第8話 星空は繋がっているのに

「ねぇ! 陽路君、別れたらしいよ!」


「えぇ!! 本当!?」


「ホント!! なんか、那波さんと柏木さんがもめたって!」


「どういうことぉ?」


「よく解らないけど、柏木さんが大泣きしてたって!」


「何があったのかな?」





 次の日、学校中は陽路が彼女と別れた、と言う話題で騒然だった。……加えて、檸檬の噂も尾ひれ背びれを付け、広まっていた。


「……透明人間になりたい……」


「まぁまぁ。そんなに檸檬が悪い、とまではなってないし!」


「そうだよ! 逆に檸檬の話がホントなら、堂々としてな! 何にも悪くないから!」


「うん! 悪いのは那波さんだよね!」


 噂の張本人のうちの1人である檸檬は、学校に来るなり、色々なクラスの女子から質問攻めにあい、大変なことになっていた。だが、檸檬の話を詳しく聞いた、慶子、ののか、奈智は、檸檬を広く擁護した。


「慶ちゃん、ののちゃん、なっちん……、ありがとうぅぅう!!」


「「「よしよし!」」」








 コンコンッ……。 ザワァッ!!


「柏木さん、いますか?」


「! 陽路君! ど、どうしたの!?」


 突然陽路が、檸檬のクラスを訪ねて来た。女子たちは、大注目だ。


「あ、なんか、迷惑かけちゃって、ゴメン」


「え、や、全然! 全っ然! 大丈夫!」


「柏木さんのことは俺が守るから」


「!」


 ザワザワァッッッ!!!!


(ちょ! 今の何ー!?)


(陽路君があんな顔してるの初めて見たー!!)


 陽路は少し照れたように、だが、口元を噛み締め、力強く言った。その陽路の言動で、教室は小声の絶叫が渦を巻いていた。


「だから……」


 ボコッ!


「……!?」


 いきなり、陽路は頭を小突かれた。振り返ると、そこには、誠之助の姿があった。


(てめぇ! 何どさくさに紛れて告ろうとしてんだ!!)


(別に告ろうとはしてない。『安心して』って言おうとしただけだけど)


(何が『守る』だ! 檸檬ちゃんは俺が守る!!)


(誠は関係ないだろ……)


(ぬぁ!!)←正真正銘関係ない。


「あ、誠之助君、おはよう。昨日はありがとね」


「え!」


「え?」


 誠之助は、思わず、告白したことに対して、いい感触を持ってもらえたのかと思った。が――……、


「あ、いや、昨日は泣くのに付き合ってくれてありがとう」


「あぁ……いや、それはいいんだけど……」


(俺の告白、なかったことになってない?)


「でも、なんか、逆に迷惑かけちゃてゴメンね、陽路君」


「なんで柏木さんが謝るの? 柏木さんは何も悪くないから。100%」


「あはは。なんかどっかで聴いたような気がする。陽路君、この子、よろしくね」


 慶子が、素早く助け船を出す。


「うん」


「!!」


(もう死んでもいいかも!)


 檸檬は、1人、幸せを噛み締めていた。その横で、苦虫を嚙み潰したように、誠之助が陽路を睨んでいた。


(コンニャロー!! 何気にカレシカノジョみてーじゃねーか!! 慶子ちゃんも俺の気も知らないで!!)


「あ、そろそろ授業始まる。俺ら戻るね。またね、柏木さん」


「うん! またね!」


「ちょっ! 俺はまだ檸檬ちゃんに用事が……!」


「行くぞ。馬鹿」


「あぁあん!? 馬鹿とは誰のことだ!!」


「うっさい」


 そう言うと、ギャーギャー文句を言いながら暴れる誠之助を引きずって、陽路は教室に戻って行った。


「ねぇ、檸檬ちゃん、陽路君てあんな顔するんだね!」


「え?」


「なんか、生身の人間ぽかった!」


「うんうん!」


「……陽路君は前からあんな感じだけど……」


「「「「「そうなの!?」」」」」


「え……、う、うん……」


「「「「「へーーーー!!!」」」」」


「でもぉ! 陽路君に彼女いなくなったんなら、チャンスだよね!」


「うん! どんどん行こう!!」


(わ……! ライバルがこんなに……!! なんか忘れてた……!!)


 檸檬は、何となく、自分が近しいと思っていたことが、一気に幻に思えた。


















(テストは幻じゃなかった……)


 そう。今日から、3日間、期末テストが始まる。


(えーん! 数Ⅱヤバいーー!!)


 2時間目、檸檬は1人、汗だくになりながら、数式を必死で解いていた。

 だが、頭の中は、陽路のことでいっぱいだった。

 酷いことをされた陽路。裏切られた陽路。傷ついた陽路。陽路、陽路、陽路……。どうすれば、陽路のことを慰められるか、そればかりだった。『大丈夫』とは言っていたけど、あんなことをされて、言われて、傷つかない人はいない。だって、檸檬は見たのだ。笑顔を。詩帆に、告白を受け入れてもらえた時の陽路の嬉しそうなあの飛び切りの笑顔を――……。


「はい、終わり」


「「「うわーー、やべーー」」」


「「「最悪ーー! 全然解けなかったぁ!」」」


 クラス中が溜息で埋もれる。


(うわーん! 全然解けなかったぁ! 陽路君のこと気になりすぎたーー!! テストどころじゃないよーー!!)


 テスト中、ほとんど上の空だった檸檬。陽路のこともそうだが、檸檬は、誰も知らない、檸檬にしかない悩みに直面していた。――――誠之助のことだ。


(……誠之助君……の)、本気かな? でも、こんな私なんかにあの誠之助君が本気になる? やっぱり、からかわれただけ? でも、冗談には感じなかったんだけど……)


 誠之助さえ、なかったことにされているかと思っていた告白を、檸檬はちゃんと覚えていた。勿論、もう頭ぐちゃぐちゃになりそうなくらい、難解な数式を解いているような、困惑だらけの記憶ではあったのだが。













「「「はーーー、2日目終わったねー」」」


「うん。後は明日だけだね」


「もう、テストなんてなくなればいいのに」


 ののかが漏らす。


「だよねー! 小学生の時からテストだけはすきになれないよー!」


 奈智が笑う。


「帰ろっか。テスト中は部活も無いしね」


「え?」


「陽路君に、今日は会えなかったね」


 慶子が、檸檬の気持ちを読んだように言う。


「そうだね。なんか、それが当たり前なのに、ちょっと陽路君と近くなれたような気がしてた自分が恥ずかしいよ……ははは」


 カラ元気で檸檬が笑う。


「そうかな?」


 そこに、帰りの支度を済ませ、檸檬と慶子の元にやって来た奈智が言った。


「え?」


「陽路君、ちょっと檸檬に気、許してる感じするのは私だけ?」


「あ、それは私も思った」


 4人で帰る意志を確かめた訳ではないが、同時に席を立って、玄関へ向かいながら、ののかが言った。


「なんかさ、陽路君があんな顔するの、檸檬にくらいじゃない?」


「そ、そうかな? 私が初めて話した時から陽路君あんな感じだったけど……」


 檸檬は、さっぱりピンと来ない、と言った感じで返事をする。













 その日の夜、夜遅くまでテスト勉強をしていた檸檬。時刻は、26時になろうとしていたが、陽路や、誠之助、詩帆や朔斗のこと、色々頭に回って、中々寝付けずにいた。


(ちょっと……夜風に当たろうかな……)


 そう想い、ベランダに出た。外の風は冷たくて、頬をひんやり冷やした。


「はぁあ……」


 白い吐息が、宙に浮かぶ。その吐息を追いかけるように空を見上げると、そこには、綺麗な星空が広がっていた。その時、檸檬の頭を駆け巡っていたあらゆることが、何もかも消えた。そう。浮かんできたのは――――陽路のことだけ。


「今、陽路君がこの空を見上げてたら、この想いは届くのかな……? 空は、繋がってるのに、どうして想いは繋がらないんだろう? おんなじ……空なのに……」


 檸檬の頬には涙がそっと伝っていた。

 苦しかった。陽路がすき。ただただすき。只、笑顔を見た、それだけのきっかけ。それが、こんなに苦しくて切ない恋になるなんて……、檸檬は思ってもいなかった。


 が、こんな感情になるなんて――……。


 初恋を知って、檸檬は、初めてばかりの感情に、涙するしか出来なかった。
















「はぁあ……」


 真っ黒な空に、浮かぶ白い吐息。

 それは、陽路の吐息だった――……。


(今、柏木さん何してるんだろう……。この空は、柏木さんと繋がってるのかな……)


 そんな、星空が2人を繋いでいることを、2人は、知ることも出来ないのだ……。


















「「「「終わったーーーー!!!!」」」」


 テスト3日目がようやく終わった。


「帰ろ、檸檬!」


 慶子が、真っ先に檸檬の元に駆け寄った。


「慶ちゃん! うん! ……? ののちゃん?」


 檸檬が、ののかに目をやると、ののかがちょっと面倒くさそうに教室の扉に目をやった。

 そこに居たのは、誠之助だった。


「檸檬ちゃん!」


「あ、誠之助君。どうしたの?」


「檸檬ちゃんに会いたかったから!」


「!」


 檸檬が思わず慌てる。それに気づいた慶子が、スススス――……と誠之助に寄って行くと、ちょろっと言った。


「正木くーん……そんなに檸檬をからかわないでよ。この子そんなに恋愛慣れしてないんだから」


(いや、全然してません……)


 檸檬は心の中で呟いた。


「別にからかってないよ。俺、檸檬ちゃんのことすきだもん」


「!!」


「おい! いい加減にしろよ! 正木!」


 そこに朔斗が割り込んだ。


「なんだよ。お前はカレだろ? 何か言う権利あるの?」


「俺は檸檬のだ! 檸檬を守る義務があるんだよ!」


「へー。そんな義務、聞いたことない」


 平然と誠之助は言う。それに相反するように、朔斗は熱くなる。


「てめっ!」


「朔斗! いいよ! 私、そんなに迷惑してないから」


「ホント!? 檸檬ちゃん!!」


 誠之助の顔に一気に笑顔が戻る。その笑顔に押されるように、檸檬の顔が引きつる。


「う……うん」


「じゃあ、これから、俺バイトなんだけど、ちょっと覗きに来ない?」


「え? 誠之助君バイトしてるの?」


「うん。カフェで」


「へぇ! でも、今日慶ちゃんもバイトだし……、ののちゃんやなっちんもカレシとデートって言ってたから……。1人で行くのはちょっと……」


「そっかぁ。残念だなぁ。……陽路も一緒に働いてるんだけど」


「行きます!!」


(はっ! つい……)


「オッケー! じゃあ、案内がてら、一緒に行こう!」


(いいの? 檸檬。大丈夫?)


 慶子が心配する。しかし、行くと言ってしまったのは、檸檬だ。しかも、陽路に2日ぶりに会えるのだから、檸檬に全く利益がないわけでもない。


「う、うん。大丈夫」


(だと思う……)
















「え……柏木さん? どうして……」


「あ、ご、ごめんね! いきなりだもんね! 実は」


「俺が誘ったの。檸檬ちゃんに俺の華麗なウエイター姿を披露しようと思って」


「あ、そうなんだ。誠がまた強引にごめんね。何か食べる? ケーキとかこのカフェ人気だよ。ご馳走するよ」


「え? でも……」


「あぁあん!? なんでお前が檸檬ちゃんにご馳走すんの? 誘ったの俺だし! ご馳走するの俺だしぃ!!」


「……解ったよ。柏木さん、ゆっくりしてってね」


 そう言うと、また、陽路は笑った。


 キューー!!


「あ、ありがとう!」


「檸檬ちゃん、何食べる? 俺のおすすめは、シフォンケーキだけど」


「あ、じゃあ、それで。でもいいの? ホントにご馳走してもらっちゃっても……」


「いいのいいの! 俺、ここの看板だから」


「こらこら、嘘はよくないな。正木君。確かに君も看板だけど、籐堂君も立派な看板だからね」


「あ、オーナー……! いや……嘘ではないっすよ、嘘では」


「あ、こ、こんにちは! すみません! なんか騒いじゃって」


「いやいや。ごゆっくり」


(大人な感じの人だなぁ……)


「こんな素敵なカフェで働けたら楽しそう……」


「「「。」」」


「柏木さん……だっけ? ここで働きたいの?」


「え? え!? わ、私口に出してました!?」


「思いっきり出してたよ。檸檬ちゃん」


「や! ち、違うんです! ちょっと思っただけで!」


「いやいや。ここの所嬉しいことに忙しくなってきちゃってね。アルバイトさん探そうと思ってたんだ。よかったらやってみる?」


(陽路君は迷惑じゃないかな……?)


 檸檬は、軽く出てしまった言葉を後悔しながら、陽路の顔色をうかがった。


「柏木さん、よかったらどう? 帰りは方向同じだから、俺送って行けるし」


「え……い、いいの?」


「柏木さんがよければ」


「そうそう! が送るから大丈夫だよー!」


「いいんですか? オーナーさん」


「勿論!」


「が、頑張ります!!」





 そんなこんなで、檸檬はあっという間に初バイトをゲットしたのだった。

 だが、檸檬にとって、檸檬と陽路と誠之助と言う、少しややこしい三角関係が始まることを、まだ、解っていなかった。


「おいしい? 檸檬ちゃん」


「うん! すっごくおいしい! ありがとね! 誠之助君」


「いやいや! 来週から一緒に働けるなんて青春だね! アオハルだね!」


「……そ、そうだね……」


「ふっ。そんなに身構えないでよ。毎回毎回は口説かないから」


「……誠之助君てなんで私のこと……その……なんて言うか……だって、私、特に何もしてないって言うか……誠之助君に好かれるようなこと……」


「う~ん……。! 何見てんの? 陽路」


「働け。誠」


「あ、ゴメン! 陽路君!」


「や、コイツがサボってるだけだから。シフォンケーキに合う紅茶、ご馳走するね」


「え、いいよ! 悪いよ!」


「ここで働いてお給料もらったら、今度は俺がご馳走してもらうから、大丈夫」


「!」


(私、陽路君の未来にいるんだ……!)


「うん! いっぱい返すね!」


「ふふ。ありがとう」


 キューー!! 陽路の笑顔が、胸にこみ上げる。……所に、ハイテンションの声が響く。


「バイト代入ったら、一緒にどっか行こうね! 檸檬ちゃん!」


「え……それはちょっと……」


「調子ん乗んな、馬鹿」


「馬鹿馬鹿うるさいんだよ! お前は!」


「うるさいのはお前だろ? お客様に迷惑かかる。行くぞ」


(ふふっ。やっぱり、仲いいんだな、この2人)


 檸檬はその日、ケーキと紅茶をゆっくり味わい、陽路と誠之助に見送られてカフェを後にした。






「陽路、俺は、お前に負けねーからな」


「……」


「ふっ。何? 戦線離脱?」


「……俺も、渡さないよ」


「!!」










(陽路君と同じところでバイト出来るなんて、夢みたい! 頑張ろう!)


 陽路と誠之助の真剣勝負に、檸檬は全く気付いていなかった――……。




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