第14話 普通こういうのって、一期一会なんじゃねえの?
如月んとこの孫娘、みどりちゃんとサヨナラグッバイするというちょっとした騒動もあったものの。俺が《肘笠雨》を展開してもうそろそろ2時間ほどになる。
この頃になるともう魔物の暗黒もほとんど消え、奈落の底は見えないものの邪悪な気配はしなくなってきていた。お仕事終了だな。
天象術式を止める。
俺がいる時はこんな感じで一人で片付けてしまえるんだが、いない時はこうはいかない。
《肘笠雨》の代替に100人ずつ3組に分かれて穴を取り囲み、ひたすらに霊力を打ち込み続けるのだ。それを1時間ごとに交代で入れ替わりながらするんだから、まあ大変な作業だと思うよ。
だから当主として、俺のいる日ぐらいは楽してもらいたいって気持ちもあるんだよね。
「御当主様、そろそろ終わりですな」
「おう、そうだな郷間。あー、みどりちゃんの件はすまなんだな。どうも反りが合わんくて」
「いえ、こちらこそ申しわけありませぬ。未熟とは思っておりましたがよもや、"天帝勅命"の最中にあのような真似をするほどとも思いませなんで」
「ああ、まあ……そこは正味、困りはしたな。のんびりしてはいたがそれはそれとして、実質300人分の霊力を出してたわけだし」
みどりちゃんは現場に来て日が浅い。ゆえに見抜けないのも仕方ないかも知らんが、椅子に座って雑談しつつでも天象術式は使い続けていたわけで。
つまりはそこそこお仕事してたのは間違いないのだ。隣でギャースカ喚くのは勝手だが、それで集中を途切れさせたらどうするつもりだったのやら。
ま、途切れないからこその火宮当主なんだがな。そう言って俺はからから笑った。さあ、帰ろうか。
一応念のためにと後詰めに回っていた者達も、今日の仕事が無事終わったことで安堵の息を吐いている。
当然ながら誰も怪我一つしていない。良いことだ。
荒事なんて、できることならないに越したほうが良いからな。3500年もひたすら魔物を食い止めてきた火宮として、平和の重みってやつはそれなりに教え込まれているつもりだ。
「……姫蔵綾音、か」
ふと、今日初めて話した姫蔵の男装令嬢を思い出した。
不思議な娘だったな。凛としているんだが、変にお人好しで、それでいて妙に気負っていて。
何よりどこか、平和でのほほんとした空気を醸す御仁だったな。
ああいう子が、ああいう子のままでいられる天象であるのが一番だ。日常生活の中にも悲喜交交はあろうが、少なくとも溢れかえった魔物の悪意で人々の笑顔が踏みにじられるような、そんな地にしちゃいかん。
改めて自分のこの使命の重みってやつを再認識する。隣で井上と如月の家老二人が、何やら生温い目でニヤニヤと笑っていた。
「なんだい」
「いえいえ、いやはや。若様もついに、恋をされたのですなあと。ふぉほほほほほ」
「こりゃめでとうございますれば。くくくくく。姫蔵の姫君は大層美しく、また振る舞いも艶やかで可憐でしたからなあ。人を寄せ付けぬ割に面食いの紫音様にとっては、ああいう意外にぐいぐい行く娘のほうが合いましょうて」
「…………アホ吐かせっての。美人で気立ての良さは認めるが、高嶺の花が過ぎるわ。そも俺は恋なぞしとらんし」
また拡大解釈して馬鹿なこと言い出しやがった馬鹿二人めが、言えば言うほど笑みを深めやがるから始末に負えん。
たしかに姫蔵の姫さんは美人だよ、目ぇ覚めるくらいにはな。だがだからこそ俺とはまるで合わんだろう。
そもそも縁が無い。今日ばかりはたまたまの勢いで挨拶までしに来たが、それも姫蔵の立場ゆえのこと。
明日からはまた、お互い見向きもしない関係に戻る。お互いそのほうが良いのさ。いつ死ぬか分からん使命持ちの俺に、得体の知れん罪悪感を教え込まれた哀れな娘なのだからな。
「世に縁は無数にあるが、俺とあのお嬢ちゃんのそれはもう交わることはない。そしてそっちのほうが、御令嬢にとっても良いことだろうよ」
「若様は……当主としては素晴らしいお方ですが、男としてはヘタレですなあ」
「青い青い。我々家臣としては、若様のそういう人間らしいところは好ましいですがな。はっはっは!」
「ええい、帰るぞいいから! 明日も学校なんだよ俺ぁ。爺様方もはよ帰って風呂入れ、寝ろ! 歯ァ磨けよ!」
この手の話になるとさすがに年の功には勝てん。さっさと切り上げて俺は真っ先に進んで屋敷へと帰る。
誰がなんと言おうが、もう終わった話なんだよ火宮と姫蔵は、100年前に。今さらどう転ぼうが縁が結ばれることはないっての!
────そう、思っていたんだが。
「紫音さーん! えへへ、おはよう! 昨日はありがとうね、お家に招いてくれて! 今日も一日、一緒に楽しく過ごそうね!」
「……………………えぇ?」
翌日学校につくなり、その姫蔵の御令嬢こと綾音嬢が思いも寄らぬ勢いで俺に迫ってきて、太陽のようにニッコリと微笑んできたので、俺は自分でも珍しいと思うほどに混乱する羽目になったのである。
なんで?
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