第10話 道中は賑やかでナンボなわけよ
天帝陛下の収めるこの世界は空と大地と海とに分かれており、その中でも大地に根ざしているのが俺達人間だ。
いくつかの大陸、いくつもの国が大地にあるが……俺達が暮らす天象もまた、そのうちの一つ。自然豊かで温暖な気候と、恵まれた土地と言えるだろう。
ただ、それゆえかは分からないがこの地には一つの大きなリスクも伴っていた。天象を象徴する山の頂上から、毎日毎日決まった時間、得体の知れない怪異が吹き出るのだ。
それを"魔物"と天帝陛下は名付けられた。ありとあらゆる怪異災害、不幸、そして凶事の元となるモノどもである、と。
3500年前にこの地を掌握された陛下には、即座に魔物どもに対抗する策が必要だった。
つまるところそれが俺達火宮の初代、大殿井鷲部天象火宮誠十郎清久とその血族だった。名前の長さは気にするな、昔の人はなんぞこんなんだったんだとよ、みんなして。
火宮の血族には不思議な力があった。魔なるモノすべてに特別な浄化効果を持つある種の生命力で、いわゆる超能力の一種と言って良い。
"霊力"と。そう呼ばれる不思議パワーを持つ一族だったんだな。
魔物にも有効なその力を持つ火宮は、天帝陛下から初めての勅命を頂いた。
"毎日、夜に数時間。山から吹き出る魔物を食い止めよ"ってな。要は防波堤の役割だ、あるいは番人か? ……いずれにしても、あまねく世の盾になれと言われたわけだ。
天帝陛下の命令が絶対だってのもあり、初代はそいつを引き受けた。そして以後3500年もの間、一日だって欠かすことなく永遠と代を重ねつつ、山の魔物を表に出さないように気張っている。
結構すごいだろ? 天帝陛下も火宮のことは未だに気にかけてくださっていて、この100年で衰退したことを案じて"天帝勅命"をこなすことで毎月得ている報酬の額を洒落にならんくらい跳ね上げてくださっている。
やっぱ先立つものはないと困るし、そういうところを理解してくださる陛下はすげーと思うね、うん。
「……そう考えると、姫蔵に下剋上かまされたのも別に、悪いことでもないよなあ」
「なんですか急に、紫音様」
「いやあ、今の火宮は"天帝勅命"だけこなしてりゃ銭が勝手に増えていくから楽だなーってな。姫蔵の立場は色々、面倒そうだなーっとも」
そんなわけでさっそく山に登って魔物退治に赴く俺達。当主の俺と、家臣の何人かとその息子娘に孫ども、そしてその部下達だ。
そろって武闘派ばかりを総勢150人ほど選りすぐっている。俺がいないとこれが倍になるので、今日はまだ少ないほうじゃないかね。
中でも山道を登る俺の隣、ぴったり並んで歩く娘と話をする。家臣の爺さんの孫娘で、名を如月みどりという。
いわゆる幼馴染に近い2つ年上の女性なんだが、"天帝勅命"を成すにあたっての俺のサポーター見習いを最近になって行い始めている娘だ。
勉強ができるそうでそこは良いんだが、どうにも生真面目すぎるのが玉に瑕でね。ちゃらんぽらんの俺とは反りが合わない。
今もほれ、姫蔵大変そうだなーって言った俺を目ぇ吊り上げて叱りつけて来やんの。
「嘆かわしい……! 歴史と伝統ある火宮の、最新当主たる紫音様がその様でなんとしますか! 姫蔵はたしかに大変でしょうが、だからと言って凋落した今の火宮を良しとするなど言語道断です!!」
「まあそう言うなよみどりちゃん。肩の力抜いて行こうや、仕事前からそんなだといざという時おっ死ぬぜ?」
「若様は肩の力を抜きすぎです! まったくもう!」
ぷりぷり怒るみどりちゃん。これだよ。なんかあるとすぐに火宮の昔の栄光を取り戻せーって言い出す。気持ちは分かるけどこれも時勢だ、盛者必衰は仕方ないんだって。
みどりちゃんよりよっぽど家にこだわりがあろう家臣達でさえ、とりあえず"天帝勅命"さえやっとけば良いんじゃない? 的なことをちょくちょく言ってるしな。
腹の中じゃどう思ってるかは知らんが、俺は実際に発言したことで判断するぜ。家臣達ももう、今さら返り咲きとか思ってないわけ。
……逆に言えばそれさえこなせなくなった時が本当に火宮の終わりなんだが。そん時こそ本当に俺には関係ないことだ。
使命をこなせない俺ならもう、死んでるだろうしな。
と、バチクソキレてるみどりちゃんに家臣の爺さん、如月んとこの御隠居が近づいてきた。
これもお決まりの流れだ。俺の不甲斐なさに怒る孫娘を、この爺さんが一喝する、と。
「みどり、ええ加減にせんか」
「お祖父様! ですが若様の物言いはあまりにも情けなく……」
「3000年も栄華を誇っておいて、この上なお絶頂を望むなどそれこそ情けなかろう。それに当主様はこれでいて誰よりも"天帝勅命"を果たし天象を護る使命に殉じておられる御方。物の道理も弁えぬ小娘の浅慮に惑う方ではないわ!!」
「っ……!!」
ほら見ろこうなった。嫌なんだよなあガチ説教、俺にも飛び火してきそうで。
たまにあるじゃん、定食屋とかで客の真ん前で店員を説教しだす人。別に説教そのものはとやかく言わんけど客の前でやるなとは思うよな。
今、隣で繰り広げられている説教劇はその時の感覚に近い。自分とこの家、如月の屋敷に戻ってやってほしい。
というか緩いんだよねそもそも、今から仕事だってタイミングでこんなやり取りしてる時点で。綱紀粛正的なことを度々口にするみどりちゃんも、結局はゆるふわ火宮家の一員だってわけ。
ちょっと面白くて口元を歪めつつ、俺はそろそろ二人を止めた。
「おう、もうぞろ頂上だ。仕事前の楽しいお話しはそのへんにしとけー」
「! 失礼仕りました、若様」
「し、失礼しました……っ!!」
祖父孫揃って息ぴったりに謝罪してくる、なんだかんだ仲良しみたいで何より。
ま、言った通りそろそろ頂上だ。お仕事の時間にまで喧嘩してたらさすがに殴り倒すから、そこは切り替えていこうなー?
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