第6話 物好きに囲まれた屋敷さ
門を開ければうちの使用人が数人、頭を下げて出迎える。いつもは一人だけなんだが、今日は珍しくも客人付きってことでこの人数のようだな。
鞄を預け、屋敷に案内する。今日は庭園の手入れを頼んでいる地元の造園師が来ており、こちらに向けて挨拶がてら頭を下げてきた。
それに軽く手を挙げつつ応じていると、三歩後ろにピッタリ張り付く姫蔵が話しかけてくる。
「すごく立派なお家だね……! それにあちらの造園師さん達、天象一と名高い海野流の本家さん一派じゃない?」
「ん? ああ、たしかにありゃ海野の爺様んとこだな。よく知ってるな、マニアか?」
「有名だよお! 姫蔵の屋敷のお庭の手入れもお願いしてるんだけど、海野流はお金より人柄を見るからなかなか気に入ってもらえなくて」
「あー……偏屈だしな、海野の爺様は。当主になった俺にも普通に突っかかってくるから、縁切りのつもりで最後にと思って大喧嘩してやったら逆に気に入られちまった。姫蔵もそうしてみたらどうだい」
「そ、そんな無茶苦茶なことできないよう……!」
たしかに海野造園ったら天象一の造園会社で、遡ること800年もの歴史を持つ大家ではあるんだが。
今の、もはや天下を掌中にせりと言わんばかりな姫蔵がそんな下手に出るほどの相手とも思えんのだけどな、爺様にゃ悪いけど。
まあせっかくだしと海野との縁というか、俺個人なりのエピソードを教えて奨めたら姫蔵の御令嬢は首が千切れそうな勢いで左右に振る。
それもそうか……俺にしても別に、押して駄目なら引いてみろとかって話ですらなく普通にぶん殴って追い出してやろうと取っ組み合いしただけだし。その後なぜかあの爺様が、やけに俺を気に入ってきたってだけの話だ。
庭の話もそこそこに屋敷に上がる。無駄にだだっ広い入口に、これまた何人かの使用人が待ち構えている。
家令こと元治爺やもいるな。ガキの頃から世話になってる人だ。渋くてダンディな爺ちゃんなんだが、洒落のつもりで眼帯を左目につけてるお茶目さもある。
「当主様、おかえりなさいませ。姫蔵綾音様と護衛の方々も、ようこそお出でくださいました」
「ただいま。連絡の通りちょっとだけ挨拶させたい。家臣団は?」
「討議の間にて揃っておられます」
「おう、じゃあ先に客人をお通ししろ。俺は仕事着に着替える。姫蔵の挨拶を済ませたらすぐに仕事だ」
矢継ぎ早に指示を出す。本当ならいくら使用人だからって年上にこんな横柄な口、利きたかないんだが俺は当主だからな。
上に立つ者としてこのくらいの振る舞いはしてくれって家臣から本家から分家、果ては使用人達のの上から下まで全員に嘆願されちまったからには仕方ない。
根が小心者だから、そのうちこんな口振りに耐えかねて誰ぞか下克上企てるんじゃねーかとも思うんだが、まあそん時ゃそん時だ。
"天帝勅命"さえこなせるんなら極論、俺じゃなくても良いからな、当主なんざ。
難儀なもんだと肩をすくめつつ、俺は後ろに並ぶ姫蔵に告げた。
「つうわけで姫蔵さんよ。悪いがこっちも準備ってもんがある、先に家臣達のところに行っといてくれ」
「う、うん。いえ、はい! よろしくお願いします!」
「畏まりました。それでは姫蔵のみなさま方、どうぞこちらへ」
爺やに連れられて案内される姫蔵達。逆ハーどももすっかり大人しくなってるな。それほどまでにさっきの姫蔵からの通告は聞いたか?
ま、なんでも良いんだがな。実は家臣どもを闇討ちするつもりでしたとかだとしても一向に構わん。返り討ちにあって終いだしな。
さてと、俺は自室に向かう。屋敷の一番奥、かつては先代の父が使っていた当主としての部屋だ。
親父は仕事中の怪我で引退を余儀なくされ、今は母とともに天元で療養がてら隠居している。未熟者の息子一人に全部丸投げしてんじゃねえよと言ったんだが、
『ははは片腹痛くて腸出そう。お前が未熟なら火宮3500年なぞ赤子以下じゃわはははは』
『ほほほほいとおかしくて草生えそう。当主ったってあんたはあんたでいるだけでなんの問題もないわよ紫音。あっ、でも調子乗ってハーレムいっぱい夢いっぱいはダメよ、未成年だもの』
などと、ふざけたことを言いやがったのでたっぷりの金と天元一の名医と最高の保養地を手配して追い出してやった。
何がハーレムだバカっ垂れどもめ、精々まだ見ぬ弟なり妹なりでも拵えてのんびりしとけば良いんだ。
部屋に着き、さっそく服を脱いで着替える。客人待たすのも柄じゃないしな。
付き添ってきた何人かの使用人にも手伝ってもらうんだが、本当はこれもガキじゃねえんだから一人でできるよと言いたいところだ。まあ当主の務めとか言われると丸め込まれるんだが。
「悪いな、毎度毎度」
「これが私どもの至福にございます、紫音様」
「御身に仕えること、この上ない幸福です御当主様」
「さ、さよか……」
難儀なんだよなあ、この使用人達も。何がそんなに嬉しいんだか、老若男女揃って心底から嬉しそうにして。
先代の親父になら分かるんだが、こんな小僧に好んで傅きたいもんかね? 俺だったら絶対やだね、さっさと辞めて風来坊するわ。
ま、人の価値観は人それぞれか。
ありがたくもその忠誠を受取る以上、きちんと応えてやらんといかんなと改めて思いながらも俺は、着替えを済ませていくのであった。
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