第5話 おっかねえお嬢さんだぜ
別にここまでの反応は求めてないっていうか、普通にあはは面白ーで済ませてくれるだろうと思ってたんだが。
アレか、お人好しだからあんなごっこ遊びにも付き合ってくれてるんかね、にしても深々と頭を下げるのはやり過ぎだろうに。
俺の挨拶に過剰反応を示した姫蔵を、逆ハーどもは目を白黒させて俺と見比べている。ああ、これこのままだと俺への恨みに変わるやつだ。
難儀だな……まったく。俺は姫蔵に向け、ヘラヘラした笑みを向けた。
「いや何、急に。俺のごっこ遊びに付き合わんでいいよ、後ろの取り巻きもビックリしてるじゃんよ」
「そういうわけには参りません。途方もない悠久の時を、常に天象の地とともに在り続けた火宮という血族。その価値と意味を今、遅れ馳せながら理解いたしました」
「いいっていいって。今をときめく最新にして最大勢力の姫蔵様にそんなふうにされちゃ、俺は後ろの番犬くん達に噛み殺されちまう」
「っ……!!」
先んじて逆ハー野良犬どもに釘を差しておく。俺から見て、お前らはそのくらい信用ならんやつなんだぞと姫蔵の前で言ってやったのだ。
さすがに激昂して殴りかかってきたりはしないものの、視線で人が殺せたらとでも言わんばかりの凶悪な視線をしてやがる。
勘弁してくれよ? そういう目をされたらこっちも多少は言いたくなっちまうのさ、大人気なくて恐縮だけどな。
俺の、意図を含めた言葉を姫蔵がどう受け取ったのかは分からない。ただ、どうもこの子はマジで俺の当主ごっこを火宮168代当主の言として受け止め、自身も姫蔵の令嬢として話しているっぽいのはたしかだった。
「この者達が時折、不躾な視線を紫音様に向けていたのは存じておりました。その度に言葉で諭してはきましたが……申しわけありません。僕の、ひいては姫蔵の教育不足です。直ちにこの三人の護衛の任は解き、天象の地から去るよう命じます」
「姫様!?」
「なぜですか、急に!?」
「そ、そんな。姫様……」
「おいおい……」
にしてもやりすぎだ、極端から極端に行くなよ。
一方的にクビ宣告、ばかりか追放宣告までしだした姫蔵の過激さに逆ハーどもがいよいよ目を剥いた。
天象の地から去る。なんてのはとどのつまり国外追放だ。ただごとじゃないぜ。
この天象の地の周辺には天元、天蓋、天翠、天廊といくつか国もあるし、姫蔵ともなればそのへんにも分家はいようから最悪でもそっちに引き取ってもらえはするだろうけどもそもそもの追放ってのが過激だ。
姫蔵のマジ顔が美しくも怖い。俺はマズいと悟り、彼女に近づきその両肩にそっと手を置いた。
「あっ……」
「ストップだ姫蔵、落ち着いて正気に戻れ。なんのつもりか知らんが、ごっこ遊びはもう終いだ」
「……そ、そう紫音様が仰るなら」
「言葉遣いもおかしいだろ、さっきまでの学生モードで良いんだよ、お嬢さん」
「…………う、うん。ごめん、紫音さん」
どこか畏まったまま、それでも俺の言い分は理解したようで平常の様子に戻っていく。なんなんだマジで、こいつやばくないか?
なんなら戻った後もしれっと俺のこと"火宮くん"から"紫音さん"になってるし。そこも指摘しようかと思ったんだが、姫蔵はそれはさておきと逆ハー三人に振り向いた。
「ひ、姫……?」
「追放まではしないよ、脅してごめんねみんな。でも……何度も言ってたよね僕、火宮の方に無礼をするなって。なんで何回言っても聞けないのかな、僕の言うことはそんなに聞けないのかな」
「そ、それは……」
「護衛対象の言うことも聞けない、ましてやそれで紫音さんを不快にさせるような君達なら、本当にいらないよ? この天象には」
「ヒッ──」
おいおい、何が起きてる。姫宮の顔は俺からは見えてないんだが、逆ハーどもが怯えに喉を鳴らし、目を見開いて冷や汗をかいてるところからかなりのナニカになってそうだな。
三人衆はすっかり圧倒されて、何やらモニョモニョ言いながら俺に謝ってきた。
「も、申しわけありません……」
「とんだ非礼をば……」
「……ごめんなさい」
「あーはいはい、いーよいーよ。はいこれでチャラだぞ姫蔵、もう良いか?」
全然納得いってないのは分かるし、俺としてもこんな流れで謝罪されてもどーしろって話だ。
なのでお互い痛み分けじゃないかなってくらいの気持ちでなあなあに済ませて、この場で誰よりおっかねえ姫蔵の顔を覗き込む。
艶のある黒髪が軽くかかったつぶらな瞳が、俺の顔を映し出して彼女は笑った。
「んー……うん、仲直り! 重ねてごめんね紫音さん、次があったら今度こそ天象から消えてもらうから、今回だけはこれで許して!」
「別に次あっても構わんから。はあ、というわけで姫蔵。せっかくだし寄ってきなよ俺の家、というか家臣達がお前さんを歓迎したいってよ」
「うん! ぜひともお世話になります!!」
やっと普段通りの天真爛漫な、向日葵みたいな笑顔を見せたな。なんだかホッとするわ、逆ハーどもも胸を撫で下ろしている。
そうと決まればこの暑さだ、さっさと家に入って涼むとするか。
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