第3話 多少は格好つけんとな

 寝てたら5時間目どころか6時間目もすっ飛ばしてた。放課後だぜ。

 ホームルームも済ませて下校する。季節は夏前、夕方ながらまだまだ明るい。

 

 俺の家は学園の裏手にある山の、向こう側の麓にある。要は山を迂回する形で30分ほど歩いて帰るわけなのさ。

 親父がガキだったころにゃ、お付きのリムジンなんぞで毎日送り迎えしてもらってたって話だが今はしてない。歩けば済むし、金もかからんしな。


 放課後のお仕事前の準備運動くらいのものと思えば、なんてこともない。

 てくてく歩く帰り道。みんな素直に学園のすぐ前に広がる商店街のほうに家があるから、概ね俺一人の帰宅が常だ。

 

「だってのになんでついてくるんだ、姫蔵」

「あはは、ごめんね? 助けてもらったお礼もあるし、火宮のお歴々にもご挨拶させていただきたくて。えへへ」


 ……だって言うんだが今日は特別。姫蔵がなぜだか付いてきている。もちろん取り巻きの逆ハーどもも一緒だ。

 何を思ってか帰り際、俺の家に行きたいとか言ってきたのだ。アホ吐かせで終わらせようと思ったんだが、今やこの天象の地で一番とも言える姫蔵のご令嬢が、凋落したとはいえかつてその位置にいた火宮に挨拶を、なんて言われちまったら断れるはずもない。


 はあ、とため息混じりに歩く。一応家には連絡したんで最低限の体裁は急ピッチで進めてるとは思うんだが、変に失礼がないか気が重くなる。

 姫蔵はお人好しだし怒ったりはせんだろうが、取り巻きの逆ハーどもがなあ。


「今までずっと気にしてたんだよ、実は。クラスメイトに火宮の当主がいるのに、失礼にもご挨拶一つできないでいた僕、なーんて」

「そりゃ難儀なこって。没落して零落した家だぜこっちは。ふんぞり返って無視してりゃ良いだろうに」

「没落も零落もしてないよね!? 一世紀前には新参の姫蔵にもとても良くしてくださった御恩があるし、勢力こそこっちのほうが上かもだけど決して下に見てはいけないって僕らは教えを受けているんだよ! ねえみんな!」


 目を丸くして言い返す姫蔵は、なんとも男子学生の服なのに大層な美少女にしか見えん。しきたりにしたって無理があろうよ、齢17にもなったらこうなるわな。

 そんで何やらお人好しなことを言って逆ハー三人衆に同意を求めている。もちろん姫様至上主義だろう三人はにこやかにうなずいている始末だ。


 さっきあんだけ言っといてよくもまあいけしゃあしゃあと。呆れ果てる思いだが、まあ俺としても姫蔵の教えとやらはさすがにお為ごかしにしか思えんのだからこっちのが助かるまである。

 我ながら歪んでるね、難儀難儀──と、着いた。30分ほど歩いて見えてきた山の麓の屋敷、火宮本家、俺の家。


 規模だけは無駄に広い木造建築だ。庭園まで拵えてあって見てくれは立派なんだが、まあ若い世代からしてみれば古臭いカビの生えた屋敷だわな。

 逆ハーどもも軽く嘲るように鼻を鳴らしている。どこの家のなんの家の教えだって? なんて皮肉を内心にてつぶやきつつ、俺は門を背に、姫蔵の前に向き直った。


 居住まいを正し、背筋を伸ばす。

 キョトンと小動物のように目を丸くする彼女へと、俺は軽く会釈して改めて告げた。

 

「姫蔵家の御令嬢、綾音殿におかれてはよくぞ参られた。此処こそ火宮本家屋敷。3500年の永きに亘り"天帝勅命"を果たし続け、この天象の地を護り束ねた旧き血族──天象・火宮総本山である」

「…………!!」

「そして我こそ168代目、最も新しき火宮の当主。その名も火宮紫音と申す。なにとぞよろしくお願い申し上げる」

 

 まあ、最初くらいはね。整えないとな。うん。

 というわけでそれっぽい感じに言ってみたわけなんだが、こんな挨拶もちろん適当だ。礼儀作法なんざ最低限しか教わっとらんよ。


 3500年なんて嘘みたいな数字、俺だって眉に唾つけて聞いてるような話なんだが一応古文書とかにはそう書いてるんだからそういうものとするしかない。

 それに俺が168代目当主なのも本当だしな。ちょっとくらいは威厳的なものを出しとかないと、それはそれでまずいんじゃないかと思ってこんな感じに振る舞ってみたわけ。

 

 俺流のデタラメご挨拶を、姫蔵はどう受け止めたんかね。

 逆ハー連中はなんか黙りこくって、睨むでもなくただ汗かいてこっちを見ている。暑いのか? アイスならあるぜ、うち。

 そんでもって当の姫蔵も、しばらく俺の顔を見つめたかと思ったら動き出して、何やら深く腰を折って頭を下げ始めた。

 いやそれちょっとヤバい所作じゃない?

 

「……失礼いたしました、火宮紫音様。ご丁寧な挨拶、まことに畏れ入ります。僕いえ、私は3代目姫蔵家当主は姫蔵和也の次女、綾音でございます」

「ひ、姫様……!?」

「何を、そのように頭など下げては序列が」

「本来であれば学園入学とともにすぐにでもお伺いしなければならなかったところを、今日までお待たせしてしまった無礼をどうかお許しください。紫音様、改めまして本日は本当に、助けてくださりありがとうございました!」


 さすがに唖然だわ、マジかよ姫蔵のご令嬢が俺相手にめっちゃ下手じゃん。いや何してんだ一体。

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