第19話 島咲コウ

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 019_島咲コウ

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 島咲コウは異世界から地球に帰ってくる時、誰がそれをしてくれたのか覚えていた。

 ヒトミやクラスメイトは、異世界の協力者のおかげで地球に帰ってこれたと思い込んでいる。

 なぜ自分の記憶と違うのか、気がおかしくなりそうなくらい混乱していた。


 しかし時間をかけて考えれば、自分の記憶に間違いはないと自信を持った。

 そうなると他の10人がどうして自分と違う記憶を持っているのか。

  考えられることは広大が記憶を操作したということだった。

 そしてなぜか自分だけその効果がなかったのかと、考えた。おそらくコウが持っている聖女の才か、職業の聖女のおかげなのだろうと結論づけたのだ。


「そうか、君には効かなかったか」

「やっぱり穴山君が何かしたのね」

「ああ、俺のことを色々吹聴されるのは嫌だったからね。悪いとは思っているが、こっちに戻してやったのだから、プラスマイナスで言えばプラスだろ?」

「地球に帰還できたのは、本当に感謝しているわ。だから私は何も言わないつもりよ」

「そうしてくれると、助かるよ」

 広大は破顔し、安心したようにコーヒーを飲んだ。


「穴山君はあっちの世界に、いつでもいけるのよね?」

「そんなことないよ」

「それは嘘ね。あのビー玉と月で何か条件があると思わせようとしたみたいだけど、ただのビー玉で騙されるほど私は子供じゃないつもりよ」

「………」

 ふっと広大が笑みを漏らす。


「すごい想像力だ。仮に俺がいつでも異世界にいけるとして、どうするの?」

「私はレベル上げがしたいの」

「だから俺に向こうの世界に連れていけと?」

「うん。お願いできないかな?」

「せっかく地球に帰ってきたのに? なんで帰ってきたの?」

 これなのだ。こういうことがあるから、広大が自由に世界間を往来できることを知られたくなかったのだ。


「穴山君は知らないと思うけど、異世界帰りの11人のうち、3人が行方不明になっているの」

「は?」

「ニュースにもネットにも出てないけど、間違いないわ」

「………」

 コウはコーヒーを飲み干し、そこに残ったチョコレート色の粉を見つめる。


「私、誰かに拉致されるなんて、絶対に嫌。だからレベルを上げて自分自身を守れるようにしたいの」

「それで異世界ってわけか」

「うん。それに私が強くなって自衛できれば、穴山君にとってもいいことだと思うわよ」

「なんで俺にとっていいのか分からないんだけど?」

「……もう一杯もらえるかしら? できれば紅茶を」

 日頃紅茶を飲まない広大だが、紅茶があることは覚えている。


「パックの紅茶だよ」

「それでいいわ」

 広大は台所で紅茶を淹れて、リビングに戻った。

 コウはスマホを弄っていたが、広大の姿を見てそれをテーブルの上に置いた。


「ありがとう」

 コウは温かい紅茶をフーフーと冷まして口をつけた。


「で、なんで俺のためか教えてくれるかな?」

「せっかちね。女の子がゆっくり話しているんだから、少しは待ちなさいよ。ムードがないって、言われない?」

「この世界で同年代の女の子とお茶をすることはなかったよ」

「あら、向こうではあったの? 妬けるわね」

「なぜ妬けるんだ?」

「フフフ。なぜでしょうか?」

「いいから、先を話してくれ」

「もう、本当にムードがないわね。そんなんじゃ、灰色の人生しか送れないわよ」

「放っておいてくれ」

 コウはフフフと笑い、妙に色っぽい仕草でティーカップを置いたのだったが、広大にはそれが感じ取れない。

 アバロン5世の機微には気づけるのに、こういったことに気づけないのが広大なのだ。だからコウに灰色の人生と言われるのである。


「行方不明の3人は、異世界の情報を取るために攫われたのでしょう」

「まあ、そうかもしれないな」

「他の10人と私の違いが分かる?」

「……まさか俺のことを覚えているかどうかか?」

「その通りよ。そういうところはよく分かるのね」

「貶されているのか?」

「褒めているのよ。それで、私が攫われて情報を引き出されたら、穴山君のことも知られることになるわ。そうなったら、その国か組織は穴山君を手に入れようと躍起になるでしょうね」

「島崎さんが俺を売って身の保全を図るわけだな」

「違うわよ。そんなことするわけないじゃない。まったく……。これでも私は穴山君には感謝しているのよ。また家族に会えたのは、穴山君がいたからだってちゃんと思っているんだから。でもね、世の中には自白剤とかあるでしょ。そういうのを使われたら、自分の意志ではどうにもならないと思うのよ」

「なるほど」

 広大のほうが喉が渇いてきたので、紅茶で喉を潤した。


「自分の身は自分で守る。そのためには、レベルを上げて便利なスキルを増やすに限ると思うの。だから私を異世界に連れていって」

「島咲さんの言っていることは理解したよ」

「穴山君が被害者にならないためにも、私はレベルを上げるべきなの」

「うーん。俺は被害者にはならないと思うよ」

「なぜ被害者にならないか、教えてもらってもいいかな?」

「俺に手を出した奴がいたら、その国か組織かを壊滅させるから。俺は俺と周囲の人が大事だから、仮に地球上の人類の半数を殺しても俺に手を出した奴を滅ぼす。それくらいはするよ」

「……話が大きすぎて理解が追いつかないのだけど、穴山君は国を相手にしても勝てるってことかな?」

「問題なく勝てるよ。大陸を消し去るくらいは簡単だし、必要だったら地球を破壊して異世界で暮らすから」

「穴山君のスキルはそのくらい化け物じみているってことかな?」

「そういうこと。もちろん、俺が平穏に暮らせるならわざわざそんなことはしないよ。地球を滅ぼしても、俺にはなんのメリットもないからさ。まあ、それくらいの覚悟は持っているということだね」

「穴山君に守られている人は幸せね。私もその仲間に入りたいわ」

「だったら友達になろう。そうすれば、島咲さんは俺が守るべき人になる」

 友達かぁと小さな声。口がわずかに動いたのは分かったが、広大にはその声は聞こえなかった。


「ありがとう。そうしてもらえるかしら。フフフ」

 広大が差し出した手を、コウが握る。広大の手の平はゴツゴツしていた。コウは意外だという顔をした。


「これでも毎日鍛えてるからね」

「私も負けてられないわね。あ、そうだ。私のことはコウと呼んで。呼び捨てでいいわよ」

「あー、それな……」

「どうかしたの?」

「いや、異世界で俺の偽名がコウなんだ。コウダイのコウ」

「なんでそんな偽名にするのよ、紛らわしいわね」

「アハハハ、すまん。でもまあいいか。もう一度冒険者登録したら問題ないよね?」

「私に聞かないで。冒険者ギルドという組織があるのは知っているけど、まだ冒険者登録してなかったのよ」

 なんとかなるだろうと、広大はあっけらかんと笑った。コウは冒険者登録よりも、広大のおおらかさに不安になるのだった。


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