第13話 柄じゃねえんだよな、正味

 いつも通りに《肘笠雨》を展開してあとは椅子に座るだけの作業をこなしとったら、みどりちゃんにまた絡まれた。

 曰くもっと当主らしくシャキッとしてくれとのことなんだが、んなことせんでも特に問題なく魔物は仕留めてるんだし良いじゃん別にって言ったら余計にキレられてしまった。

 

 こういうところがお互い、合わないところなんだよなあ。俺はそういう見栄えがどうのなんて考えてねえし、やることやってりゃ後はなんでも良いと思いがちなんだが、みどりちゃんは真面目なもんだから外面もしっかりやれと言う。

 世間一般には正しいのはもちろんみどりちゃんだ。それは間違いないんだが、そいつぁ火宮の考え方とは若干異なるってのは留意してほしいんだよなあ。


 とはいえ昔から年上らしく振る舞ってきたこの姉ちゃんは、未だに俺のことを5歳6歳の子供と思ってんのか聞く耳を持たない。

 家臣筆頭の井上大老なんて早々に逃げやがる始末だ。おう爺様よ、こういう時こそ主を立てる場面じゃねえのかね?


「聞いてらっしゃるのですか!? いいから椅子を片付けて凛とした姿を見せてください! いつまで子どものつもりなんですか!!」

「おっ、またぞろ活きが良いの発見。《通り雨》っと……たまには違う技も使うか? でも効率があんま良くないしなあ」

「っ……!! 当主だからと良い気になっておられませんか!? 私は年上ですよ!?」


 ひたすらぼーっと《肘笠雨》に打たれて散っていく穴奥の闇を見守りつつ、たまにデカいのが来たら《通り雨》で迎撃するだけの単調な作業。

 さすがに眠くなりそうなんだが、そんな時みどりちゃんの小言は良い気付けに……特にならんな。

 そろそろ鬱陶しくなってきた。年上だからなんなんだ、一体。


 ちょっとずつうんざりしてくる俺。で、こういう機微を瞬時に察してやってくるのがみどりちゃんの爺さん、如月郷間だ。

 この爺様は孫と違って俺のスタンスには寛容なんだよね。いや火宮重鎮はみんなそうなんだけども。

 ブチギレまくりの孫に割って入って、彼は呼び止めた。

 

「みどり。何をしている、いい加減に黙れ」

「っ、しかしお祖父様!!」

「当主様が命懸けで天象術式を敷かれている中でお前は何をしている。火宮そのものたる紫音様にそのような大口を叩くなど、貴様はいつからそんなに偉くなった? 身の程を知れと何度言わせる!」

「お祖父様まで……!?」

 

 よもやの叱咤に驚いてるな。いやまあ、残念だけどこれが火宮なんだよ、みどりちゃん。

 世間様はともかく火宮は、とにかく実力主義だ。結果主義と言っても良い。どれだけ頭がよろしかろうが、どれだけ体が動かせようが……肝心要の"天帝勅命"周りで足引っ張るようなら、お呼びじゃないって一族なんだわ。


 で、その基準から言うとみどりちゃんいらないんだよね、現状だと普通に。

 経験を積ませたいからって郷間の頼みで、補佐としてこの数ヶ月ほど仕事に参加させたが、霊力が人並みなのは良いとして魔物を全然倒せてないんだもんよ。


 これについては最初の頃、何度か言ったんだけどね。

 みどりちゃんってば"私の役割は御当主様の補佐です。補佐が矢面に立つなどありえませんよ"と真顔で返してきたもんだから、こりゃどうしたもんかなと頭を抱えたのを覚えている。

 すぐに郷間に言って再指導してもらったんだが、どうも理解してもらえなかったみたいだな、この様子だと。


 別に彼女の有り様や思想を否定したいわけじゃない。ないんだが、それを踏まえても人には向き不向きってのがあるよなと。

 みどりちゃんの真面目さは尊敬できるものだと思うし、勉強ができるなんてマジですげーとも思うんだよ、これホント。


 でもま、それって今のこの場所には必要ないものなんだよね。

 俺は穴の底を見据えながら、静かに郷間の名を呼んだ。

 

「郷間。みどりちゃんたぶんここには合ってないから、よその部署行ってもらってくれ。少なくともこの山にはお呼びじゃない」

「…………!? な、と、当主様!?」

「……已む無しですな。弁解させていただくならば、孫娘は紫音様の補佐には合わぬというだけでして」

「もちろん分かってる。俺のスタンスが世間ズレしてるだけなんだよ。世の中って枠組みで考えたらみどりちゃんのがよっぽど引く手あまたさ。ま、ミスマッチングってだけの話だからお互い気にせずいこうや」


 受け入れしといてやっぱいらねーってするの、すげぇ気まずいんだけどさ。こっちもこれで命懸けだから。

 ほとんど何もしてないようなやつに耳元でキーキーと指図される謂れもないんだよね。そこについては老若男女誰であれ、俺は容赦なく切るよ。邪魔だかんな。


 ……これが俺の火宮だ。"天帝勅命"にすべてを捧げる俺の代だ。

 親父も、爺ちゃんも、曾祖父ちゃんもずっと勅命執行に命を懸けてきた。俺ももちろんそうする。


 幸い、俺は長い歴史の中でもそれなりに資質のあるほうの火宮らしい。

 だったら思う存分やりたいように使命を背負いきって、後の評価は俺がくたばってから後のやつらに託せるようにするさ。それができるように天象の地は、そっくりそのまま次代に遺す。

 そのためならば他のことはどうでもいい。それが俺、火宮紫音の火宮家なのさ。

 

「し、紫音くん……! どうして……あなたそんなんじゃ、火宮の名に、泥を」

「弱小貴族に落ちぶれた時点でいくら泥引っ掛けられてもノーダメだろ……ごめんなー、みどりちゃん。短い間だったけど世話んなったわ、次の部署でも頑張ってほしい」

「…………火宮は、もう、終わりよ……!!」

 

 終わらんさ。終わる時は天象ごと終わる時だ。そしてそんなのは少なくとも俺の代にゃ来させねえ。何をしようともな。

 俺を睨みつけて吐き捨てるみどりちゃんを、郷間が腕を取って連れて行く。


 難儀な話だ。

 やっぱり人様を率いる器じゃねえやな、俺は。

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