第11話 3500年の日課ってやつだな

 辿り着いたぜ山の頂上。つってもそこまで標高も高くないんだが。

 えっちらおっちら登ること一時間ほどだからまあ、良い運動になるよねくらいのもんだ。最近じゃ肝心の"天帝勅命"の際にもほとんど動かないから、ここへの行き帰りがもっぱら毎日の運動みたいなもんだよ。

 

 そんな山の頂上は木々が生えた豊かな自然って感じなんだが、そん中でも本当に頂点にあたる付近には不自然なまでに草の一つも生えていない。

 ただ、ぽっかりと空いている大きな穴があるばかりだ。深くて底の見えない深淵の穴……魔物が生まれ出る、この天象の地における災厄の中心がこいつだった。

 

「おっし、各員配置につけ。見張りは交代だ、お疲れさん」

「各員配置につけーい! 見張りも交代! 霊力準備、はじめーっ!!」

「いつも通りだ、気負わずいけよ諸君」

 

 俺の指示を受け、みどりちゃんが声を張って全員テキパキ動き出す。反面に他の家臣達はまあ呑気に用意しているよ、経験の差だなあ。

 毎日やってることだし、動きに淀みなどない。3500年の歴史の中で、完全にやり方がマニュアル化されてるんだな。洗練されきったこの集団は、たとえ昨日今日入りたての新人がいたとしても問題なく最大限有効活用できるよう誰もが仕込まれている。

 

 俺は大穴の前に陣取る。あらかじめ用意させていたキャンプ用の上等な椅子に腰掛け、大穴を見やった。

 これからやることはさっきも言ったが魔物の討伐。本来であればみんなして刀なり槍なり弓なり銃なり構えて殺気立つ様相なんだが、今日は俺がいるからな。

 家臣以下他の火宮達は一応警戒しているものの、俺がいない日に比べるとどうしても気が緩んではいるだろう。

 

 ま、そりゃそうだわな。俺が指揮する日は実質、開店休業みたいなもんなんだからよ。

 ゆっくりと霊力を引き出す。あまり出しすぎるとここら一帯吹き飛ぶから、極力自重して加減しての、蛇口で言えばちょっと水滴が溢れるくらいの量だ。

 

「っ、始まりました! 当主様が、"天帝勅命"を開始されます!!」

「よーし今日は若様がいらっしゃる、基本的には問題ないが運悪く這い出てきたやつだけ相手しろ。ま、どうせおらんだろうが」

「ですねえ。天才ってのは凡人の見せ場全部奪っていくんだからおっかねえです」

「聞こえとるぞー。口だけなら良いがマジで気ぃ抜きやがったらこの穴んなか叩き落とすからなー」

 

 軽口を叩く家臣どもに、こっちも負けじと軽口を返す。分家筋の部下達からも笑い声があがったあたり、悪い空気じゃなさそうだ。

 それでいい、それが良い。変にギスギスしちゃならんのさ、ただでさえ魔物なんぞと命懸けなのに。こういう稼業な以上、ほぼ毎日命張るんだ、せめて楽しくやってこうじゃないか。

 

 ──ま。俺が矢面にいるうちは誰一人だって死なせんがな。

 大穴の中からはそろそろ時間ゆえ、おぞましい寒気のする気配がわっさわっさと漏れ出てくる。

 虫とか獣とか鳥とか、まあいろんな形に例えられるのが魔物だが実情はただのガス状生命体の群れだ。ちょっと霊力を当てればすぐに霧散して消える。

 だから。俺は良い具合に調節した霊力をもって、大穴の中へと攻撃を仕掛けた。

 

「天象術式、《肘笠雨》」

 

 雨のように細く、鋭く、そして強力な刃の霊力を無数に降らせる。一応だがこれは俺の考えた技じゃない。

 火宮歴代当主にのみ伝わる、一子相伝の霊力を用いた戦闘法"天象術式"だ。主に範囲攻撃や遠距離攻撃に優れており、要するにハナからここで魔物を食い止めるためだけに特化した超攻撃的防衛術だな。

 

 ぶっちゃけこれで終わりだ、今日は。あと2時間ほど、《肘笠雨》を降らせ続けるだけ。常人だとさすがに交代しないとぶっ倒れるかもだがそこは俺、霊力量にはちょいと自信があるからこのくらいは余裕なわけよ。

 

「ふいー。っし、じゃあこのまま維持してるからお前らは引き続き警戒態勢。ないとは思うが打ち漏らして野に放つとかはなしだぜ。年に何回かあるんだが大捕物になって大変なんだよ」

「無論でございます、若様!」

「聞いてのとおりだ、皆の衆。当主様におんぶに抱っこはみっともないからよしとけよー」

 

 念のために警戒だけは怠らせない。結局人間のやること、どうしたってミスもすれば漏れも出る。

 ましてや魔物なんて得体の知れん化物相手だ、絶対に何をしようと毎年数体、漏れ出たやつが人里に降りて迷惑をしでかしちゃうものなんだよな。

 

 もちろんそういう取りこぼしはないように努めているし、漏れた奴らも迅速に見つけ出して始末している。だがいちばん大事なのはやはりここ、漏れ出た瞬間叩けるよう、きっちり後詰めを備えさせとくことなわけ。

 そのへんはみんなも分かってるから油断はしない。頼もしいね……安心して 《肘笠雨》を降らせ続けられるわ。

 

『ぴぎああああああっ!!』

「おっ、活きが良いのがいるな。 《通り雨》」

 

 言ってる傍からでか目の暗黒気体がモリモリ、穴から出ようとしてきやがった。どういうつくりなんだか、こいつら気体でもあり群体でもあるようで個体差があるんだよな。

 問題ない。《肘笠雨》を展開しつつ局地的に特大の霊力を放つ《通り雨》を使用。見た感じ並の火宮だと数人がかりでどうにか対処できるくらいの大物と見たが、運が悪かったな。

 朝飯前だ。

 

『ぐげ、ぎ、あ──』

「3500年も、お前らすげえ根気だな。付き合う火宮も火宮だがよ」

 

 消えゆく気体を見下ろし、つぶやく。

 3500年も互いにこんなことしあっている、魔物も火宮もなんだか侘しいねえ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る