第31話 茶番

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 031_茶番

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 特別対策課のメンバーの家に、本人や家族の写真が届くようになった。

 公安出身の彼らは、誰かにつけられていたら気づく程度の訓練を受けている。それがまったく気づかなかった。


 しかも家族のことまで調べられている。誰がこんなことをするのかと、憤った。

 しかしこれは彼らが反政府勢力と思われる人たちにやっていることと同じことなのだ。公安だから自分たちは何をしても許されると思い込んでいるのである。

 広大はそれが許せず、彼らがやっていることをやり返しているだけである。


 忘れた頃に写真が送られてくる。

 公安の者が監視されているなど、絶対にあってはならない。

 だが、どれだけ調べても容疑者は浮かんでこない。それどころか、公安の長官や警視総監などのプライベートの写真まで送られてくるようになった。


 総力を挙げて誰がやっているのか調査したが、まったく分からない。それどころか調査している間も多くの写真が届く始末で、首脳陣は顔を突き合わせてどうするか協議した。


 何せ隠し資金の口座番号や反社との繋がり、資産家や政治家が犯した犯罪の揉み消しまで知られているのだ。明らかに警察や公安の弱みを握られてしまっている。これは憂慮すべきことだと、上層部は大騒ぎになった。


「これは帰還者たちから手を引けという警告か……?」

「しかし誰が、いや、どこの組織がこのようなことを……」

「私たちは虎の尾を踏んでしまったのかもしれない。帰還者のことをどうするか、考えなければいけないだろう」

「この際です。防衛省に丸投げしてはいかがですか?」

「しかし防衛省が行うと言ったものをこちらに引き取った手前、簡単ではないですぞ」

 警察首脳陣は広大に手を出したことへのお仕置きを、帰還者を囲い込んだことへの他国の警告だと思い込んでしまった。


 そんな会議の場に、姿を消した広大もいた。あまりの勘違いに、思わず大きな声で笑いそうになったが、なんとか我慢した。

 面倒だからそろそろ止めたかったのだが、勘違いされて広大のこの字も出ないからどうしたものかと考えた。


 広大はマスコミに公安が盗聴器を仕掛けた場所のリストを送ることにした。

 複数のマスコミに送れば、1社くらいは反応するだろうと。

 そしてその中に広大の家も含めておく。


 数日後、マスコミの1社がやってきて、盗聴器が仕掛けられていると言ってきた。

 広大は盛大に驚くふりをし、リポーターやカメラマン、そして盗聴器を探す業者と思われる人たちを家に上げた。


「ここにあります」

「ここにもあります」

 出るわ出るわ。以前チュニクスが発見した多くの盗聴器が発見された。


「うちは両親が交通事故で他界し、今はそっとしてほしかったのに、こんな……」

 俳優になれると広大は思ったが、自信過剰もいいところの大根芝居だった。


 広大の家の他にも、リストにあった複数の家や事務所、オフィスなどから盗聴器が発見されたと報道がされたのは、それから2週間後のことだ。

 特番が組まれてのもので、公安が非合法の捜査をし、しかも一般人まで対象にしていると盛大に非難された。


 広大は公安にマークされるような少年ではない。顔はかくされているが、画面に出た広大も困惑していた。

 そして広大の両親が交通事故に遭ったのは、公安が仕組んだことだという噂まで流れるようになった。この噂に広大たちは関わってないが、ネットで拡散されて公安が何もかも悪いというくらい大炎上することになったのだ。


 公安を含む警察の上層部は責任をとって何人か辞任したが、これだけで火消しができたとはとても言えない状況が続いている。


 この頃の広大の興味はもう公安や警察になかった。


「そういえば、今年はプールも海もいってないな……」

 コウやチュニクスの水着姿が頭の中に浮かんでくる。そこには2人の体にサンオイルを塗りながらだらしなく鼻の下を伸ばす広大がいた。


「今年の冬は温泉にいきたいかな」

「温泉とはあのお風呂のようなものですか。岩の湯船ですよね」

 チュニクスの目がキラキラ輝く。どうやら温泉旅館に泊まってみたいらしい。


「それじゃあ、今年の冬は温泉でゆっくりしようか」

「はい!」

 チュニクスは今から何を着ていこうかと、ネットで服を探し始めた。とても楽しみにしているのがよく分かるくらい尻尾が大きく振れている。




 広大は80層のエリアボスを瞬殺した。

 正直に言うが、戦いは雑魚もボスも関係なく、すぐに終わる。時間はかからない。

 ダンジョンの80層ともなると、移動するだけで普通は十数日かかる。広大たちは現代の利器を持ち込んでいるが、それでも2日はかかる。戦闘よりも移動のほうがネックになっているのが現状である。


 コウが学生のため、なかなか3人揃わない。今日もコウはいない。

 2人で冒険者ギルドに入ると、視線が集まる。

 広大たちが60層を超えたエリアで活動しているのが噂になっているのだ。実際には80層を超えたが、60層でも冒険者にとっては憧れのエリアである。

 こんな視線を向けられるのは、60層を超えた頃に冒険者ギルドの職員がかなり騒いだせいなのだ。驚くのは仕方がないが、もう少し考えてほしかった。一度情報が流れ出たら、あとは水の上を広がる油のように拡散が止まらないのだ。


「今日もたくさんのアイテムをありがとうございました」

 換金が終わると、職員は丁寧に礼を言う。

 広大たちの情報を、冒険者ギルドが流してしまった懺悔の気持ちと、おそらく世界一と思われる戦力に対する畏怖の念からくるものだ。


「ダイ様。少しご相談がご座います。お時間をいただいてもよろしいでしょうか」

「今から? うーん……」

 戦闘は大した労力ではないが、移動が長いことから『疲れている』と前置きをして了承する。


「わたくしどもの不手際でダイ様とチュニクス様の情報が流出しました。本当に申しわけございません」

 5秒程頭を下げた職員が、頭を上げて広大の目を真っすぐ見つめる。


「その上でお願いがございます」

「どんなお願いですか?」

「昇級をしていただけないでしょうか」

 世界最高峰を探索している広大たちが、鉄級冒険者では示しがつかない。だから昇級してほしいと。


「黄銅級ならいいですよ」

「できればミスリル級……とは言いませんが、金級くらいは……」

「指名依頼とか面倒なので、要りません」

「そういったものを全て免除するというのはどうでしょうか?」

 それができるなら構わないが、そういうものはなし崩し的に崩されていく気がする。貴族や王族が無理難題を押しつけてくるはず。そうなるのが嫌なのだ。


「それならミスリル級でもいいです」

「本当ですか!?」

「が」

「が?」

「鬱陶しい相手を物理的に黙らせていいという免罪符をください」

「そ、それは……さすがに……」

「じゃあ鉄級でいいです」

「うっ」

 話は終わったと、広大は立ち上がる。


「お待ちください! わたくしの一存では判断できないことです。上層部に諮りますのでしばらく猶予をください」

「俺は今のままでいいので、好きにしてください。それじゃあ、これで」

 上層部がどれだけ時間をかけて相談しても、広大は鉄級のままだろう。だから何も問題はない。


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