第7話 結局お飾り当主ってわけよ
学生服から着物へ。質の良い黒基調の紋付袴を着こなし、肩から桜模様の羽織をかけてできあがり。
いかにも昔ながらの天象男子の装束。古めかしいのはたしかなんだが、これが意外と俺は気に入っていたりする。なんとなくカッコいいしな。
最後に火宮お抱えの鍛冶師に拵えてもらった刀を一振り、腰に提げる。
仕事道具なんだが最近はめっきり使うこともなくなった。ガキの頃は遮二無二振り回してたんだがね、これも成長か。
さて準備完了、使用人を従えて部屋を出る。屋敷の左端、目指すは家臣と客人の待つ討議の間だ。
道中、従者に指示を出す。
「客人もそう長くはいない、30分くらいか。それが終わればすぐに夕礼を済ませて"天帝勅命"にあたる。晩飯は握りと汁物は当然として他、今日のメインは?」
「ステーキを各人分、用意できました。商店の平山肉屋からの献上品です」
「そうか、あそこはもうじき臨月だったな。いつもの謝礼に祝い金も上乗せしておいてくれ。もちろん後日、俺も直接挨拶に行く」
「畏まりました」
うちの、火宮の仕事……"天帝勅命"は3500年続いてるらしく、天象の地の平穏を維持するために行う、まあまあ大事な業務だ。
毎日毎日、歴代当主はじめ本家から分家の有力者達がローテ組んでことにあたっている。火宮家がこの地に大いに隆盛したのも、そんな特異性あってのものと言えるだろう。
だもんで、地元の商店からはいつも金銭でない形での献上品を頂いていたりして、それを夕飯として食べるのが昔ながらのスタイルだった。
姫蔵が成り上がったことで没落に近い形になった今でも、町の人達は変わらず献上してくれるんだから本当にありがたい話だよな。
件の肉屋のところはもうじき子が産まれる。だから余計に火宮に頑張ってもらいたいところではあるのだろう、万一にも勅命が果たされないでは天象の地も大変なことになるしな。
それゆえのある種の投資ってところか。なんにせよ近々、改めて礼を言わねばならんな、こいつは。
他にも天象の地は特に火宮近辺、今では姫蔵の土地と言って差し支えない部分の人々が、それでも次々火宮に支援をしてくれている。
まあ、あれだな……やる気なんぞないが、ちゃらんぽらんだが。それでも彼らがいる限り、火宮はたとえ家なしになろうが死のうが、使命をまっとうせにゃならんとは思うよ。うん。
「……さて。姫蔵さんのご様子は、と」
言ってる間に討議の間に着いた。中では何やら話をしているようで声が漏れ聞こえてくる。
特に言い合いとかそういう、面倒くさい話ではなさそうでそこは何より。火宮は気にしてないのに、どうも御令嬢のほうは何やら気にしてそうだしなあ。
使用人が正座し、中いる者達に俺の来着を告げる。いつもは普通にズカズカ入って終いなんだがな、客人がいると最低限の対面を取り繕うのにどうしてもな。
こういう堅っ苦しいのも正味嫌なんだが今回ばかりは仕方ない、ゆっくりと開かれる襖の向こう、正座して待つ彼らを前に俺は口だけへの字にして仁王立ちしていた。
「御当主様のお成りにございます!」
「ははぁーっ!!」
「…………いや、アホか」
駄目だわ、ツッコまずにはいられなんだ。テレビドラマの時代劇じゃねえんだよ、今どきお成りはないわ、さすがに。
縦長の部屋、左右に分かれて並ぶ家老達がへいこらして頭下げてるがどう考えても面白がっている。なんなら声から笑ってるやつまでいるんだ、気づかんわけもない。
くそ、俺の代になってから実質初めての客人ってことで浮かれてやがんな、爺婆ども。
思えば中学2年で当主になってからすっかり人付き合いも悪くなっちまって、友達もへったくれもない生活だったからな。俺のことを当主として認めつつもそれはそれとして孫だか曾孫だかくらいにも思っている家臣連中からしてみりゃ、今回姫蔵がやってきたなんて二重の意味で天地ひっくり返るような衝撃だろうよな。
難儀だぜ……家臣の隣で俺を見て呆けてる姫蔵と、さらにその隣で悔しげにしてる逆ハー三人も含めて。
どうも今日は星の廻りが悪いなと思いつつ俺は、ズカズカと歩いて彼らを横切り、大広間の上段の間へと向かいどっかと腰を下ろした。
「……とりあえず顔上げなって。柄にもないことしてんじゃないよ、爺ちゃん婆ちゃんら」
「いやいや若様。いけませぬなあそのような口振りは。せっかく、くくく姫蔵の御令嬢がいらっしゃったのです、火宮としては未だ衰えぬ3500年の意志を示さねばなりますまい」
「面白がってるだけだろ、ったく……良いから初めるぞ、今日も仕事が待ってんだ。姫蔵さんにゃ悪いが、暇じゃない以上はさっさと済ませにゃならん」
案の定面白がってやんの。家の親父どころか爺様の頃から火宮を支えてきてくれた大老達を見る。
彼らは火宮分家の元当主ばかりで、今や息子娘に次代を引き継いだ身の上で俺に仕えていてくれる。昔からそうなんだが、よそはともかく火宮はとりあえず本家分家関係なく自分とこの家を護り、その上でやることがなくなったら本家の手伝いしてくれよな! って形を取っているのだ。
ちらほらと、俺の親父くらいの歳のまだ若い人らがいるのがその証拠だな。彼らは早めに跡取りに分家の舵取りを任せ、その上で俺の手伝いをしてくれている。
そういうのも含めて、悪態こそつきつつもなんだかんだとありがたく思える人達だ。
ていうか彼らなかりせば、俺みたいな若造たちまち火宮を瓦解させちゃってるだろうからな。
軽口を叩きはしても、本気で機嫌を損ねるわけにはいかん連中ってなわけよ。
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