第12話 この御方こそ、火宮の集大成だ(郷間視点)
それにしても毎日毎度、その姿を見る度に感動と感激を覚えるしかない。
天象・火宮総本家を束ねる168代目当主、紫音様が椅子に腰掛けながらと繰り出す霊力に火宮家臣たる私、如月郷間は感嘆の念を漏らした。
「ふあーあ。山の上は電波も通らんくてスマホが使えんのが困る。爺や、どうにかネット回線をここにまで引けれんか」
「難しいでしょうなあ。業者に頼もうにもこの山の危険度は知れ渡っておりますゆえ、長期の工事ともなるとなかなか手配も難しいですぞ」
「あー……それに設備維持やら費用対効果とかもあるか。財政にゃ困っとらんがさりとて、無駄遣いはうちの大蔵大臣が許さんしなあ」
「財務担当の角野家を納得させるだけの材料は……ま、この山にゃありませんな。今みたく、監視小屋に有線電話を一台取り付けるのがやっとですわい」
「違いない」
椅子に座って頬杖ついて、あくびなどしながら益体もない話を井上大老となさる。その姿はさながらキャンプで篝火を見ながら呆けている疲れ切ったサラリーマンがごとしだ。
だがしかして今、紫音様が同時並行して行われているそれは神業をも越えた奇跡の御業と言って良い。信じ難い威力の霊力でもって、次から次へと吹き出る悪意の塊……すなわち魔物を無理矢理に殲滅して押し込んでいるのだから。
軽いノリで行っているそれを、御当主様以外のものがやろうとすればたちまち死に至る。抑えきれず魔物に飲み込まれるより先に、霊力の使用し過ぎで干からびて死ぬのだ。
それは畢竟、生命力の枯渇。今なお穴へと降り注ぐ天象術式の一発一発に、火宮の平均的な術者が生命を賭して放つ威力が込められていた。
なんというデタラメか!!
「当主様、マジですげえな……あれで2時間以上もそのままなんだから本当にやべえよ、人間業じゃねえ」
「さすがは3500年続いた火宮の当主様だなあ。さしもの姫蔵も、"天帝勅命"に関わる一切だけはまったく手を出せなかったみたいだし」
「霊力を持たない家系なら仕方ねえよな。まあ他の面倒事はみんな持っていってくれたし、それだけでも大助かりだわ」
「それな」
後ろで分家の若者達も、紫音様の異質さに半ば戦慄しつつも賞賛している。さもありなん、火宮の霊力を持ち"天帝勅命"を果たす役目を負ったものであれば、紛れもなくこれが神域の業であることを知っているのだから。
今でこそ勢力としては衰退している火宮だが、未だに天象の要であるのは間違いないのだ。だからこそ天帝陛下も年に一度は火宮を訪れ、紫音様はじめ火宮へと手厚い支援をしてくださっているのだから。
立場上間違っても口にはすまいが、そういう意味では姫蔵よりもはるかに値打ちがあるのだ、火宮のほうが。その評価基準が天帝陛下の視座に近くなければ理解できないほど高度なものゆえ、一般的な貴族達では判断しきれていないだけで。
もちろん、それを論えて我々こそが崇高なのだと主張する気もない。3500年の歴史を誇る火宮は、そのような真似はしないのだ。
御当主様のように、な。
「それにしても姫蔵の姫君か……器量の良い娘だった。ずいぶん惨い教育を受けているようだが、それはそれとしてああいう娘が若を支えてくれたならばなあ」
思い返すは夕暮れ時、こちらを訪ねてきた姫蔵の綾音嬢のこと。
なぜだか男装してはいるが見目麗しく、芯の通った強い目をした御仁であった。若様に対しても、教育の中で背負わされてしまったのだろう罪悪感を抱えた不憫さはありつつも、それでも気兼ねないやり取りをしていたように思う。
護衛とかいう犬どもはよろしくないが、あの姫君は良い、実に。当主に就任されてから、忙しいというのを口実に女っ気どころか人っ気もなくした紫音様にはああいう娘が似合うやもしれん。
昔は孫のみどりを、若様のパートナーにと思っていたのだが、なあ。
「御当主様! もっとしっかり仕事をしてください、椅子に座ってダラリと怠けて恥ずかしくないのですかっ!?」
「別にぃ。何してようが結果、勅命を遂行できてるんならそれで良いんだよ。今、打ち漏らしがなんぞいるか?」
「周囲からの印象の話をしています! 本来ならば天象を治めるべき御方がこのザマでは、とてもでなく姫蔵からすべてを取り戻すなど夢のまた夢です!」
「そんなもんそもそも夢にした覚えがねえわ、悪いなみどりちゃん」
……アレでは駄目だな。うむ。
気概は買うが周囲も現実も見えておらん。自分の信じた正しさで相手を怒鳴りつけるだけの、理解させ納得させる気がない小娘よ。
結果がすべて、と仰る若様もまだまだ若いが、とはいえ御方はそれを言う資格がある。他の場所ならいざ知らず、火宮では力と功績こそがすべてに優るのだ。
3500年を毎日戦い続けた、血まみれの一族らしい野卑さで恐縮だが。その末に紫音様という最高到達点を生み出せたのだから、そこに間違いはなかったと断言できる。
そも、若様は完璧だ。当主になる前、5歳で"天帝勅命"をこなし始めた時から御方がいらっしゃる日は一切の打ち漏らしがないのだから。
10年以上、目に映るすべての魔物を屠り続けた御当主様に今さら説法を垂れるなど愚の骨頂。
みどりは昔からそうだった……敬いの素振りを見せつつも、どこか若様を侮り続けているのだ。補佐につける中で少しでも己の色眼鏡を外してくれぬかと期待したが、どうやら駄目らしい。
「まあ、火宮本家直属だけが生きる道にあらず。分家の姫として、他の仕事に精を出すのもありだろう。本人の意志とはかけ離れるが……ま、今生は縁がなかったということかな」
静かに孫娘を、分家に戻す算段を立て始める。今のままではみどりはともかく紫音様に申しわけが立たん。
というよりそのうちに怒りかねん。分家にとり本家の怒りを買うのはまさしく死にも等しいのだ。御当主様は気の長い、お優しい方ではあるがそれにも限度はある。
許せよみどり。お前より若の機嫌のほうがはるかに重要だ。
すっかり冷めきった目と頭で孫娘を見つつ、私は先ほど同様、一喝しに当主様の下へと向かった。
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