第28話 治療

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 028_治療

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 C国とR国の混乱は周辺諸国だけでなく、世界中に波及した。

 C国は経済力で世界2位、R国はエネルギー資源大国だった。その2つの国が混乱したのだから、世界的な混乱が起きるのも仕方がない。


 しかし経済大国のA国はこれをチャンスととらえ、これまでC国が取り込んでいた地域に積極的な投資を行って回った。

 C国は内戦状態で外国のことに構っておられないため、A国の勢力は拡大していくことになった。


 西欧諸国はR国の資源を確保しようと、それまでR国と戦争中であったU国に大量の物資と資金、そして戦力を援助した。

 核施設と主な戦力が消滅したことで、躊躇する必要がなくなったのだ。

 U国はこれまでの劣勢を一気に覆すチャンスとばかりに、R国に逆撃侵攻して目覚ましい戦果を挙げている。


 A国とJ国、西欧諸国は、さらに国連から脱退することを表明した。

 R国のように他国に侵攻した国を止めることができない国連に、なんの意味もない。そう断じて脱退したのだ。

 それに追随する国は多かった。なにせ経済や軍事で大国だったC国とR国が内戦や戦争中であり、外国のことをどうこうできるだけの影響力は皆無だった。


 A国とJ国、西欧諸国などの先進諸国が国連を脱退し、国連は事実上の解体になった。

 しかし新しい世界秩序を考えると、国際的な組織が必要だった。先進国や軍事大国だけが議決権を持つような構造を改めた国連に似た枠組みの組織―――世界連邦機構を発足させたのだ。


 このように世界情勢が急激に変化する中、広大の祖母はA国に至っていた。本来ならA国から帰国する予定だったが、国際情勢が不安定で船が出せないらしい。

 祖母はA国にしばらく滞在してから帰国するとメールを寄こした。


 また、C国とR国の混乱はまったく収まるところを知らない。しかし、コウの周囲にはたまにC国やR国の工作員のような者が現れた。


 狙撃事件以来、コウはそういうことに敏感になっており、さらに異世界アマスで敵の存在に敏感になれる危機感知というスキルを手に入れたことで、そのような存在が分かるようになったのだ。

 コウの周りをうろついた工作員は、確実に排除されている。広大もそれに関しては一切の容赦をしていない。

 おかげでここ最近はそういったことがなくなった。


 話は変わるが、行方不明になっていた4人の帰還者の内、C国の2人が戻ってきた。

 元々行方不明者は3人だったが、1人増えて4人になっている。

 C国は2人、R国は1人の拉致には関わっているが、最後に行方不明になった1人には共に関与していないようだ。


 C国に拉致された2人のうち1人はすでに死亡しており、骨が持ち帰られた。残った1人は家族の顔さえも分からない状態だった。脳を弄られたのが明らかな状態で、酷い状態だったのだ。

 R国に拉致された1人も暴行と薬物投与によって、精神が壊れている状態だった。


 最後に行方不明になった1人の行方は分かっていない。拉致されたのか、殺されたのか、それとも自分で家を出たのか。C国とR国に拉致された可能性は低そうということしか分からなかった。


 コウが2人の帰還者の治療を行うと言い出した。コウは政府に保護されている2人に会わせろと直談判したのだが、答えはノーであった。

 コウはその2人の両親にも掛け合ったが、どうも政府からの圧力がかかっているようで色よい返事は得られなかった。


「ダイ君のスキルであの子たちの居場所を突き止めてもらえないかな」

 コウは広大を見上げた。それが妙にはかなげで、広大の心が揺さぶられた。


「まあ、できないこともないけど……」

「お願い、あの2人を助けてあげたいの」

「少し時間かかるぞ」

「待ちます。だから、よろしくお願いします」

 コウの願いを聞き届けた広大は、帰還者の捜索を始めた。


 C国に拉致されていたのは岩谷博美いわたにひろみ、そしてR国に拉致されていたのが秋津夏あきつなつ

 広大は2人を捜すにあたり、まず彼女たちが帰ってきた空港に足を運んだ。

 そこで彼女たちは救急車に乗せられ、空港を出た。広大も自動車でその救急車が通った道を辿る。

 空港近くの病院に入るかと思ったが、救急車は数百キロメートルを移動した。2人の実家がある場所から遠く離れた場所だ。


「きな臭くなってきたぞ」

「もしこの国でも彼女たちをモルモットのように扱っていたら、私政府を許せないかも……」

「治療をしているだけかもしれないし、とにかく進んでみようか」

 ガソリンスタンドに入って給油し、再び救急車の動きを追う。

 そして辿りついたのは、基地だった。2人とも基地内の建物に運び込まれていた。


「ここに治療施設があるのかしら?」

「基地だからあるかもしれないが、さすがに分からないな」

 基地の外で自動車を止めてじろじろ見ていたら怪しまれる。コウとチュニクスは近くのファミリーレストランに入ってもらい、広大が1人で基地に潜入することにした。


 認識阻害の指輪の効果で姿を消し、ホールを繋いで基地の中に。千里眼で壁の向こう側も見えるが、基地の中は広く障害物が多いため近くで使った方が効率がいい。


「救急車はあそこに入ったか」

 厳重な監視が行われている建物に入り、各階を覗いていく。


「いた」

 地下に医療設備の整ったエリアがあり、複数の医師や看護師と思われる白衣の人物が、博美と夏の周囲にいる。


 ホールでそのエリアに移動し、白衣の人たちの会話に耳を傾ける。

 2人を実験体としているのか、治療を行っているのか、白衣の人たちの言葉を聞かないと判断ができない。


「脳波の反応はないか……」

「考えられることは試しました。彼女の脳は完全に機能を停止していると考えるべきでしょう」

 博美の脳はまったく反応を示さない、脳死状態だった。


「まだ若いからなんとか助けてあげたかったが、これ以上は難しいようだな」

「今後は生命維持を優先させるべきかと」

 医師たちの会話は、医療行為を示していた。

 夏のほうも同じで、広大はそれを聞き届けてからコウとチュニクスが待つファミリーレストランに向かった。


「基地に2人がいたよ。治療を行っていたようだけど、医者たちは匙を投げたようだ」

「そう。変なことはされてなかったのね」

「ああ、少なくとも今までは医療行為だった」

「私をそこに連れていってくれないかな」

「いいよ」

 広大はコーヒーを飲み干して立ち上がった。


 ホールを繋ぎ、姿を消した広大が時空支配を発動させる。

 医師たちの動きがピタリと止まる。医療機器も動いていない。


「あまり長くは時間を止められないから、早めに頼むよ」

「うん」

 コウが博美のベッドの横に立ち、涙ぐむ。彼女の頭部は髪を剃られ、痛々しい縫合の痕が残っていた。


「博美。今から治してあげるからね」

 博美の頭の上に手をかざし、コウはできる限りの治癒の力を発動させた。

 聖なる光に包まれた博美の傷痕が徐々になくなっていく。


「戻ってきて、博美!」

 コウの願いが力となり、博美の異常を癒していく。

 細胞の1つ1つが活性化され、以前の健常な状態へと向かう。


 博美は傷1つない綺麗な肌になった。

 髪は生えていないが、これは時間がたてば解決するだろう。


「博美……」

「コウ。秋津のほうも早く」

「うん」

 夏の治療も行ったコウは、かなり疲弊していた。

 どうも色々な薬物が投与されており、そういったものを浄化するのに多くの魔力が消費されたようだ。


「コウ。悪いが、もう時間切れだ」

「うん」

 後ろ髪を引かれる思いだが、コウたちの姿を見られるわけにはいかない。

 3人がホールで基地を後にすると、時間が動き出す。

 残ったのは完全に回復した博美と夏。2人のバイタルは正常な値を示していた。


「え?」

「どうしたのかね?」

「先生、これを見てください」

 看護師が脳波を医師に見せた。


「む、これはどういうことだ?」

 その時、博美の瞼がゆっくり開いていき、瞳が蛍光灯の眩しさを感じた。

 経過観察の期間はあったものの、博美と夏はやがて両親の元に帰されるのだった。


 政府はこの2人の件にコウが絡んでいると考えたが、なんの証拠もない。そもそもどうやって基地の中に入ったのかさえ分かっていないのだ。

 それが政府に危機感を持たせることになったのは言うまでもないだろう。


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