第18話 事故
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018_事故
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「遠山君! あなた、何をしているの!?」
「うるさい。俺はこの世界で生きていくんだ。チートだよ、チート! 俺には可能性があるんだよ!」
可能性やチートはいいのだが、なぜ女子の首に短剣を当てる必要があるのか? 広大はそこが気になった。
「もしかして、国王にチクったのは、遠山か?」
広大の問いに、フタバは暗い笑みを浮かべた。
「そうだよ。国王は僕にスキルをくれるって言ったんだ。いいスキルさえあれば、僕はこの世界で大金持ちになって、貴族になって、ハーレムなんだ!」
「おおお、欲望に忠実な奴だな、お前」
思わず拍手しした広大は、女子たちに睨まれて肩をすくめる。
「国王は今回のことを防げば、僕を貴族にしてくれると言ったんだ!」
「スキルをもらい、貴族になって、あとはハーレムか?」
「そうだ!」
「でもさ。あの国王が力をつけたお前を放置すると思うか? 俺の時のように暗殺者が部屋に忍び込んでくるのが目に見えてるぞ?」
「「「………」」」
皆があり得る話だと思った。フタバもその可能性は高いと思い、目が泳いでいる。
「穴山君。あなた、暗殺者に殺されかけたの?」
コウが引き攣った顔で問いただした。
広大は皆を動揺させないように暗殺者のことは秘密にしようと思っていたが、ついうっかり喋ってしまった。しまったと思ったが、すでに周知の事実になってしまった。
「ああ、この世界に召喚されたその日の夜に、暗殺者が俺の部屋に入ってきて毒の塗ってある短剣で刺されそうになったよ」
開き直って事情を説明するが、時間がないと月を見る演出は忘れない。
「あの国王……なんだか無性に腹が立ってきたわ」
コウがバンッとテーブルを叩いた。その音にフタバが反応して身を硬くしたのを広大は見逃さず一瞬で移動して殴り飛ばした。
「ギャッ」
フタバは壁に激突し、気絶する。その鼻は陥没しており、女子たちはいい気味とフタバを蹴った。
「大丈夫か?」
短剣を喉に当てられていた女子が、その場にへたり込む。
「ポーションだ。その程度の傷なら痕も残らず消えると思うぞ」
広大が差し出したのは、ハイポーションだった。
ハイポーションは高額で、かすり傷程度に使うものではない。
「あ、ありがとう」
女子がハイポーションを飲むと、傷は一瞬で消え去った。
「穴山君。あなた、やるわね。動きが見えなかったわ」
聖女の才は補助職だが、下手なスキルよりも武闘派だ。それを持っているコウでさえ、広大の動きは見えなかった。
「これでもそれなりに強いんだぜ」
「それなり? とてもの間違いじゃないの?」
「俺のことより、帰還の時間がもうないぞ。どうするんだ?」
「「「っ!?」」」
広大の言葉を聞いた女子たちが大騒ぎになり、広大はすぐにホールを出した。
フタバ以外の11人は、元の世界の学校の校庭に出た。夜中だが、暗闇に浮かび上がるように見える校舎は、紛れもなく自分たちの学び舎であった。
そのことに泣きじゃくって喜ぶ11人。広大はその場から音もなく姿を消した。
こっちの世界に11人を戻したのが広大だということは、スキル・改変によって記憶を操作して忘れさせている。
11人はこの世界に戻ってこれたのは、異世界人の協力者のおかげだと思いこまされたのだ。
そして広大は異世界に召喚されていない。そういうことにした。
ヒトミやコウたちが戻ったことで、世間は大騒ぎになった。
また学校にマスコミが集まり、ヒトミや生徒たちの家にも押し掛けた。
広大は北海道の祖母の家で、その騒動をテレビで見ていた。
「皆、大変だな~」
「他人事ですか」
「だって、他人事だもん」
自分には関係のない遠い世界のことのような、そんな広大の態度をチュニクスは暖かい目で見守っている。
広大のスマホが鳴る。見覚えのない番号だが、東京からのものだ。
「もしもし……えっ!? ……はい。分かりました。はい。できるだけ早く伺います……」
コウの表情が一気に曇った。チュニクスはどうしたのを見逃さなかった。
「どうかしましたか?」
「……父さんと母さんが交通事故に遭ったって」
「それは大変じゃないですか! 今すぐご両親の元に……」
そこで広大が大粒の涙を流しているのに気づいた。
「もしかして……」
「もう死んでいるんだ……即死だったらしい」
「っ!?」
「明日、いや、これから東京に戻るよ。チュニクスはどうする? ここにいる? それとも元の世界に戻っておく?」
「コウ様のそばにいたいと思います」
「でもチュニクスは……」
チュニクスの頭の上にはキツネの耳があり、お尻の上からはふさふさの尻尾も生えている。いくら東京でコスプレイヤーが珍しくないと言っても、ずっとではバレてしまうだろう。
「コウ様の認識阻害の指輪をお貸しください。それがあれば、私の姿は認識されないはずです」
「そうか……うん。これはチュニクスが使って。これからホールで東京の家に移動するから、外さないようにね」
東京の家は祖母の家のように畑の中の一軒家ではない。ここではあまり人の目は気にしなくていいが、東京ではそうはいかないのだ。
両親の遺体と対面した広大は、警察官から状況の説明を受けた。
2人が乗った車に、大型トラックが衝突したのだ。トラックの運転手が居眠り運転をしていたため、センターラインを越えてきて正面衝突だったと。
両親は即死だったらしい。苦しまずに逝けたことがせめてもの慰めだろうか。
母方の祖母は世界一周旅行に出ているため、帰ってこれなかった。祖父はすでに他界している。
だから広島に住む父方の祖父母が葬儀を取り仕切ってくれた。
「広大。自暴自棄になるんじゃないよ」
「大丈夫だよ、お婆ちゃん」
祖父母が広島にこいと言ってくれたが、広大はしばらく1人で考えたいと答えた。
東京は騒々しいから、これまで通り北海道の祖母の家でしばらく過ごすことにした。
「また会いにいくから」
「きっとだよ」
「うん。お爺ちゃんもお婆ちゃんも長生きしてね」
広大の身内は3人だけだ。両親の早すぎる死に、さすがの広大も堪えていた。
遺産の相続や保険金の受取手続き、その他もろもろの手続きを行っていると、1人の客がやってきた。
「島咲さん。どうしたの?」
島咲コウ。異世界で聖女の才を得たコウであった。
彼女を含めた帰還者11人は、異世界の記憶がある。さすがの改変でも、異世界の記憶を全部消すことはできない。そこまで万能ではないのだ。
「私、記憶があるのよ」
「記憶?」
異世界に召喚されていたという報道は規制されている。政府や警察が情報統制しているのだ。
ただし、ネットでは憶測を含めて異世界召喚されていた11人というのは有名な話である。
記憶というのは、そのことではないはずだ。そのことなら、記憶という表現はしないはずである。
「とりあえず、入って」
玄関先で立ち話をするような話ではないと判断した広大は、コウを家に上げた。
「ご両親のこと、お悔やみを言わせてもらうわ」
「ありがとう。でも、そのことじゃないんだろ?」
広大はインスタントコーヒーを淹れて、コウに出した。
「ずいぶんと綺麗にしているのね」
「……掃除くらいはできるよ」
「そのようね」
「で、話って?」
コーヒーで喉を潤したコウに用件を訪ねる。
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