第10話 陽路の初恋!?

「でも、昨日の檸檬の話には驚いたなぁ」


「うん。正木君、本気なんだねー」


「なんか正木君ぽくないけど、それがまたギャップでいいかも♡」


「ののちゃん、他人事だと思ってー!」


 檸檬が、暢気なののかに怒る。確かに、檸檬からすればののかの意見はまさに暢気なものだったが、それでも、他の女子からも、檸檬をすきになってからの誠之助の態度は好感の持てるものになっていた。檸檬に見せたように、スマホにはもう檸檬以外の女子の連絡先は保存されておらず、女の子と遊び歩くのもピタッと止めた。

 もともと、顔はいいし、フレンドリーな性格の誠之助だ。チャラくなくなった誠之助は、密かにモテだしていのだ。


「でもさー、正木君、今結構人気だよ?」


 奈智が言う。


「そうなんだよね。私も、もっと軽くていい加減な人だと思ってたけど、檸檬をすきだって言い出してから、全然遊ばなくなったもんね。檸檬、なんか心当たりある?」


「う……うん。実は、ケータイの連絡先、私の前で全部消しちゃったんだよね、誠之助君……」


「「「そーなの!?」」」


「うん」


「へー! じゃあ、本気なんだ! 正木君!」


 慶子は少し高揚したように言う。


「檸檬、どうするの?」


 奈智が問い詰めるよに言う。


「どうするって?」


「正木君を、候補に入れてあげるの?」


「……それは……」


「「「それはないか」」」


 もう、檸檬の口から聞くまでもなかった。3人とも、檸檬が陽路に本気であることくらい、解り切っていた。


「でも、陽路君の笑顔見ただけでここまで人をすきになれる人も、なんか羨ましいなぁ」


 ののかがちょっと恨めしそうに言う。


「え? なんで?」


 檸檬はきょとんとして返した。


「だって、打算も計算も無く、只々人をすきになれる人は中々いないよ。一目惚れって、なんか言っちゃえば、1番理想的は恋の始まり方のような気がする」


「理想的な恋の始まり方かぁ……。そうかも。その人の中身とか、性格とか、確かに大事だけど、それ以上にピンとくるものがあったんだとしたら、それに惹かれるってすごく素敵なことだよね」


 ポツっと言った、ののかの一言に、全員が賛同した。とうの本人である檸檬もだ。


「「「確かに。そうかも」」」


「私、陽路君をすきになって本当によかったな……。恋がこんな色んな気持ちで溢れるなんて知らなかった。本当に、苦しくて、切なくて、死にそうだけど、でも、とっても嬉しい……」


「……恋する乙女はいつも両極の想いに振り回されるんだよね……」


 慶子が瞳を伏せて、ぼやきとも、のろけともとれない発言をする。


「慶子は大人な恋してそうなのにぃ」


 奈智が、慶子をからかうように言う。


「なっちんはすぐそうやって言う! 私だって色々あるんだから!」


「色々って?」


 檸檬が食い入るように聞いた。


「え……、なんか、さ、今のカレシ、結構束縛きついんだけど、それがまた嬉しいところもあるって言うか……。まぁ、本当に色々あるの! 檸檬も付き合えば解るよ!」


「え……! 私なんて陽路君と付き合えるわけないよ! あの陽路君だよ?」


「わっかんないよー? 私は、結構いいところいってると思うんだけどなぁ」


 奈智がからかうように、でも、少し、自分の中では本気で、言った。


「私もなっちんに同意ー! なんとなくなだけど、陽路君、檸檬に気、許してると思う」


「え、ののちゃんまで……」


「ふふふ」


 からかわれているだけだと思い、縮こまる檸檬を、慶子はちょっと微笑ましく思った。なんだか、本当に初々しくて、恋してるんだなぁ、と、思ったのだ。

















 ―放課後、バイト先のカフェ―


 カランカラン♪


「「「いらっしゃいませ」」」


「陽路! 久しぶり!」


 そこに現れたのは、檸檬も、誠之助も、初めて見る女性だったが、その女性は、陽路を呼び捨てにした。


朱音あかね……! どうして……。 なんでここが……」


 陽路の様子が、いつもと明らかに違う。檸檬は、陽路が、何だかとても動揺しているように感じた。


謙一けんいちに聞いたの。今日はここにいると思うって」


「……けんに……。そう……。でも、何しに来たの?」


「何よ、その言い方! せっかく来てあげたのにぃ!」


 朱音と呼ばれた女性は、不満げだ。

 朱音は、檸檬とは違って、見た目からしてとてもモテそうだ。陽路に似合う170くらいの背。ヒールを履いているせいもあるだろうか? それに加え、まるでお人形さんのような栗色のロングヘア。小さな顔。白い肌。大きな瞳。アヒル口。リップはグロスでピカピカだ。その檸檬がしたら、派手過ぎるであろうメイクも、朱音にはよく似合っていた。


「……とにかく、俺、今仕事中だから。ごゆっくり……」


 元々愛想のない陽路だが、朱音には特にと言っていいほど、愛想がない。


「朱音さんていうんですか?」


 誠之助が、ケロッと朱音に話しかける。


「え……。あぁ! 陽路のお友達? なんてゆう名前なの?」


「俺、正木誠之助って言います。朱音さんは俺らより年上な感じしますけど、お幾つなんですか?」


「私? 23歳だよ。謙一……あ、知ってる? 陽路のお兄さん」


「え!? 陽路って兄貴いんの!?」


「知らなかったの? まぁ、しゃーないか。謙一、ずーっと海外行ってたからね」


「そうなの?」


「朱音、今、俺ら仕事ちゅ……」


 好奇心満々に、朱音から色々聞き出そうとする誠之助を制止しようとした陽路だったが、その時、幸か不幸か、客は朱音以外一人もいなかった。


「いいじゃない。どうせ今誰もいないでしょ?」


「……そうだけど……」


 陽路は明らかに気まずそうだ。


(陽路君……どうしたんだろう?)


 檸檬は、オドオドするばかりで、3人の間をウロウロしていた。


「謙一は、私の2つ上で、高校1年から付き合ってたの」


「!? って……どういう……」


 陽路が動揺するのが、鈍感な方であろう、檸檬にも解った。


「え? 謙一から聞いてない? 私たち去年別れたのよ」


「そうなんですか? へー。陽路ににーちゃんがいるのも知らなかったけど、そのにーちゃんに、こんな美人な彼女さんがいたなんてことも初耳です」


「えっと、誠之助君……だったっけ? 別に敬語じゃなくてもいいよ。私先月までアメリカにいたし、元々フランクな性格だしね」


「そうなんだ! じゃあ、にーちゃん……謙一さんもアメリカにいたの?」


「うん。元々謙一がアメリカに留学してね、私は2年後、謙一を追ってアメリカに行ったの。でも、中々すれ違いが多くて……。結局去年、謙一が帰国して、自然消滅。って感じかな」


「もういいだろ、朱音。あんまり初めての人に言う事じゃないよ」


「あらあら。いつの間にそんなに大人になっちゃったの? 私の知ってる可愛い可愛い陽路はどこ行っちゃったのぉ?」


 朱音がからかうように言う。


「あ、の、な、何か、お飲み物でも……」


 ムッとしたような陽路と、その陽路をからかうよな誠之助と、天真爛漫な朱音に挟まれ、檸檬は手探りをするように、自分の居場所を探した。……結果、飲み物を朱音に進める……と言う形に至った。


「あ、あなたは? あなたも陽路のお友達?」


「あ、私、柏木檸檬です! は! 初めまして!!」


「檸檬ちゃん! 可愛い名前だね! じゃあ……陽路と……付き合ってるの?」


「え!!」


「付き合ってないよ。柏木さんが困るだろ。変なこと言わないで」


(変なこと!? ……やっぱり私なんてそんなもんだよね……。って言うか、朱音さんに陽路君、なんでこんなに冷たいのかな?)


 檸檬は、心から沈んだ。陽路のそのどこかおかしな態度は、明らかに朱音との間に何かしらの因縁があることを感じざるを得なかった。


「もう、陽路、そんな冷たくしないでよ。いっくらフッたって言ったって、あれは陽路が9歳の時の話でしょ?」


「「「!!」」」


 檸檬、陽路、誠之助、3人が固まった。

 そこに、何も知らず、それでも助け船を出すかのように、オーナーが言った。


「籐堂君、正木君、柏木さん、今日お客さん少ないから、1人上がってもらっていいよ」


「え、じゃあ、陽……」


 朱音は、陽路を指名しようとしたが、


「俺上がります! ついでなんで、朱音さん一緒に出ません?」


 名乗りを上げたのは、誠之助だった。


「あ、うん。いいよ」


 朱音が軽く答える。


「じゃあ、正木君、上がって」


「ぅいーっす!」


「誠……」


 陽路は何か言いた気だ。


「大丈夫だよ。俺今日マジで用事あんの」


 その陽路を押し黙らせるように、誠之助はかわす。檸檬は、おどおどするばかりだ。


「じゃーね、陽路。また来る」


「……」


 他のお客にするように、ぺこりと頭を下げただけで、檸檬を気に掛ける余裕もない様子で、陽路はその場を去った。
















「誠君、陽路っていつもあんな?」


「え? あぁ……、まぁ……」


「そっかぁ。あの頃は可愛かったのになぁ」


「例の9歳の時?」


「うん。正しくは、陽路が生まれてから9歳の時まで」


「へぇ、生まれた時から知ってるんだ」


「そう。私と謙一は幼馴染で、そこに7年後陽路が生まれたの。で、陽路が小学校上がった頃かな? 私に懐き始めて。でも、私は謙一がすきだったし、陽路とは歳が離れてたし、全くそう言う気はなかった。だけど、陽路は違ったのね。9歳になって、私と謙一が付き合い始めたのを知ってから、だんだん私からも謙一からも離れて行ったの」


「へぇ……。陽路は朱音さんが初恋の人だったんだ」


「そうだね」


「陽路は告ったの?」


「う~ん。告ったと言うか……キスしたい……って言われたって言うか……」


「!!」


 今の陽路からは考えもつかない言動だ。何故か、誠之助が赤面する。


「アイツがねぇ……。今じゃ想像つかない」


「そうなの?」


「うん。もう今はアイツクールキャラだから」


「そうなんだ。あの頃は朱音朱音って私の後ろばっか付いて来てたけどねぇ。でも、5年も経ったら年頃の男の子が変わっててもおかしくはないか……」


「アイツ、彼女いたし」


「え!? そうなの!? 誰誰? あ、あの檸檬ちゃんて子?」


「いや、違うやつ。まぁ、檸檬ちゃんには正直、俺も陽路も絶賛片想い中ですけど」


「えぇ!? そうなの!? あの檸檬ちゃんて子、そうなの!?」


「えらく盛り上がりますね。なんで?」


「え、だって……、私、一目惚れとか大いにあるべきだと思うから」


「?」


 その遠回しな朱音の言い方に、さすがの誠之助も意味が解らなかった。



「!! マジで!?」


「久々再会して、本当に格好よくなっちゃって、なんか雰囲気大人だし、いいなぁって」


 朱音はちょっと頬を赤らめて言う。


(俺、一気に運来たんじゃね!?)


 誠之助は心の中でガッツポーズをした。これで、陽路が檸檬から心移りしてくれれば、誠之助にとって、それほど今の劣勢を立て直す機会は無い。


「俺、応援しますよ!」


「あはは! 誠君は私が行けば、檸檬ちゃんが手に入るかもだから?」


「はっきり言ってそうです!」


「素直だねー! 誠君て! でも、陽路は今、檸檬ちゃんがすきなんだよね? なんで陽路は檸檬ちゃんをすきになったの?」


「あー……。なんか、元々彼女いた時から気にはなってたっぽいけど、決め手は、その彼女の裏切りですね。それを檸檬ちゃんが思いっきりかっ飛ばして、陽路を救ったんですよ。それから、マジ、って感じっすかね」


「……へー……。そうなんだ。……檸檬ちゃんていい子?」


「いい子ですよ。すごく。俺のために泣いてくれたんで。そんな子、初めてでしたから、俺はもう檸檬ちゃんしか見えないです」


「じゃあ、頑張らないとね。私」


 本気なのか、それとも冗談交じりなのか、よく解らないテンションで、朱音は言う。


「頑張ってください。俺、檸檬ちゃん絶対振り向かせたいんで」


「協力する?」


 悪戯っぽく朱音が言う。


「いや、応援はしますけど、ズルはしないです。そう言うの、檸檬ちゃんは1番嫌いなんで。正々堂々と、お互い頑張りましょう」


 誠之助はにっこりと微笑むが、朱音のと言う言葉に、余りいい響きを感じてはいなかった。どこか、詩帆に似た匂いを、朱音に感じていたのだ。


「誠君て、意外と真面目なんだね」


「いや? 俺がマジになるのは檸檬ちゃんにだけです。本当に好きですから」


「…………」


 朱音が、初めて少し暗い表情かおをする。


「……なんか、そんな誠君を敵に回してまで、陽路がすきになる人って、相当なんだろうな……。おばさんの私には強敵ね」


「おばさんではないっすよ。十分綺麗です。只……、俺が言うのもなんですけど、アイツも、かなり本気だとは思いますけどね」


「うわ。ますます強敵……。なんだー……再会した瞬間は行けるかと思ったのになぁ。陽路、まだ私のこと引きずっててくれてるのかと思ったから」


 そんな感じは、誠之助もしていた。引きずる……とまではいかないが、何か引っかかりあるのは一目瞭然だった。


「でも、私も、本気になったらすごいよ。だって、アメリカまで謙一追いかけてったくらいだからね。きっと、陽路をもう1度、私に振り向かせてみせるよ」


 その笑みからは、自信にも似た何かを感じた。きっと、7歳上である心の余裕と、元々陽路は自分をすきだった、と言う何よりの強みがあるのだろう。



 それから、2人は、駅で別れると、それぞれ帰った。その帰り道、誠之助は、秘めた闘争心に火がついていた。これから、大逆転劇が巻き起こるかも知れない。それは、ズルは一切なしで、と言う暗黙のルールの元。ただ、どこからともなく、湧き上がる期待だけは、心に仕舞うことは出来なかった――……。

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