第15話 お騒がせして申しわけないぜ
「昨日の夜ね、僕ね、お父様とお兄様、お姉様に紫音さんのお家に行って挨拶してきたって言ったんだ。そしたら今後とも末永く娘をよろしく頼みますと伝えてくれって言われて、えへへへ!」
「いやいやちょっと待て。なんのこっちゃ分からん、姫蔵さんちょっと落ち着いて話そうや」
もう関わることもねえべや、などと高を括っていた相手がめっちゃグイグイ来ている。それもあろうことか教室の中、公衆の面前で堂々とである。
意味が分からん。何、なんて? 親兄姉に昨日のことを伝えたと、はあ。それがなんでよろしく頼みますになるんだ。
戸惑いしかない俺が思わず姫蔵を見れば、彼女は今日も今日とて耽美な美少年風の衣装だ。
それでも隠しきれぬ女性らしさと言うか、どうあがいても美少女なんだよなこいつ。目が合えば頬を赤らめて満面の笑みを浮かべてくるし、もはや何一つ状況に追いつけないでいるんだが、俺。
「…………姫……!!」
「ち、ちくしょう。ちくしょう……!!」
「なぜ、当主様は……圭一様さえも……っ」
そんで後ろの逆ハーどもよ。視線で人が殺せたら俺なんて玉ねぎの微塵切りより細かく処してやる! みたいな面で睨んできてやがるし。
昨日の一件でも懲りないのは根性あるのか馬鹿なのか。まあどっちでも良いんだが姫蔵にバレたらまたおっかねえ目見るだろうによくやるよなあ。
姫蔵はやけに俺にくっついてきて、逆ハーどもは血涙流す勢いだし。クラスメイトのみなさん方は、そんな俺らを面白そうに見守るばかり。
難儀だな……なんだこれは。とりあえず姫蔵に俺は、一つ一つ確認した。
「……ええと。ご家族さんに昨日、火宮行って挨拶したと話したと」
「うん!」
「したらそのご家族さんから火宮宛に、姫蔵……ああお前さんのことな。をよろしく頼むよう伝えてくれと言われたと」
「うん!! あ、ねえ紫音さん、ぜひとも僕のことは綾音って呼んでほしいなあ。せっかくお知り合いになれたし、どうかなあ?」
どうかなあ、じゃねえんだが。火に油を注ぎかねない提案に、俺はどうしたもんかと頭を回す。
ふーむ……姫蔵の当主も、ただバカ親気質で物言ってるわけじゃなかろうし何やら政治的な意図はあるんだろうが、読めん。没落貴族に今さらなんの御用なんだか。
昨日聞いた話だと、今の向こうさんの当主も火宮に負い目とか罪悪感を抱えているっぽいんだが。
つってもそんなもんで大事な娘御をわざわざよろしく! なんて言うとも思えんし。分からんなあ。
「なんでよろしくなんだ。何がどうなってそうなった?」
「あのね、ええとー……んふ、んふふ! えへ、ごめんね今はなーいしょ! たぶん今年中には分かると思うから、ちょっとだけ待っててほっしっいっなー!」
「えぇ……?」
つーかやたらテンション高いんだけどなんだコイツ、昨日より一段珍妙なことになっとるじゃないか。
なんなら頬を染めてクネクネしている始末。男装の美少女がそんなことやってるから周囲の目は全力で釘付けだ。
さすがに居た堪れない。俺はクラス内でも目立ったことのない男だったのに、これで一躍悪目立ちだ。
難儀だなあ。
「な、何があったんだあの二人。火宮くんに姫蔵さんって……あの、二家だよな?」
「奪われたほうと、奪ったほう。でもなんか、姫蔵さんが火宮くんにぞっこんって感じだけど」
「火宮こえーんだよなあ。めっちゃ体バキバキだし、運動神経ヤバいし。普段全然目立たないのがなんか、隠れて潜んでる熊みたいだし」
「実際ヤバいんでしょ? "天帝勅命"で毎夜、魔物からこの天象を護ってるって話だし。絶対強いよ」
「感謝してるんだけどそれはそれとしておっかないって、うちの父ちゃんも言ってたなあ」
クラスメイトの連中も、あれやこれやと話しているぜ。
姫蔵と火宮の因縁については、それなりに有名だからまあ知られてるわな。火宮の絶対的使命"天帝勅命"についても、地元じゃよく知られた話だ。
俺が熊みたいだとか、親父さんが怯えてるってのは素で申しわけない。天象を護るためのものとはいえ結局火宮は暴力組織で武力集団だ。おっかないわな、そりゃ。
だからなるべく誰をも驚かせないように、怖がらせないように目立たず過ごしてきたんだが……姫蔵め、やってくれたなあ。
わざと目立つようにしたんじゃないのか、これ。
渋面浮かべて姫蔵を見る。彼女はじっと、困る俺に何かを訴えるような目をして見つめてきていた。
「あのなあ、姫蔵さんよ……」
「綾音! 綾音って呼んで! あと謝らないよ、紫音さんはもっと自分を、火宮を誇りに思うべきだよ!!」
「…………あー、えーと。あー。あや、ね……綾音」
「! うん!! はい、僕は姫蔵綾音です!!」
参ったな、どうにも敵わん。向日葵より眩しい笑顔がやけに目に焼き付く。
誰がどう見てもお花畑の御令嬢、鼻で笑って終いにすべきなんだが、どうも真心から来てる発言なのが声色で分かっちまうからかそういうのはどうにも否定しづらい。
妙なことになっちまった。
ニコニコ顔の姫蔵、いやさ綾音に、俺は授業が始まるまでの間、視線を逸らせないでいた。
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