第9話 お仕事前の腹ごなしってね

 急遽な流れで行われた姫蔵との挨拶だが、概ね和やかに問題なく上手いこと行ったんじゃないかなと思う。

 概ねってのはアレだな、姫蔵はともかく護衛の逆ハーどもがやたら悔しげに俯いていたのがどうにも不穏だったからだ。

 

 きっちり30分、話をした後に挨拶も終わったってんで姫蔵さん方にはお引き取りいただいた。

 こっちもこの後"天帝勅命"があるからな、向こうさんもそれは理解してくれて、応援なんかしてくれつつも去っていったのだ。

 

「……姫蔵の御令嬢とクラスメイトなのは存じておりましたが、よもや今さら接点を持つとは思いもしませなんだなあ、若様。それもずいぶん好意的ではありませぬか」

「昼間、馬鹿どもに絡まれてるところを助けたからな。それでどうも変に懐かれだしてる感じはするが」


 客人が去った後の討議の間にて、夕礼がてら晩食をとる。毎日決まっての握り飯と御御御付け、新香。加えて商店の肉屋からの献上品のステーキだ。

 腹が減っては戦はできんからな、齧り付きながら、あるいは啜りながらも家臣達と話をする。


 まあもっぱらさっきの姫さんについての話だ。どいつもこいつもにやにやしやがってからに、ついに俺にも春が来た!? じゃねえんだよ野次馬が。

 姫蔵綾音……たしかに妙に好意的だったが。昼にあんなことがあったら多少はそうもなると思ってるんだがな、俺は。こう言っちゃなんだが結構箱入りと言うか、世間を疑うことに慣れてなさそうだし。


 俺の見解を話せば、家臣の中でも一等、年のいった婆様が笑った。血の滴るようなステーキに大口開けて噛み切りつつだから、知らん人が見りゃなんかの怪異みたいだ。

 愉快げに婆様が語る。


「それだけでもありますまいて。若様が来られるまでの間、少しばかり話をしましたが……姫蔵はどうも相当、火宮に負い目を感じ取るようですのう」

「ああ、ですなあ。100年前にあちらの初代を援助したのが火宮で、その後見事に下剋上されたわけですが……今の当主がそれをずいぶん気に病んでいるというのは時折噂には聞いておりました」

「はあ? 新進気鋭、天下の大物貴族がそんなこと気にしてんのかよ。ってかまさか大恩だ負い目だ言ってたのはそっちか? あんなお嬢さんまでそんなふうに感じてるってのか、そんな昔のこと」

「おそらくは」


 火宮と姫蔵の因縁ってかつながりは、そりゃ俺も火宮一族の連中もみんな知ってるけども。こっちゃ特に気にしてなければ、姫蔵に負い目を感じろ恩に思えなどと言った覚えもない。

 下剋上だって見事なもんじゃないか。一代で身を立てた初代姫蔵は大したもんだって俺は思うし、先代の親父や母もそう言ってたよ。


 それ以前にそもそも100年も前のことを持ち出すなって話なんだが、あんまりそこを言い過ぎると3500年間もひたすら同じことしかしてこなかった火宮に刺さりすぎるからさすがにそれは言いたかない。

 にしても、姫蔵はいくらなんでも気にしいだなって俺としちゃ思えちまうやなあ。


「時折俺相手にやけに下手というか、服従寸前みてーな危なっかしい言動してたのはそこらへんか?」

「ま、その手の教育を施されたのでしょうて。正直、見ていて哀れに思えましたわ、この婆には。若い身空でずいぶん、罪悪感に呪われとる娘御じゃなあと」

「そもそも罪もないものを……仮に罪だとして、先祖の罪を子孫が償うなどというのは筋からして通りますまい。よその家のことゆえ関わりはしませぬが、あまり愉快なものではありませんなあ」

「…………だな。そいつぁさすがに、あのお嬢さんもだし姫蔵そのものも不憫だ」

 

 なんとなく見えてきた気がする。姫蔵の火宮への感情とか、あの嬢ちゃんの俺への態度の理由とか。

 はっきり言って姫蔵内の問題だし、火宮はもう凋落してんだから口出しする権威も権利もありやしない。ゆえに身内の席での話でしかないが……難儀だな。あの娘さんも。

 

 変に先祖のことで罪悪感を背負って、せめて詫びにと今日、ここにやって来たのかね。当時の経緯について、火宮と姫蔵で認識が違う可能性もあり得る。

 いずれにせよもうとっくの昔に終わった話で、少なくとも今現代の火宮は文句ないんだから気にしなけりゃいいんだけど。それができないのが悲しいかな、誇り高き姫蔵ってわけなんだな、たぶん。

 

「ま、挨拶もしたしこれで向こうも一段落つけたってことで、これまで通りの距離感だろう。姫さんはともかく護衛のほうはあんまり出来がよろしくないようだし、こっちもことを荒立てたくないしな」

「あー。可愛らしい犬が三匹、つぶらな瞳を潤ませておりましたなあ」

「護衛をするからには腕に覚えがあるのでしょうが、それでも火宮相手にはいささか、ですな」

「それでも相手をするのは姫蔵とことを構えることになりかねない。やり辛えわ、実際」

 

 肩をすくめる。やって良いんならあんなアホども、昼間のバカ三連星と大差ない。ワンパンだワンパン、もちろん腹な。

 それでもあいつらも姫蔵の分家筋だもんで、叩きのめしたら即座に大問題だ。姫さんを見るに本家はどうか知らんが、あんなアホどもを育てた分家ともなればそりゃもう怒り心頭になるだろう。

 

 ……もう手遅れだったりしてな。そうなったらもうお手上げだ、こっちとしてはやることをやるしかねえ。

 あんまり面倒は好かんのだがね。世はなべて泰平、なんてなかなか行かんもんだねえ。

 

「──ふう。ご馳走様。美味かった、これでバッチリ力がついたな」

「ですな。それでは"天帝勅命"と参りましょうか」」

 

 ぱんっ! と両手を合わせて感謝を述べる。食材はもちろん料理を作ってくれた使用人達、食材を提供してくれた天象の民達への果てしない謝意だ。

 ありがとうございます、今日も美味しくいただきました。得た糧をもって我々火宮は今日も、天象を護るべく力を尽くします……よし!

 

「おう。これも仕事だ……お山の掃除と行きますかね!」

 

 立ち上がり、家臣達に告げる。

 夜の帳が下りゆく頃合い。俺の当主としての仕事が始まる。

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