六章

第36話 シュリーデン帝国皇帝

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 036_シュリーデン帝国皇帝

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 帝城は天空城よりも大きく広い。

 そんな帝城の城門を通過し、馬車がエントランスに横づけされた。

「大きさはこっちだが、荘厳さは天空城だな」

「そうですね」

 ギルマスたちに聞こえないくらいの声だったが、エルフのアリッサは耳が良かった。


「今、天空城と聞こえましたが……?」

「そんなこと言ったかな?」

 広大はとぼけた。


「その話、謁見の後でお伺いしたく思います」

「さて、どんな話かな?」

「とぼけてもダメですよ」

 心の中で舌打ちした広大は、とぼけ倒そうと思うのだった。


 控室に通されたが、出されたお茶とお菓子はあまり美味しくなかった。

「客にこんなものを出すなんて、皇帝は大した奴ではないようだな」

「はい。ダイ様にこのような粗末なものを出す者など、程度が知れています」

 2人のギルマスも美味しいとは思わなかったが、それでも帝城の中で皇帝の悪口を言うのは止めてほしいと苦笑する。


 謁見の間に通された4人は、赤い絨毯を踏みしめて進んだ。左には武官、右には文官が並んでいる。


「平凡な場所だな」

 大理石で造られた謁見の間程度では、天空城のほうがもっと造りが精巧で荘厳だった。

 ギルマスたちの後ろを進んで、皇帝からそ15メートルは離れた場所で止まった。

 広大はよそ見をしていて、危うく前のギルマスたちにぶつかるところだった。

 2人のギルマスは跪くが、広大とチュニクスは立ったままだ。広大はそもそもそんな気はないし、チュニクスは広大以外に跪くつもりはないのだ。


「無礼者! 皇帝陛下の御前なるぞ! 跪け!」

 皇帝は四段高い場所の玉座に座り、その一段下に立つ皇子の1人が跪けと威圧する。

 もちろん、広大は一切反応しないし、チュニクスも同じだ。

 無視された皇子は、顔を真っ赤にして怒りを露わにした。


「近衛兵! その無礼者らを捕えよ!」

「控えよ」

「っ!? はい……」

 皇帝が皇子を嗜めると、まるで叱られた子供のように項垂れてしまった。


 皇帝は金糸の刺繍が華やかな濃紫こむらさき色の服を纏った62歳の老人で、皇子は33歳のいかにも世間知らずといった風貌である。

 彼は第三皇子だが、上の二人はすでに他界している。そのため、次期皇帝とみなされているのだが、皇帝でも頭を下げないと約束してここにいる広大に対し、平気で約束したことを破った。その考えなしの性格のため、貴族からは軽く見られている。


 その隣に22歳の第五皇子がいるのだが、落ちついた雰囲気で次期皇帝に推す声も多い人物だ。

 皇帝を継ぐのは金髪でなければならず、第四皇子は茶髪のためこの場にはいない。


 服は皇帝が紫色、皇族と丞相が藍色、その他の文官・武官も貴族位ではなく、役職や軍の階級によって服の色が定められている。


「虎の威を借る狐だな」

 広大の呟きは第三皇子には聞こえなかったが、アリッサの耳にはしっかりと入っていた。波風立てないでと、冷や汗をダラダラながすアリッサでした。


「冒険者ダイ、同じく冒険者チュニクス。よくきてくれた」

 皇帝が友好的に声をかける。


「ギルマスの顔を立てただけだ」

 第三皇子が睨みつけるが、広大にはどこ吹く風で飄々としている。


「ハハハ。強者は剛毅よな。のう、丞相よ」

「真に剛毅でありますな」

 丞相は皇帝と同じ年代の、落ちついた風貌の老人だ。


「さて、ダイ、ならびにチュニクスよ。ダルガード王国がアルガ王国に侵攻したのは聞いておろう」

「ギルマスから聞いている」

「ダルガード王国は野心をあらわにした。アルガ王国の次は、この帝国を攻めるであろう。そこで朕は強者を求めておる。どうだ、朕に仕えぬか」

「断る」

 広大は一瞬も考えず断った。


「どうしてもか?」

「くどい」

「……では、チュニクスはどうか」

「私が仕えるのは、ダイ様のみ。お断りです」

 チュニクスも無下ない返事だった。


「なんという不敬! 陛下、この者らを誅罰することをお許しください!」

 第三皇子が怒鳴り、列席する貴族らも声高に処罰するべきだと言う。


(こうなるのが分かっていたから、謁見なんて嫌だったんだ)

 広大は大きなため息を吐き、冷めた目で周囲を見渡していた。


「皇帝陛下の御前である! 静まるのだのだ!」

 丞相が場を静めると、皇帝が口を開く。


「ダイ、そしてチュニクスよ。これが最後だ。朕の家臣となれ」

「無理」

「顔を洗って出直してきなさい」

 2人のギルマスは頭を抱えた。


「ならば仕方ないの。丞相よ」

「はっ!」

 丞相が目くばせすると、壁際に陣取っていた20人の魔法使いが何かの詠唱を始めた。


「なっ!? 魔法を使うですと!?」

 立会人のロイニエンが立ち上がり、止めるように声をあげた。

 だが、その直後に魔法が発動し、ロイニエン、アリッサ、広大、チュニクスの周囲に光りの檻が現れた。

 最初からこうするつもりで魔法使いを用意していたのは明らかで、もう1人のギルマスであるアリッサも問題行動だと声を張り上げている。


 ロイニエンが光りの檻に触ると、バチッと弾かれた。

「くっ」


 アリッサは説得を試みる。

「これは明らかに冒険者ギルドに敵対する行為! 帝国はダルガード王国だけでなく冒険者ギルドまで敵にするつもりですか。今すぐこの結界を解除しなさい!」


 丞相はにやりと笑う。

「それは能力を大幅に下げ、スキルの使用を禁じる結界である」


 皇帝が蔑むような視線を4人に投げかかる。

「朕は寛大な心で、仕えることを許したのだがのぅ。お前たちは貴族になる機会を蹴った。よって、奴隷となるのだ」

「そんなことが許されると思われるのか!?」

 皇帝はロイニエンの言葉を笑い飛ばすような高笑いをした。


「この帝国において、朕の思い通りにならぬものはない! あってはならぬのだ!」

(なるほど、たしかに皇帝の意にそぐわぬことは、あってはいけないのかもしれない。そういう点では、俺は皇帝にとって邪魔な存在か)


 第三皇子が勝ち誇った厭らしい笑みを浮かべ、ゆっくりと進み出てくる。

「ハハハ。下賤の者が皇帝陛下に頭を下げたくないだと? 不遜! 不遜、不遜、不遜、不遜、不遜、不遜、不遜、不遜、不遜! 身分を弁えよ、下等な冒険者風情が!」

 第三皇子は唾を飛ばしながらマシンガンのように言葉を吐き出した。


「ギルマス。下等な冒険者だってさ。どう反論するんだ?」

「え……今、それをいいますか?」

 ロイニエンは苦笑しか出なかった。


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