第7話 越境

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 007_越境

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 チュニクの生まれた世界は神の名を冠してアマス、広大の生まれた世界は地球と呼ぶことにした。

 いちいちチュニクスが生まれたとか広大が生まれたというのは面倒だから、こう呼ぶことに決めたのだ。

 アマスというのは異世界で信仰を集めている最高神の名で、チュニクスも信仰していると言っていた。


 アマスを2人で旅して5日。チュニクスが警戒を促した。

「この先に20人くらいの集団が陣取っています。おそらく盗賊だと思います」

 魔物は倒すと消えてしまうため、ゲームの延長線上の感覚だった。今回は初めての対人戦だと思うと、緊張して広大の手の平が汗でべとつく。

 殺せるとは思うが、殺せなかったらチュニクスを危険に晒すことになる。それが怖い。


「避けて通ることはできないか?」

「向こうはこちらを認識しているようで、回避は難しいでしょう」

 このまま進めば、戦いは避けられそうにない。


「それに、人も魔物も襲ってくるものに容赦していては、命がいくつあっても足りません。盗賊を殺すことをためらうと、コウダイ様が殺されます。アマスを旅したりダンジョンに入るのであれば、いつかは通る道です」

「チュニクスは人を殺したことあるの?」

「あります。殺さなければ、殺されるか捕らえられて慰み者にされたり奴隷に落とされるだけですから」

「そうか……。チュニクスは強いね」

 戦わなければいけないなら、広大も戦うつもりだ。そういう状況にならなければいいとは思うが。


 それならこのまま押し通るしかない。

「だったら、押し通るか」

 広大の進む道を塞ぐなら倒す。話し合いでどうにかなれば、それでもいい。

「承知しました」

 広大とチュニクスは警戒を厳にし、街道を歩き始めた。


「きます」

 そんな小さな声に広大が反応した時だった、矢が飛んできて広大の足に刺さろうとした。

 カキンッ。

 チュニクスが矢を撃ち落とし広大は無事で済んだが、これで広大の心は決まったと言えるだろう。問答無用なら、こちらも問答無用である。

 わらわらと出てきた盗賊たちを睨みつけ、チュニクスは庇うように広大の前に出る。

「コウダイ様。私にお任せください」

「いや、俺がやる」


 厭らしい笑みを浮かべた盗賊が近づいてくる。

「これで全部か?」

「いえ、森の中に2人が隠れています」

「そいつらを逃がしたくない。位置だけは把握しておいてくれないか」

「問題ありません」


「おいおい、何をゴチャゴチャ喋ってるんだよ。ヒヒヒ」

 なんとも盗賊らしい風貌の男だ。

「なんで矢を射たんだ?」

「なんでだと? ギャハハハハハハハハ! おい、聞いたか、野郎共!」

「へい、聞きやしたぜ、カシラ。こいつ頭がおかしいんじゃないですか。ギャハハハハ」

「「「ギャハハハハ」」」

「おい、金めのものと、その女を置いていけ。獣人だが、少しくらいは楽しめるだろうからな。グヘヘヘ」

「悪いが、それはできない。今引くなら、死なずに済むぞ」

「はぁ? おいおい。俺たちを殺すってか? ギャハハハ! 女に守られている奴の言葉とは思えないぜ」

「はぁ。莫迦につける薬はないか」

「そんな都合のいい薬はありません。コウダイ様」

「ゴチャゴチャうるせぇんだよ! 野郎共、やっちまえ!」

「「「オオオッ!」」」

「ホール」

 バタバタッバタバタッ。

 20人もの盗賊が、一瞬で倒れた。


「チュニクス。森の中のやつはどこら辺にいるの?」

「はい。この方角です」

 広大はチュニクスのスラッと伸びた指の先を見つめる。

「ホール」

 まるで空間が切り取られたかのように、巨木もろとも全てが無に帰った。


「盗賊の反応はどう?」

「生き残りは1人もいません」

「この盗賊たちの死体は邪魔だね」

「盗賊を退治したら、その首を持っていくと報奨金がもらえます」

「うーん……いいかな、お金は魔物を倒して稼ぐから。こいつらは埋めてしまおうか」

 ホールで地面に穴を開けると、死体がボトボトと落下していく。そして埋め戻せば、まるで盗賊の死体が最初からなかったように綺麗さっぱりだ。




「シュライド共和国はこの山の向こうになります」

 人種差別の激しいダルガード王国と人種差別がないシュライド共和国。両国は不仲で、長年小競り合いを続けている。そのため国境警備は厳しく、簡単に往来はできない。

 それでも広大はシュライド共和国にいこうと決めた。


「やっと国境か」

 あれからも何度か盗賊が出てきて、魔物よりも多く遭遇した。退治した盗賊の数はおそらく150を超えるだろう。

 この世界では、ただ街道を歩いているだけで殺しにくる人が多すぎる。困ったものだと、広大は首を振る。


 また、人を殺したというのに、まったく何も感じないのだ。直接剣などで殺さず、ホールで殺しているからかもしれないが、シリアルキラーやマッドサイエンティストにでもなったような気分になるくらいのものであった。


「シュライド共和国にも盗賊はいましたが、ここまで多くはなかったです。それだけこのダルガード王国の治安が悪いということでしょう」

「あの国王だからな……」

 異世界から拉致されて、いきなり殺されかけた。そんな国がまともなわけがないと、広大はため息を吐くのだった。


「周囲に人の気配はあるかな?」

「いえ、大丈夫です」

「それじゃあ、ホール」

 広大はホールで山にトンネルを掘った。広大たちが通る間、トンネルはその空間を維持する。


「やっぱりコウダイ様のスキルは異常です。もしかしたらゴッズスキルじゃないでしょうか」

「ゴッズスキル?」

 スキルにも階級があるのだとチュニクスは教えてくれる。

 階級が低い順に、コモンスキル、アンコモンスキル、レアスキル、ユニークスキル、エクストラスキル、ゴッズスキルになる。

 クラスメイトたちが持っていた剣聖はユニークスキル、勇者の才や聖女の才はエクストラスキルだと言われている。


「穴がゴッズスキルかどうかは分からないけど、結構使えるスキルなのは間違いないと思うよ」

 広大とチュニクスはLEDヘッドライトを頭につけ、トンネルの中に入っていった。

 トンネルは結構長かった。広大は自分で穴を掘っていながら、このまま地底へと下りていくのかと心配になったほどだ。


 広大たちがトンネルを抜けると、穴を塞いだ。

 崩れたり、地下水は空間を固定していたから心配はしていないが、久しぶりの太陽光に少しホッとした広大だった。





「コウダイ様。町が見えました」

 山を突っ切ったため街道はなく、森の中を進むしかなかった。そんな森を出て町を見つけた時は、さすがに嬉しかった。

 地球や他の場所に帰ることができるから遭難する心配はなくても、森歩きに慣れてない広大には大変だったのだ。


 金属の鎧を着込んだ門番が、門を守っている。この世界の町の多くは石造りの防壁に守られていて、この町も例に漏れず高い防壁がある。


 門番が数枚の犯罪者の似顔絵と、広大たちを見比べた。問題ないと言われ、身分証の提示を求められた。

「身分証は持ってません」

 身分証を持たない人は少ないがいないわけではない。

 チュニクスは冒険者だった時に持っていたが、奴隷になった時にその身分は剥奪されているから今は持っていない。


「身分証がないと、入町税は青銅貨3枚だ。2人で6枚だな」

 銀貨1枚を渡すと、ちゃんとお釣りを返してもらえた。


「ようこそアルガナスへ」

 門番は笑みを浮かべて2人を通してくれた。


 門番に聞いたように進むと、冒険者ギルドがあった。

 チュニクスは文字が読めるから、文字問題はある程度解決している。

 文字が読めないのは不便なので、広大はチュニクスに教えてもらっているが、まだ完璧には程遠いのだ。


「登録をお願いします」

「お2人の登録でよろしいですか」

 受付嬢は桃色の髪をサイドテールにした可愛らしい人だった。

 その受付嬢に2人の登録を頼むと、城で見た鑑定の神器が出てきた。


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 コウ

 レベル18

 ◆土魔法

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 ―――――――――

 チュニクス

 レベル35

 ◆斥候術

 ◆アイテム鑑定

 ―――――――――


 広大は認識阻害の指輪を発動させ、偽名としてコウを名乗った。スキルも穴ではなく土魔法に変えてある。


「登録が完了しました。身分証はなくしますと、再発行に金貨2枚をいただきます。なくさないようにしてください」

 金貨2枚は大金だ。広大が受けた印象では、20万円くらいの価値になる。


「分かりました。換金所はあっちでいいですか」

「はい。あちらになります」

 換金所というのは、魔物から得たアイテムを換金する場所のことである。

 ここまての旅で多くの魔物を狩った広大とチュニクスは、アイテムブロックを数多く所有していた。

 しっかり数えたわけではないが、100個はあるだろう。それでもスキルが得られる銅、銀、金のスキルブロックはない。スキルブロックはそれほど珍しいものなのだ。


 換金所はいくつかの個室があり、ドアが開いていて中に職員がいたら入室可というルールになっている。

 そこは少し前まで冒険者をしていたチュニクスがよく知っていることだ。


「換金をお願いします」

「拝見します」

 背嚢からゴロゴロとトレイの上にアイテムブロックを出す。


「結構な量ですね」

 壮年の獣人男性の職員が、微笑む。


「それでは1オグス級の赤から拝見させてもらいます」

 オグスというのは、長さの単位になる。1オグスが1メートルと同じだと考えればいい。

 アイテムブロックには、ドロップした魔物の大きさが明記されている。

 体高または体長の大きいほうの数が1オグス以下なら、その魔物は1オグス級となるのだ。

 チュニクスから文字を教えてもらっており、広大でも数字と『オグス級』という文字くらいは読み書きできる。


 広大は1オグス級の赤色のアイテムブロックを捻った。

 カウンターの上に大きな葉の上に載った肉が現れた。

「アイテム鑑定……兎肉です。青銅貨2枚になります。買い取りでよろしいですか」

「はい」

 職員はすらすらとアイテムの情報を紙に書いて、肉をカバンの中に収納した。


 次の1オグス級の赤色のアイテムブロックを捻る。

「アイテム鑑定……銅塊です。青銅貨8枚になります。買い取りでよろしいですか」

「はい」

 紙に情報を記して、銅塊をカバンに収納する。


 職員のカバンは収納の魔道具で、多くのアイテムを収納できるものだ。

 お金さえあれば、広大でもこういった魔道具のカバンを購入できるし、魔物からドロップすることもある。


 換金所ではアイテム鑑定後、換金せずに自分で使うこともできる。この場合は鑑定料として、1回につき青銅貨1枚を支払うことになる。

 換金した場合は、鑑定料が不要になる。そういうシステムだから、換金する率は高くなっているようだ。


 アイテムブロックを捻るのは冒険者側。職員は一切触らない。広大が捻って出てきたアイテム名と買取額を提示して、買い取りなら引き取ることになるのだ。


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