第30話 特別対策課

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 030_特別対策課

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 夏になる頃、世界は大きく変化していた。


 国連の事実上の解体。

 世界連邦機構の発足。

 C国とR国の内乱。

 U国、B3国、Bl国、旧Cm国などがR国に侵攻。この中で旧Cm国は、R国が数年前に武力によって併呑した地域で、R国への恨みは深かった。


「どうですか?」

「うん。2億儲けたよ」

 世界情勢が激しく変わり、それにともなって株価も乱高下した。広大は先読みのおかげで、明日には急激に株価が上昇する銘柄が分かる。もちろん、その逆で旧降下する銘柄も分かるから、暴落するまえに売り抜けることで損は出ない。もちろん、多少の損を意図的に作ることは今まで通り行っている。


 この半年ほどで広大は百億円の儲けを出している。やろうと思えば、数千億や数兆円を儲けていたが、自重しているのだ。

 半年で百億円の儲けなので、それが自重と言えるかは人に依るだろう。


「おめでとうございます。ですが、そろそろお時間です」

「もうそんな時間? それじゃあ、いこうか?」

 ティーシャツにジーパン、その上にジャケットを羽織っただけのラフな格好をした広大は、チュニクスと腕を組んでホールを通った。


 勝手知ったる我が家。

 都心の自宅に戻った広大とチュニクスは、違和感を感じた。

 時空支配を持つ広大は前回この家を後にした際の空間の癖を覚えている。

 さらチュニクスはその職業、スキル、そして何よりも種族ゆえに気配には敏感だ。


「お待ちください」

 チュニクスが鼻をスンスンさせて家中をチェックすると、15個の盗聴器を発見した。


「まったく……どこの馬鹿がこんなことをするのかね」

 広大とチュニクスがいる空間に結界を張ったことで、声は結界の外に漏れない。当然ながら電波も通さない。


「この国の人間に見えるね」

 時空支配の過去視は、しっかりとこの家に入った者の姿を見せてくれた。

 彼らはそんなことを知らないから、こういった不躾なことができるのだ。

 まさか自分たちの仕業だと、すぐに知られることになるとは思ってもいないことだろう。


「お仕置きが必要ですね」

「ああ、お仕置きが要るな」

 今日は予定があるから、追跡はしない。後日改めて追跡することにした。


 家を出て電車で移動。電車を降りて駅を出たところでコウが合流した。


「盗聴器! どこの誰がそんなものを?」

「さて、誰だろうね。明日にでも追跡してみるよ」

「私もつき合いたいけど、明日の講義は出ないといけないのよ。ごめんね」

「いいよ。コウは学生なんだから、しっかり勉強してよ。それよりもコウの家は大丈夫かな?」

「なんか不安になってきたから……帰ったら確認してみるわ」

 お喋りをしながら歩いていると、目的の場所に到着した。


 出入口の前には警棒を持った警察官が立っており、多くの人の出入りがある。サイレンを鳴らしたパトロールカーが地下駐車場から出ていくのが見えた。


 受付で目的の人物の名前を言うと、すぐに迎えの人がやってきた。その人物について奥へと向かう。


「私服警官も多いんだ」

 広大の何気ない感想に、その人物は一瞥だけした。


「お入りください」

 部屋には『特別対策課』と書かれた札があった。

 中には4人の男女がおり、1人は警官の制服を着ていたが、他は私服だった。


「ようこそ、島咲コウさん、穴山広大さん。私は特別対策課を任せられています堂島警視です。よろしくお願いします」

 制服を着た堂島警視が特別対策課の責任者だと自己紹介をした。


 堂島警視は40代後半で、狸のような顔をしている。広大とコウが19歳と若いこともあり、このような威圧感のない人物がこの特別対策課の課長になったというわけではない。この国の役人はそこまで気を利かせられるスキルはないし、役所の人事は縁故や派閥が優先させれるのである。


 特別対策課は異世界から帰還した11人を巡る犯罪の抑止と警護のために創設された部署である。というのが、表向きの理由だ。

 本来の目的は、異世界の情報を得ること。できることなら、異世界のスキルや魔法を手に入れたいという本音がある。


「島咲コウです。よろしくお願いします」

「穴山広大です」

 2人が自己紹介すると堂島警視に促され、椅子に座った。

 チュニクスには姿を消して、広大の後ろに待機してもらっている。


「帰還者の警護をされるとか……それで私たちに意見を聞きたいというお話しでしたが、間違いないですか?」

「ええ、その通りです。さすがに護衛対象が特殊なため、これまでの要人警護と同じでいいのか、それとも特別な体制を取らなければいけないのかを判断したいのです」

 この特別対策課のメンバーは、公安部所属である。俗にいうところのテロや反政府勢力を取り締まる組織になる。つまり要人警護とはまったく別の組織になる。

 もちろん、コウと広大はそのようなことは知らない。


 色々話を聞かれたが、基本はコウに対するものだ。広大はコウの付き添いなので、2人の会話を聞いているだけである。

 ほとんどは警護に関するものだったが、時々話が脱線して異世界のことを聞こうとする。

 もちろん、他の帰還者からある程度事情を聴いているため、コウが聖女の才や神聖魔法というスキルを持っていることは知っている。

 問題は帰還者以外でもスキルや魔法が使えるようになるのか、である。


 今のところ、帰還者以外にスキルと魔法が使える人はいない。だが、今後もいないままなのか、スキルと魔法が急に使えるようになるのか、政府の関心事はそこにあった。

 これは国防にもかかわる重大事だと考えている人は多いのだ。

 国防を他人任せにしている国なのに、そういうことに国防論を持ち出す間抜けさがある国であった。


「ところで帰還者の2人、C国とR国に拉致されていた岩谷博美さんと秋津夏さんが回復して親元に帰られたのはご存じですか」

「はい。彼女たちからメールがきましたので、今はゆっくり静養していると聞きました」

「それなのですが、私どもが医師から聞いた話では、あり得ない回復力だったそうなのです。島咲さんはそのことで何かご存じありませんか」

 政府や公安はコウが治療したと思っている。だが、どうやってあの場所を突き止めたのか、そして誰にも気づかれずにどうやって進入したのか、そこが分からない。

 それもスキルなのかと考えているが、帰還当時に聞き取った情報に、コウにそのようなスキルも魔法もなかった。

 コウが所持スキルを隠している可能性はあるが、彼女の職業を考えるとそういったスキルはないと思われているのだ。


 まさかコウが異世界アマスでレベルを上げて、スキルも手に入れているとは誰も考えていない。だから余計に混乱してしまうのである。


「政府に治療をしたいと掛け合いましたが、拒否されました。ですから彼女はこの国の進んだ医療技術で治療されたと思っていたのですが、違うのですか?」

 コウはわざとらしくならないように、首を傾げて質問を質問で返した。


「いえ、回復力があり得ないほどのものだと聞いていたので、異世界にいったことがあると、そういったものなのかと思っただけなのです」

「職業とレベルがある世界へいき、そのシステムに触れた私たちなら少しは回復力が高くても不思議はないと思います。ある程度レベルも上げていますし」

「なるほど……」

 堂島警視は納得してないが、納得した風を装った。

 さらに話は続き、2時間ほどで終わった。


 広大はここで盗聴器のことを聞くことはなかった。なぜなら目の前にいる彼らが盗聴器を仕掛けた張本人であるからだ。

 正確には堂島警視と案内をした人を除いた3人である。堂島警視の部下なのだから、彼の指示で盗聴器を仕掛けたと思っていいだろう。

 広大はこの5人について調べ、そしてそれなりのお仕置きをすることにした。


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