第19話 島咲コウ
■■■■■■■■■■
019_島咲コウ
■■■■■■■■■■
島咲コウは異世界から地球に帰ってくる時、誰がそれをしてくれたのか覚えていた。
ヒトミやクラスメイトは、異世界の協力者のおかげで地球に帰ってこれたと思い込んでいる。
なぜ自分の記憶と違うのか、気がおかしくなりそうなくらい混乱していた。
しかし時間をかけて考えれば、自分の記憶に間違いはないと自信を持った。
そうなると他の10人がどうして自分と違う記憶を持っているのか。
考えられることは広大が記憶を操作したということだった。
そしてなぜか自分だけその効果がなかったのかと、考えた。おそらくコウが持っている聖女の才か、職業の聖女のおかげなのだろうと結論づけたのだ。
「そうか、君には効かなかったか」
「やっぱり穴山君が何かしたのね」
「ああ、俺のことを色々吹聴されるのは嫌だったからね。悪いとは思っているが、こっちに戻してやったのだから、プラスマイナスで言えばプラスだろ?」
「地球に帰還できたのは、本当に感謝しているわ。だから私は何も言わないつもりよ」
「そうしてくれると、助かるよ」
広大は破顔し、安心したようにコーヒーを飲んだ。
「穴山君はあっちの世界に、いつでもいけるのよね?」
「そんなことないよ」
「それは嘘ね。あのビー玉と月で何か条件があると思わせようとしたみたいだけど、ただのビー玉で騙されるほど私は子供じゃないつもりよ」
「………」
ふっと広大が笑みを漏らす。
「すごい想像力だ。仮に俺がいつでも異世界にいけるとして、どうするの?」
「私はレベル上げがしたいの」
「だから俺に向こうの世界に連れていけと?」
「うん。お願いできないかな?」
「せっかく地球に帰ってきたのに? なんで帰ってきたの?」
これなのだ。こういうことがあるから、広大が自由に世界間を往来できることを知られたくなかったのだ。
「穴山君は知らないと思うけど、異世界帰りの11人のうち、3人が行方不明になっているの」
「は?」
「ニュースにもネットにも出てないけど、間違いないわ」
「………」
コウはコーヒーを飲み干し、そこに残ったチョコレート色の粉を見つめる。
「私、誰かに拉致されるなんて、絶対に嫌。だからレベルを上げて自分自身を守れるようにしたいの」
「それで異世界ってわけか」
「うん。それに私が強くなって自衛できれば、穴山君にとってもいいことだと思うわよ」
「なんで俺にとっていいのか分からないんだけど?」
「……もう一杯もらえるかしら? できれば紅茶を」
日頃紅茶を飲まない広大だが、紅茶があることは覚えている。
「パックの紅茶だよ」
「それでいいわ」
広大は台所で紅茶を淹れて、リビングに戻った。
コウはスマホを弄っていたが、広大の姿を見てそれをテーブルの上に置いた。
「ありがとう」
コウは温かい紅茶をフーフーと冷まして口をつけた。
「で、なんで俺のためか教えてくれるかな?」
「せっかちね。女の子がゆっくり話しているんだから、少しは待ちなさいよ。ムードがないって、言われない?」
「この世界で同年代の女の子とお茶をすることはなかったよ」
「あら、向こうではあったの? 妬けるわね」
「なぜ妬けるんだ?」
「フフフ。なぜでしょうか?」
「いいから、先を話してくれ」
「もう、本当にムードがないわね。そんなんじゃ、灰色の人生しか送れないわよ」
「放っておいてくれ」
コウはフフフと笑い、妙に色っぽい仕草でティーカップを置いたのだったが、広大にはそれが感じ取れない。
アバロン5世の機微には気づけるのに、こういったことに気づけないのが広大なのだ。だからコウに灰色の人生と言われるのである。
「行方不明の3人は、異世界の情報を取るために攫われたのでしょう」
「まあ、そうかもしれないな」
「他の10人と私の違いが分かる?」
「……まさか俺のことを覚えているかどうかか?」
「その通りよ。そういうところはよく分かるのね」
「貶されているのか?」
「褒めているのよ。それで、私が攫われて情報を引き出されたら、穴山君のことも知られることになるわ。そうなったら、その国か組織は穴山君を手に入れようと躍起になるでしょうね」
「島崎さんが俺を売って身の保全を図るわけだな」
「違うわよ。そんなことするわけないじゃない。まったく……。これでも私は穴山君には感謝しているのよ。また家族に会えたのは、穴山君がいたからだってちゃんと思っているんだから。でもね、世の中には自白剤とかあるでしょ。そういうのを使われたら、自分の意志ではどうにもならないと思うのよ」
「なるほど」
広大のほうが喉が渇いてきたので、紅茶で喉を潤した。
「自分の身は自分で守る。そのためには、レベルを上げて便利なスキルを増やすに限ると思うの。だから私を異世界に連れていって」
「島咲さんの言っていることは理解したよ」
「穴山君が被害者にならないためにも、私はレベルを上げるべきなの」
「うーん。俺は被害者にはならないと思うよ」
「なぜ被害者にならないか、教えてもらってもいいかな?」
「俺に手を出した奴がいたら、その国か組織かを壊滅させるから。俺は俺と周囲の人が大事だから、仮に地球上の人類の半数を殺しても俺に手を出した奴を滅ぼす。それくらいはするよ」
「……話が大きすぎて理解が追いつかないのだけど、穴山君は国を相手にしても勝てるってことかな?」
「問題なく勝てるよ。大陸を消し去るくらいは簡単だし、必要だったら地球を破壊して異世界で暮らすから」
「穴山君のスキルはそのくらい化け物じみているってことかな?」
「そういうこと。もちろん、俺が平穏に暮らせるならわざわざそんなことはしないよ。地球を滅ぼしても、俺にはなんのメリットもないからさ。まあ、それくらいの覚悟は持っているということだね」
「穴山君に守られている人は幸せね。私もその仲間に入りたいわ」
「だったら友達になろう。そうすれば、島咲さんは俺が守るべき人になる」
友達かぁと小さな声。口がわずかに動いたのは分かったが、広大にはその声は聞こえなかった。
「ありがとう。そうしてもらえるかしら。フフフ」
広大が差し出した手を、コウが握る。広大の手の平はゴツゴツしていた。コウは意外だという顔をした。
「これでも毎日鍛えてるからね」
「私も負けてられないわね。あ、そうだ。私のことはコウと呼んで。呼び捨てでいいわよ」
「あー、それな……」
「どうかしたの?」
「いや、異世界で俺の偽名がコウなんだ。コウダイのコウ」
「なんでそんな偽名にするのよ、紛らわしいわね」
「アハハハ、すまん。でもまあいいか。もう一度冒険者登録したら問題ないよね?」
「私に聞かないで。冒険者ギルドという組織があるのは知っているけど、まだ冒険者登録してなかったのよ」
なんとかなるだろうと、広大はあっけらかんと笑った。コウは冒険者登録よりも、広大のおおらかさに不安になるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます