第6話 陽路へのコンプレックス
―1週間後―
「詩帆、おはよう」
「あ、陽路、おはよ」
「!」
檸檬は、朝から最悪なモノを見てしまった。陽路と詩帆の仲睦まじい挨拶の瞬間だ。
「……檸檬、大丈夫?」
隣にいた慶子が檸檬に尋ねた。
「……大丈夫でーす……」
「……なわけないよね。ゴメン」
「慶ちゃんが謝ることないよ。慶ちゃんは100%悪くないもん。あはは」
朝から元気が失せる檸檬の表情が、さらに悪化する。
「お、檸檬ちゃん! おはよ!」
「!?」
(檸檬ちゃん!?)
そこにいたのは、誠之助だった。
「あ、檸檬ちゃんのお友達? 可愛いね」
「あ、どうも。まぁ、私カレシいるんで。……それと、この子にも、手を出さないでね。正木君」
「えー。どうかなぁ? 俺、檸檬ちゃんのことすきだもん。それはどうしようもないことでしょ?」
「は!?」
檸檬は驚きのあまり声を大きくした。その声に、近くにいた陽路も振り向いた。
「
「え、あ、ううん! 全然!」
(陽路君が助けてくれた!?)
誠之助のことはどこかに行ってしまった。……と思いきや、
「なんだよ、陽路。お前は詩帆ちゃんだけ守ってればいいだろ? なんで俺の恋に口出しすんの?」
「……恋?」
陽路の顔色が変わった。
(え……何? 陽路君がなんか怖い……)
「なんだよ、なんか文句ある?」
陽路の睨みにも臆することなく、誠之助は言った。
「ま、いいや。またね、檸檬ちゃん」
ひらひら手を振る誠之助に、檸檬も思わず手を振っていた。
「檸檬、手は振らなくていいよ」
慶子が突っ込む。
「あ! つ、つい……」
慌てて手を引っ込める檸檬。
「何なんだろうね。あの2人。なんか噂では、仲いいとかすんごく悪いとか……。色々聞いたけど……。どっちなんだろう? いつも一緒にはいるけどね」
「そうなんだ……。正木君のこと、今まで全然気にしたことなかったからなぁ……。なんでいきなり私に絡んで来るんだろう? あの人……」
「そうだねぇ。確かに不思議だね」
檸檬と慶子は目を合わせ、首を傾げた。
「誠、お前、なんでいきなり柏木さんに手ぇ出そうとしてんの?」
「おぉ! 怖っ! てか、お前にそれカンケーある?」
「……」
「あぁ! 柏木さんがお前のことすきだから? …………調子ん乗んな」
ギロッ! と誠之助は陽路を睨みつけた。
「ま、いいじゃん。お前は詩帆ちゃんだけ見てろよ。それが当たり前のことだろ?」
瞳を怒りと冗談で行ったり来たりさせながら、誠之助はひょろっと陽路から顔を背け、同じクラスにも関わらず、陽路を廊下に1人置いて、教室に向かってしまった。
「陽路君、どうしたの?」
「あ、柏木さん。何でもない。さっきは誠がごめんね」
「なんで陽路君が謝るの? 私は全然大丈夫だよ!」
陽路に自分の気持ちがバレていることなど知る由もない檸檬は、ケロッと笑った。
「陽路君、この前はありがとう!」
「え?」
「この前、階段で助けてくれたのに、お礼も言ってなかったや! 私!」
「あ、いいよ、そのくらい。でも……、なんであの日、俺が居残り練習してたの知ってたの?」
「え? ……あ、あ、れ? あ、の……あ、そう! ちょっと教室で居眠りしちゃって! 帰ろうとしたら、たまたま体育館で陽路が練習してるの見たの! だから……」
「……そっか。うん。階段、気を付けてね」
「あ、うん! ありがとう!」
(よく言い訳見つけたね! てか、1人で陽路君に話しかけられるとは思ってなかったよ。成長したね、檸檬)
コソっと、慶子が檸檬の耳元で囁いた。檸檬は、てれっとして、『頑張る』と言うと、教室に向かった。
―3年前―
「陽路!
「あ、誠。うん。来てるよ」
「やった! 部活タルかったけど、来てよかったぜ!」
中学1年生の陽路と誠之助は、同じバスケ部だった。2人で1年生レギュラーとなり、人気を2分するほどのモテっぷりだった。
その頃、誠之助は、
そんな麗に、誠之助は、思いっ切り攻めた恋をしていた。それでも、麗はいつも軽くあしらうだけで、誠之助にあまり興味がないようだった。それでも、誠之助は毎日のように麗の教室に通ったり、部活で麗を見つめたり、今とは全く別人の様に一本気に麗を想っていた。
そんな誠之助の想いが、砕かれる瞬間がやってくる。
ある日の放課後のことだった。部活終わりで、麗と帰る時間が重なった誠之助は、ここぞとばかりに言い寄った。
「本山先輩! 俺と1回だけでいいからデートしてくれないっすか?」
「……してくれないっす」
「えー! 冷たー! 俺、めっちゃ先輩のことすきなんですからぁ!」
「う~ん……、それは解るけど、私もう3年で受験だし。カレシとか今作ってる場合じゃないから」
「でも、一緒に勉強とか付き合うし! 図書館デートでもいいよ!」
「……じゃあ、4人で行かない?」
「4人?」
「私と、
「マジで!? いいっすよ! 行きましょう!」
「うん。じゃあ、今度の日曜日、10時に図書館で」
「はい!!」
誠之助は有頂天だった。麗をすきになって、8ヶ月、やっと手に入れたチャンスだった。
「って訳で~、付き合ってくんない? 俺の恋のために! な! 陽路!」
「……別に構わないけど」
「ホント!? サンキュー!! もう一押しなんだよ。応援よろしくな!」
「……おう。まぁ、何する訳でもないけど、一応邪魔はしないようにする」
「へっ。クールだね、お前は。ま、いっか。とりあえず、日曜10時ね!」
誠之助は、ハナウタ歌いながら、帰路に着いた。
「あ、陽路君。ちょっと待って」
「あ、本山先輩。もう誠と帰ったんじゃ……」
「日曜の予定、聞いてる?」
「あ、はい。10時に図書館ですよね?」
「変更になったの。9時に、公園の1番大きな木の下で待ち合わせ。って」
「そうなんですか。解りました」
「……じゃあね」
クスッ……と麗は笑って、陽路を残し、帰って行った。
―日曜日―
誠之助は、9時に図書館に着いた。早起きをしてしまって、家にいてもソワソワするだけで、落ち着かないので、早めに家を出たのだ。そして、入り口で待っていると、陽路が図書館に連なって設置されている公園の方へ歩いて行くのが見えた。
(? 陽路? なんでアイツまでこんな早く来てんだ?)
ちょっとした胸騒ぎを覚えた誠之助は、陽路の後をこっそりつけた。すると――……、
「!」
公園で1番大きな木の下で、陽路は足を止めた。そこには、麗の姿があった。
(なんで……本山先輩と陽路が……)
「あれ。本山先輩、誠は?」
「あー……なんか遅れるって」
「え? でも、アイツが先輩との約束に遅れるなんてこと、ないと思うんだけど」
「……だって、私が興味あるのは誠之助君じゃないもん」
「……?」
「私、陽路君がすきなの。誠之助君は、今日、陽路君を誘うための餌だよ」
「そんなこと言わないでください。アイツは、先輩のこと本気で……」
陽路と誠之助には、余りにも衝撃的で、残酷な麗の言葉だった。
「そんなのどうでもいいの。誠之助君の気持ちなんて。まぁ、陽路君、モテるし、彼女になりたいとかじゃないから。でも……只……」
陽路が誠之助への後ろめたさで俯いていると、そこに付け入るように、陽路の腕を引っ張ると、麗は無理矢理キスを迫った。
「!?」
バッ!!
陽路はギリギリのところでそれを避けた。が、その現場をなんの音もなく見ているだけだった誠之助は、麗のひどさも、陽路の本音も、聴くことさえ叶わず、只々、陽路への怒りだけが沸き上がってしまった。
ザッ!! バキッ!!
「クッ――――!!」
「キャアッ!」
誠之助は、飛び出すと、勢いよく陽路に殴りかかった。
「……ふざけんな! なんだよ、これ!!」
「…………」
「やめてよ! 何するの!?」
「……! 先輩だって、なんで……! 今日は俺と……!」
『デートだったはずなのに……』
そう、誠之助は言いたかった。でも、誠之助もどこかで……いや、はっきりと解っていた。これは、きっと麗から仕掛けたもので、陽路は恐らく何も悪くないと……。しかし、親友だと思っていた奴と、だいすきだった人が、一気にいなくなった気がして、どうにもやるせなかったのだ。
「……もういい。帰るわ。俺……」
「誠!」
倒れ込んでいた陽路が、立ち上がり、誠之助を追いかけようとしたが、それを誠之助も、そして麗も、許さなかった。
「来んな!!! お前なんか大っ嫌いだ!!!」
「…………」
「……陽路君、大丈夫?」
「!!!」
誠之助は、立ち去りながら、その言葉を聞いて、益々心が怒りで満ちた。
(くそっ! 俺より陽路の心配かよっ! っざけんな!!)
誠之助は、その場を怒りと悲しみで縛り付けられそうになりながら、それを振り切るように立ち去った――……。
そして、2人が見えなくなると、誠之助は、怒りと、情けなさで、膝から崩れ落ちた。
「……っ! クソッ! クソッ! クソォォォッ!!!!」
ダンダンダン!!! と、冷たいアスファルトに、拳を打ち付けた。
そして、泣いた――……。
それからだった。誠之助が陽路をどこか敵対視してしまうようになったのは。そして、もう1つ。その日から、誠之助は、陽路に想いを寄せる女子にばかりちょっかいを出し、遊んで捨てる――と言うような行動をとり始めたのだ。自分の傷みを、陽路へ、陽路をすきな女子へぶつけることでしか、傷を癒せなかった。……それをしても、癒せてはいなかったのだが、それでも、そうするしか陽路に勝つ、陽路への負い目を紛らわせるモノがなかったのだ。
誠之助が檸檬に興味を持ったのも、勿論檸檬が陽路をすきだったからだ。しかし、誠之助すらピンと来ていたわけではなかったが、檸檬には、何となく近寄って行きたい……と言う想いが湧いてきていたのだ。それは、あの日から閉じ込めたはずの、もうないはずの想いだった――……。
―現在(12月)―
「檸檬ちゃん! おはよー!」
「あ、誠之助君。おはよう」
「そろそろ期末テストだね~。でも、それ終わればすぐ冬休みだね!」
「そうだね」
檸檬と誠之助は、何やかや言いつつ、まぁ、誠之助の強引さに押される形ではあったが、少しずつそれなりに仲よくなって、普通の会話くらいはするようになっていて、誠之助の一生のお願いとやらで、檸檬は誠之助のことを下の名前で呼ばされる羽目になっていた。
「誠之助君て、勉強得意なの?」
「え? 俺? うーん、英語は得意な方かな? あとはいまいち」
「そうなんだ」
「檸檬ちゃんは?」
「あー……私は数学がもうダメダメェ……」
げっそりとした顔で檸檬は答えた。
「ははは! そりゃそりゃ!」
「うわー……それってどういう笑い?」
「え? 別にぃ?」
「もう……」
「柏木さん、おはよう」
「!! ひ、陽路君! お、おはよう!」
「なんだよ。陽路、俺におはようは?」
「……はよ」
「ハッ! 連れない男だねー!」
小さく陽路の膝に蹴りを入れながら、誠之助は言った。
「2人って、同中なんだよね?」
檸檬が尋ねた。
「「そーだけど」」
「あはは! ハモッた! 仲いいね!」
「「いくねーし」」
「あはははは!!」
「チッ!」
誠之助は、憎たらし気に舌打ちをした。
「いくぞ、陽路。またね、檸檬ちゃん!」
「またねー」
ひらひらと、檸檬は2人に手を振った。その笑顔が、陽路だけに向けられていないことに、陽路も、誠之助も、気付いていた。檸檬は、誠之助のことも決して嫌いではなかった。誠之助が檸檬に茶々を入れるようになってから、誠之助への周りからの評判や噂は色々聞くようになったが、檸檬に対する誠之助の態度は、悪いものではなかったし、普通に男友達として、檸檬の中では成立していた。
「檸檬てなんであんなに正木君と仲よくできるの?」
隣にいた、ののかが不思議そうに聞いてきた。
「え? なんでって? 誠之助君、別に悪い人じゃないよ?」
「そうなの? でも、女の子とっかえひっかえだよ? 檸檬のことすきって言ってる割に」
「そうだね。でも、それは誠之助君の通常運転なんじゃない? 私のことも、その程度なんだよ。それは、それで、私は楽かな。って思ってるのかも」
「あー、なるほど。そっか。それなら檸檬もすきって言ってくる正木君にそんなに本気になって悩むことも要らないし、陽路君への気持ちも隠さずいられるもんね」
ののかが頷く。そうなのだ。檸檬は檸檬なりに、誠之助のことを考えていた。確かに誠之助は自分のことをすきと言っているが、それも、フレンドリーな誠之助なりのコミュニケーションの形なのだと。
その誠之助が、檸檬に本気になる出来事、そして、檸檬にも、陽路にも、転機となる事件が巻き起こるのは、もう少し後のこと――……。
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