

 俺同様にここに今、いるのはオフの日の連中だからまー言いたい放題よ。昨日、孫娘相手にキレてた如月んとこの郷間老も一緒んなってやっている。

 結局はTPOの問題なんだよ。みどりちゃんの小言、それ自体は大した話じゃないんだがそれを"天帝勅命"の最中にやったらそりゃ駄目って言われるに決まってる。

 そういう話でしかないわけだな。

 

 さておき。綾音嬢が俺に一目惚れ、なんてとんでもない話だ。今時分のマンガ・アニメでもそんな捻りもない話はすまいよ。

 おそらく姫蔵家にとってなんらかのメリットがあって火宮たる俺に近づいてきたものとは思うが、さてそれは一体なんなのか。


 考えられるとすれば"天帝勅命"にまつわる利権を取りたいって線だが……ないな、これだけは。

 老人達に確認を取る。

 

「俺を誑し込んで、"天帝勅命"の面倒はそのままに、利益やら何やらだけは姫蔵側で押さえたいとか? できんのかね、そんなの」

「よっぽどの手練手管があれば形だけは作れましょうが、同時にそれが破滅の道なのは姫蔵も当然理解しておりましょう。天象の地がどうの以前に、天帝陛下が気付かれますからな」

「過去を紐解けば多種多様な連中が火宮に近づいては、利益のみを求めて立ち回り陛下の逆鱗に触れ潰されました。姫蔵ほどに政治的立ち回りが上手い一族が、よもやそのことを知らぬわけもありますまい」

「だよなあ」

 

 似たようなことを企んで火宮に近づいてきたアホってのは過去3500年の中で腐る程にいたと、うちの古文書を紐解き研究する中でそれは分かっている。

 そしてその度に天を統べられる天帝陛下が直接動かれ、火宮に仇なす者を自らの権限で討滅してこられたことも、同時に判明している事実だ。

 

 ずいぶん過保護な話なんだが、つまりは天帝陛下にとり火宮という"天帝勅命"の担い手はそれほどまでに重要だということだ。

 それを踏まえて考えると、いろいろ歴史の裏側も見えてくるものがあるんだが……今は関係ない話だな、そいつは。

 

 ふーむ。しかし、こうなるといよいよ分からん。

 そもそもこういう人の裏を読むのは苦手なんだ。そういうところもあって俺には霊力以外、当主たる器じゃないって話なんだよなあ。


 とはいえ泣き言言って思考停止もしてられん。どうしたもんかね、これは。

 ドツボにはまってるのを自覚しつつも、せめて姫蔵が急に接近してきたことに納得の行く理由がほしいもんだと考え込んでいた矢先。

 急に広間の襖が開かれ、分家の若い兄ちゃんが入ってきた。今日の"天帝勅命"で現場と指揮所たるこの本家間での連絡役を務めてくれている兄ちゃんだ。

 

 察するに現場でなんかあったか。

 申し上げます! と慌てた様子で畏まる彼は、そして俺達に報告してきた。

 

「本日の"天帝勅命"執行中に魔物が穴より這い出、後詰めを突破し下山しました! 詳しくは検証中ですが漏れ出たのは一体のみの模様とのことです!!」

「ふむ……」

 

 風雲急を告げる、か。

 姫蔵どころじゃない事態の発生だ。俺はすぐさま思考を切り替え、火宮168代当主としての振る舞いに変わった。

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