第7話 事件!

「陽路君、これ、委員会のプリントだって」


「あ、ありがとう」


「あと、委員長が放課後このプリント集めて持ってきてくれって。私も一緒に手伝うね」


「え、いいの?」


「だって、じゃないと陽路君部活遅刻しちゃうでしょ? 少しでも早めに集めようよ!」


「うん。ありがとう。ごめんね」


「そんな! 謝らなくていいよ! じゃあ、放課後ね!」


「…………」


「……何見つめてんの?」


「! ……別に。見つめてないけど」


「あっそ。ま、いいけどね」


 そう言うと、誠之助は自分の席に戻った。





「檸檬、大分陽路君に積極的に話しかけられるようになったよね」


 慶子が感心する。


「え? そうかな?」


「え、自覚無いの?」


 奈智が驚いたように言う」


「う~ん……。なんて言うか、陽路君て意外に話しやすいって言うか、全然普通だなぁって思う」


「へぇ……。あんなに話しかけるな雰囲気オーラ出してるのに?」


「そう? 私は全然感じないけど」


「「「…………」」」


 へらっと笑ってそう言う檸檬に、そう檸檬に感じさせている陽路に、3人はなんだか不思議な感覚を覚えていた。
















「陽路!」


「あ、詩帆。どうした?」


 お昼休み、詩帆がお弁当を持って陽路のクラスを訪ねた。


「今日ね、お弁当作ってみたの。一緒に食べない?」


「え、いいの?」


「うん!」


「ありがとう。誠たちに言ってくる。待ってて」


「はーい」




「え? 那波さんとお昼? なんだよ、ラブラブじゃん! 俺彼女いないのにぃ」


 楢崎友ならさきゆうが拗ねたように言う。友は、高校に入ってっから出来た友達の1人だ。いつも、誠之助と、友、そして神田殊哉かんだことやの4人で大体つるんでいた。


「いいよ、陽路。俺たちに気ぃ使うな。行って来いよ」


 殊哉が笑って言う。


「あぁ。ありがとう」


「バイバーイ! 一生帰ってくんなー!」


 誠之助が、嫌味一杯に言う。


「誠、うるさい」


「はぁ!? こんなに気持ちよく送り出してやってるのに!」


「どこがだよ」


「はいはい。早く行かないと、那波待ってるよ」


 殊哉はいつも大人びていて、冷静に陽路と誠之助を操縦するような役目だった。
















「ねぇ、陽路……」


「何? 詩帆」


「ちょっと、話があって」


「……やっぱり。お弁当なんて、何かあるのかな? とは思ったけど。何? 何かあった? 部活?」


「ううん。……柏木さんのこと……」


「柏木さん? 何?」


「なんであんなに仲よくするの?」


「え……、別に普通に接してるだけだけど」


 陽路は困惑した。


「だって、明らかに他の女子とは扱い違わない? 下手したら私より仲良さげに見えて、嫌なんだもん……」


「……でも、ホントに何でもないし……」


「私と柏木さんとどっちと話してる方が楽しい?」


「え、そんなの詩帆に決まってるじゃん……」


 言ったその口の後味が何だか悪い。


「……そっか。ならいいんだけど。変なこと言ってゴメン。食べよう!」


「……うん。いただきます」


「おいしい?」


「うん」


 その2人の会話を、誠之助は聞いていた。


(アイツ……まさかな……)


 誠之助だけが気付いていた。陽路が、詩帆の前で笑わないことに。




 ―放課後―


「陽路くーん! 1組から4組までのプリント、集めて来たよー!」


「あ、ありがとう。柏木さん。こっちも5組から9組までのプリント集め終わった。手伝ってくれてありがと。俺が1年の長なのに、柏木さんに手伝わせてゴメンね」


「ううん。全然。私帰宅部だし。このくらいどうってことないよ! どうせ帰ったってテスト勉強しなきゃだし。なるべく考えたくない……」


「ははっ。でも、テストは来ちゃうよ?」


「だよねー! やっぱダメかー!」


 陽路は、自分で笑っていることに気付いていない。

 初めて檸檬と話した時、檸檬があまりに泣いたので、檸檬が自分にどこか心を許しているようで、それに対して、自分も檸檬に心を開いていることに陽路は自分自身でも気が付いていなかった。


「じゃ、俺部活行くから。本当にありがとう」


「うん! 頑張ってね!」


「うん」


 ひらひらと陽路に手を振ると、檸檬はそのまま体育館のロフトに向かった。


(テスト前……ヒーリングしちゃおう♪)


 勿論、目的は陽路のバスケ姿を見ることだった。


「!!」


(なんでー!? 人がほとんどいない!! こんなんじゃ、下手したら陽路君にバレちゃうよ……。ヒーリングしたかったけど、さすがにここでバレたらい言い訳が思い浮かばない……。帰ろう……)


 シュン……としながら、檸檬は下駄箱へ足を動かした。そして、女バスが、体育館横のスペースで柔軟体操しているのが目に入った。


(あ、那波さん……。…………いいなぁ……那波さんは、当たり前だけど陽路君の彼女で、陽路君のすきな人、なんだよなぁ……)


 急に切なくなった。……時だった。そっと詩帆と数人の女バスの1年の会話が聴こえて来たのは。




「ねぇ、詩帆、そろそろ陽路君の彼女交代じゃない?」


(え?)


「えー。まだだよ。キスしてないもん。その辺は約束した通りにしないと。みんなの陽路だよ? てか、陽路も案外馬鹿だよねー。『努力する人すき』って言ってたのたまたま聞いて、ちょっと居残ってたら、告白してくれるんだもん! 笑える!」


(!!!!)


「あはは! ホントー! ウケルよね!」


 カーーー!!! っと、檸檬は頭に血が上った。勢いよく階段を駆けおり、体育館を横切り、外に出ると……、


 スパ――――ンッ!!


「「「「!!??」」」」


 檸檬は、思いっ切り詩帆の頬を引っ叩いた。そして、涙をいっぱいに溜めて言った。と言うより、怒鳴りつけた。


「サイッテーーーー!!! なんでそんな酷いこと言えるの!? なんでそんな酷いこと出来るの!? 陽路君のこと傷つける人は絶対許さない!!」


「「「「「?」」」」」


 体育館中が騒然とした。勿論、詩帆たちの会話は陽路には聞こえていなかった。


「い……ったぁ……! 何するのよ!」


 バッ! と詩帆は手を振り上げようとした。殴られると思った檸檬は、思わず目を瞑った。


「…………っ」


 が、檸檬の頬は何故か痛まない。


「……?」


 そぉっと目を開くと……、


「何してるの? 詩帆」


「……陽路……。こ、この子がいきなり引っ叩いてきたの! どうにかしてよ!」


「何言ってるの!? 悪いのはそっちでしょ!? 陽路君、那波さん、陽路君に嘘ついてる!」


「陽路! 私は何も言ってないししてない! 信じてくれるよね!?」


「……信じるよ」


「ひ、陽路く……」


 檸檬は、信じてもらえない苦しさより、あんな風に言われている陽路が可哀想で、どうしようもなく胸が痛んだ。


「ご……ごめんなさ……」


「ほ、ほら! この子が悪いの!」


「……柏木さんは、嘘ついて涙を流すような人じゃない」


「「え……?」」


 檸檬と詩帆の声が重なった。


「何があったかは解らないけど、俺は、柏木さんを信じるよ」


「陽路君……」


 詩帆は、何も言えなくなり、陽路は檸檬の方へ向き直ると、


「何があったの?」


「……」


 言えなかった。あんなこと。

 檸檬が、下を向いて、何も言えないでいると、どこからともなく誠之助が現れた。


「陽路、お前、騙されてたんだよ。この子らに。この子ら、お前を交換ばんこにするために、お前の発言利用したんだ。『努力する人がすき』って言うお前の言葉。それで、努力するをしたを、まんまとお前がすきになったってこと!」


「せ! 誠之助君! なんで言っちゃうの!?」


「え? だって、隠してたら檸檬ちゃんが悪者にされちゃうよ?」


「でも! もっと陽路君が傷つかないように伝える方法を……!」


「柏木さん、大丈夫だよ。俺は傷ついてないから。……詩帆、そうなの?」


「……っ」


「……最初からそうだったんだ。馬鹿だな、俺。何も見てなかった。柏木さん、俺なんかのために泣かせてごめん。ありがとう。詩帆、もう、言わなくても解るよな? じゃあ、俺練習に戻るから」


「陽路君!」


「大丈夫。本当にありがとう、柏木さん」


 陽路は、檸檬に向かって微笑んだ。より、飛び切りの笑顔で。
















「もー……、そんなにいつまでも泣かないでよ、檸檬ちゃん」


 練習に戻った陽路の代わりに、泣いている檸檬を慰めたのは誠之助だった。


「ヒッ! だって! ヒック! あんなのひどすぎる!!」


「……はいはい。いいいこいいこ」


 檸檬の頭を撫でながら、誠之助は嫉妬していた。檸檬は、自分に笑ってはくれるが、泣いてくれたことは1度もないからだ。


「陽路は大丈夫だって。男はそんなにやわじゃないよ」


「でも! 全然傷つかないはずないでしょ? それに、あんな、人をモノみたいに……! 許せないよ!」


「許せない……かぁ」


「……? 誠之助君?」


 誠之助の様子の変化に気付き、檸檬は泣きじゃくっていた心を何とか静め、誠之助の方を向いた。


「俺にもあるんだよね。ユルセナイコト」


「?」


 誠之助は、中1の時に起きた出来事を全て話した。勿論、男友達の名前は伏せて。


「……ヒ……ヒド……ヒドーーーーイ!!! うわーーーー!!!」


「!!??」


 話を聞き終えた檸檬は、誠之助もびっくりするほど大泣きし始めたのだ。


「れ、檸檬ちゃん! 平気平気! こんなの只の昔話だって! もう全然平気だから!」


 誠之助は、さすがに焦った。……ほどの、檸檬の泣きっぷりだった。


「嘘だーーーー!! そんなの絶対許せないぃぃぃいいい!!! ヴゥァカヤローーーー!!!」


「…………プッ! あはははははは!!!」


「!!?? な、なんで笑うのぉ!!??」


 檸檬は怒ってグーを振り下ろそうとした。


「はいはい」


 その手をポスッと軽々と受け止めると、誠之助は檸檬をギュッと抱き締めた。


「!?」


「檸檬ちゃん……すきだよ」


「!」


「初めて……俺のために泣いてくれた……。俺、陽路に勝てない?」


「……!? せ、誠之助君? え……でも、誠之助君の私へのすきって……その……なんて言うか……」


「……俺もびっくりしてる。檸檬ちゃんのこと、本気で……こんなにすきになる予定じゃなかった……。でも、今は、今から、マジだから。本気だから。だから、檸檬ちゃん、俺のこと、本気で考えてよ」


「…………」


 檸檬は、只々衝撃を隠しきれないでいた。女ったらしとはいえ、それはモテることの裏返しで、きっと、本気を出したら、陽路と同じくらい人気者になるであろう誠之助からの、突然の本気告白に、しかも、生まれて初めて異性に抱き締められている、と言う状況に、戸惑うほかなかったのだ。


「何してるの?」


「「!!??」」


 そこに現れたのは、なんと、陽路だった。

 2人は、慌てて離れた。……と言うより、檸檬がびっくりして誠之助を跳ねのけた、と言う方が正しい。


「ひ! 陽路君! こ! これは! その! 何でもないの! ち! 違くて! あの! その!」


 もう、檸檬は何を言ってるのか、言いたいのか、訳が解らない。


「はいはい。すんません。俺が勝手に抱き締めただけだよ。で? お前はなんでここにいるの?」


(ちょーいいとこだったのに……)


 誠之助は心の中で舌打ちした。


「柏木さんが大泣きしてるって聞いて。俺のせいだし。何か出来ればって思って」


「……陽路君……」


 自分を追いかけて来てくれたのか……と、檸檬はそれだけでもう心がいっぱいだった。しかも、よく見ると、練習着のままだ。その上、息も少し切れている。校内を走って探してくれたのだろうか?


「柏木さん、俺、本当にそんなに傷ついてないから。何となく、気付いてた。詩帆、俺と付き合い始めてからほとんど居残りしなかったし、なんか、一緒にいてもしっくりこないって言うか……。でも、自分から告白したって言うのがあって、言い出しづらかっただけだから。きっかけになってよかった。だから、気にしないで。ホントに」


「……ホント? 陽路君……、大丈夫?」


 止みかけた涙が、溢れてくる。


「うん。大丈夫だよ」


 ……また、陽路は、飛び切りの笑顔になった。


「よか……ったぁ……!」


 檸檬は泣きながら、でも、心から、笑った。


 ドクンッ!!


「「…………」」


 陽路も、誠之助も、その檸檬の笑顔に、何かを感じざるを得なかった。


「じゃあ、私、帰るね。陽路君、元気出してね。誠之助君もまた明日ね」


 そう言うと、誠之助からの告白はきれいさっぱり忘れて、檸檬は帰って行ってしまった。


「……俺、一応最高級の告白したんだけど……。お前さえ来なければ、少しは檸檬ちゃんの心に残る告白になったかも知れないのに……。何してくれてんの?」


「……なら……、


「!! おまっ! まさか!」


「今度は、正々堂々、勝負しよう。誠」


「……!!」


 それは、男と男の闘いの始まりだった――……。

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